016 澄弧編 ~秘密~

 「明日は午前の修行が終わり次第、街へ行く。」

 

 夕食の最中、澄弧が口を開く。

 食材の買い出しや、スキルの購入、装備(主に道着)の購入など用事はあるので誰も気に留めない。

 

「帰りは何時になるかわからんから、夕飯は不要じゃ。」

 

 淡々と澄弧はそういい放つ。

 驚いたのは弟子たちである。今まで街に出ても必要最低限の用事をこなして帰ってきていた。

 夕食の時間に間に合わないなどと行くことは今まで一度もない。

 

「一緒に来たい者はおるか? 帰りのスクロールも渡しておくが?」

 

「行きます!」

 

「俺も行きたいです!」

 

 鷹雅と橋元が挙手をして答える。

 

「じゃあ、俺も……。」

 

 次々と手が上がり、結局全員で行くこととなった。

 

「ま、たまの息抜きは必要じゃろう。」

 

 澄弧はアイテムボックスから帰宅用のスクロールを橋元へと渡す。

 ジャンルは違えど、鷹雅は元横綱であるし橋元はIWGPヘビー級王座に輝いた実績のある者である。

(ただし澄弧はプロレスをよく知らないため、王者経験者としてしか認識していない)

 どちらを優先するかというのは非常に難しい所である。

 面倒なので澄弧は大体じゃんけんをさせるか、前回どちらに頼んだかを覚えている場合は交互になるように多少なりとも気は使っている。

 

 静かに食事を終えた澄弧は自室へと戻り、炊事番が食器や調理器具の片づけを行う。

 とはいっても、所詮は仮想でデータなので食洗器にすべて押し込んでしまえば次の瞬間には綺麗になっている。

 ただ、格闘家にとって食べる、トレーニングする、寝るといった基本的な生活を脳に刻み込むことは非常に重要で

 身体を鍛えているつもりでも、実際には脳がどんどん鍛えられていくのである。

『脳筋』という揶揄した言葉があるが、これは格闘家としては正しい姿なのである。

 

 そんな自分を律している澄弧が自らルーティンを変更するというと一大事なのである。

 澄弧が部屋に戻ると、円座を組んでひそひそと相談を始める。

 

「姐さん、いったいどんな用事なんですかね……。」

 

 大滝山が口を開く。

 

「単純に時間のかかる用事ではないのか? クエストを何かこなしたいとか。」

 

「格闘家として有用なクエストがあるなら、我々にも教えてくれると思うのだが。」

 

「そうなると……現実世界の旦那さんとか?」

 

 橋元は冷静に分析する。

 

「それはありえるな。」

 

「しかし『澄姐さんファンクラブ』としてはだな……。」

 

「俺達より弱いやつを認めるわけにはいかん。」

 

 鼻息が荒いのは鷹雅である。

 鷹雅はファーストコンタクトのあの真っ暗な森の中、月明かりに照らされた澄弧の美しさの虜になってしまっていた。

 

「後をつけよう。」

 

 そうして激動の朝を迎えるのだった。

 

 午前は各々が稽古を行い、昼飯はとらずに全員でスクロールを用いて街へと降り立つ。

 パーティを組んでいれば1枚のスクロールで全員が移動できるので非常に便利である。

 

「それでは、あとは任せる。」

 

 そういって澄弧はパーティを抜け、一人街の雑踏の中へと消えていった。

 澄弧は道着ではなく、鮮やかな着物を着用し髪も結い上げている。

 明らかに普段の買い物とは異なる姿に、弟子たちは内心驚きながらもそれを表に出さないように努める。

 

「追うぞ!」

 

 鷹雅がそういうと全員がこくりと頷く。

 鷹雅は横綱として髷を結っているので、着物姿である。

 幕内力士だった大滝山も髷こそはないものの、着物を着用している。

 逆にプロレスラーは普段着に制限がないため、各々好きな格好をしている。

 

「目立ちそうだな……。」

 

 そうぼそっというのは橋元とタッグを組んでいたこともある紙谷だった。

 澄弧は雑踏の中をするすると縫うように素早く的確に歩みを進める。

 いっぽうで図体のでかいレスラーや力士は隠れることもできず、なんとか歩みを進める。

 澄弧からの距離はどんどんと離されていく。

 澄弧はあっという間に見えなくなり、見失ってしまう。

 

