015 澄弧編 ~修行~
澄弧の朝は早い。
朝起きて身支度を整えると、道着に着替えて滝の前に立つ。
『感謝の正拳突き』
そういわれればピンとくるものが一定数いる。
1.気を整える
2.拝む
3.祈る
4.構える
5.突く
これを1万回。毎日行う。
それに加えて『感謝の前蹴り』を1万回行う。
やり方は正拳突きと何ら変わることは無い。最後に行うのが突きか蹴りかということだけである。
それを滝に向かって黙々とこなす。
晴れの日も、雨の日も毎日欠かさず行う。
これは『基礎格闘』のスキルレベルアップに必要な儀式。
スキル『パンチ』と『キック』のスキルレベルを上げるためにはやるしかない。
<スキル パンチ>
感謝の正拳突きを滝に向かって1万回を30日
<スキル キック>
感謝の前蹴りを滝に向かって1万回を30日
これがスキルレベルを0から1にあげるために必要な事。
コツコツ毎日行う以外の方法でスキルレベルは上がらない。
それが基礎格闘へと求められたことだった。
それ以外に道場や森の中のゴブリンを使って合気道MODのスキル上げも忘れない。
合気道は誤解されがちであるが、『投げ』が主体であるものの、それがすべてではない。
武道の多くが「剣道(剣)」「柔道(投・極)」「空手(打)」と技術的に特化していったのに対し
合気道では投・極・打(当身)・剣・杖・座技を修し、攻撃の形態を問わず自在に対応し、たとえ多数の敵に対した場合でも、技が自然に次々と湧き出る段階まで達することを求める。
この境地を盛平は「武産合気」(無限なる技を産み出す合気)と表現し、自分と相手との和合、自分と宇宙との和合により可能になるとしている。
※Wikipediaより一部抜粋
剣・杖・座技についてはなかなかMODとしても作りにくかったのであろう
あくまでも『投げ』に特化したMODとなっている。
打に関しては基礎格闘のMODで対応するものとして、あとは投げをひたすらゴブリンで実践する。
ヒト型のモンスターの方が『投げ』は決まりやすい。
さらに言えば、合気道自体が「和の武道」「争わない武道」「愛の武道」などとも形容される為、致命傷を与えない。
よってスキルレベルは上げられるが、通常のキャラクターレベルは上昇しないという点も非常に使い勝手が良かった。
こんなバカなことを森の中で一人黙々と続けていたのは理由がある。
『シゲが基礎魔法のMODを使っている』
ただ、それだけである。それだけなのであるが、それは十分に信頼できる情報である。
基礎MODなんてクソだといい捨てるのは簡単である。そんなことはいつでもできる。
その為の合気道MODである。これがあれば最低限の立ち回りはできる。
そして合気道は基本的に畳の上で行う。
若かりし頃は自分の実力を試してみたくて、街で因縁をつけてきたヤンキー相手に大立ち回りをしたこともある。
電車の中で尻を触ってきたサラリーマンを、駅のホームでボコボコにして駅員に止められたこともある。
いずれも足場がきちんとしていたのである。
LAOは足場も様々。
ぬかるみ、森の中、草木の覆い茂る平原、ダンジョンの中。
足場が悪くても合気道MODを使える状態にまで持っていく事。
これらを加味して考えた結果として、森の中に拠点を造り、そこで修行することを決めた。
食料の買い出しなどで街に行くこともあるが、基本的には森へとすぐ帰る。
移動スクロール(移動魔法の封じられた巻物)を使用することでいつでも手軽に行き来ができるのだから
街の外れに住もうと、森の中に住もうと困ることはさほどない。
先日、森の中で拾った相撲取りたちは
自分たちで土を盛って土俵を造り、昔に返って稽古を始めた。
プロレスラーの連中は簡素ながらもリングを造り、そこで練習を始めた。
各々が、各々の格闘技こそ至高であると考えての行動である。
今では澄弧の基礎修業は昼前には終わり、昼食を皆と一緒に取る。
最初のうちは澄弧が作ることも多かったが、今となっては若い者たちが率先して作ってくれるので大変ありがたい。
また、寝床も道場の畳で雑魚寝をさせておくわけにもいかず、ログハウスを個人ごとに所有させた。
若者たちは澄弧の事を『姐さん』や『澄姐さん』と呼んでくれる。
なんだかヤクザ一味のようで嫌なのだが、他の呼び方がなかったこともあってすっかり定着してしまった。
一度だけ大滝山という力士が「姫というのはどうだろう?」と言うので、道場に連れていき目が回るまで投げ通してやった事がある。
どうやらそれ以降「姫」というのは禁句になったようで大変良かった。
格闘技経験者はやんちゃな若者も多いが、プロレスや力士と言った上下関係がはっきりしていると礼儀正しい。
プロレスと力士が仲良くすることはあるのか?と思っていたが、相手をリスペクトしており
八百長だ、やらせだというようなことは一切なくたまにぶつかり稽古を一緒にやっていたりもする。
脳は使えば回復する。
現役から離れると、それだけ試合勘、