「散ろう。探すんだ。」

 

 橋元がそういうと、レスラーと力士は各々勘に従ってバラバラに澄弧を探し始める。

 小一時間経過しても澄弧は全く見つけることができない。

 パーティ内会話で互いの現状を知らせるが影も形も見当たらない。

 

 致し方ないので一度みんなで集合することとした。

 

「もう疲れたし、ちょっと休憩しましょうよ……。」

 

 力士の一人がそういうと、全員同意だった。

 一番近くにあった喫茶店に入店すると、そこには澄弧が男と楽しそうに会話し、笑い、笑顔を見せている。

 澄弧の前にはパフェがあり、楽しそうにそれを突きながら食べている。

 今までそんな姿は一度たりとも見たことがない。

 

 頭に血ののぼった鷹雅はどすどすと足音を響かせて澄弧のいるテーブルに向かう。

 大滝山は喫茶店のウエイトレスに「あ、8人です。」と丁寧に人数を告げている。

 楽しげに会話をする二人の横に、巨大な体躯を晒し影ができる。

 ようやく澄弧も気づき顔をあげる。そしてふうと息をつくと「なんじゃ……。」と少し詰まらなさそうな顔をする。

 

 そして男の方は鷹雅の姿を見るなりガタッと立ち上がる。

 

「鷹雅関ではないですか!」

 

 そういって鷹雅の手を取りブンブンと握手をする。

 呆気にとられたのは鷹雅である。男の態度にすっかり毒気を抜かれてしまった。

 

「ややっ! あちらには三子山部屋の大滝山関! 弟の桂馬さん。生田目関まで!」

 

「すみません、姐さん……。」

 

 そういって申し訳なさそうに橋元も出てくる。

 

「橋元大地選手だ! 紙谷選手も! 吉野選手も野町選手も!」

 

 そういって男は次々と力士とレスラーの名前を呼ぶと握手して回る。

 

「いやあ、嬉しいな。好きな選手ばっかりだ。師範代、こういうのは教えてくれないと!」

 

「こうなるのが目に見えていたから教えなかったのだよ。」

 

 澄弧はため息交じりに答える。

 

「姐さん、こちらは一体……?」

 

 鷹雅は我に返り澄弧へと尋ねる。

 

「昔の仲間じゃ。50年来の友人……だな。相撲とプロレスが大好物でな。」

 

「Youtubeで三子山部屋のチャンネル見た時からファンになりましてね。プロレスの方は元々好きだったので橋元大地選手のお父さん、真也選手も好きですし。長野選手も佐藤選手も好きですし。」

 

「あー。はいはい。シゲ、落ち着いてね。」

 

 澄弧はすっかり呆れてしまう。しかし弟子たちに対しての口調とシゲに対する口調が違う。

 

「澄姐さん、そろそろ紹介いただけると……。」

 

「こ奴はシゲ。50年来の付き合いのある仲間じゃ。御覧のとおり相撲とプロレスが好きな魔術師じゃ。シゲの方に説明は……いらなさそうだな。今うちで修行している連中だ。」

 

「澄姐さんのところで修行させてもらってます。」

 

 橋元が紹介を受けてシゲに挨拶する。

 

「大地選手がIWGPのヘビー級王座になった時は、『やっとか!』って思ってねぇ……。爆勝宣言の音楽流れた時は泣けたよ。」

 

「あ、ありがとうございます。」

 

 橋元は褒められて素直に頭を下げる。

 

「三子山部屋の力士たちもすごい快進撃だったね。特に鷹雅関は一気にスターダムだ。押相撲も四つ相撲も器用にこなしてね。腰が悪くなければもっと見たい力士だった。」

 

「そこまでご存知で。ごっちゃんです。」

 

 鷹雅もシゲに頭を下げる。

 

「あのう……よろしければテーブルを寄せますので、お座りいただいて注文いただいてもいいでしょうか?」

 

 ようやく話に入り込む隙を見つけたウエイトレスが会話に挟まる。

 そしてテーブルを集めて、10人が座れるように仕切りなおしたのだった。

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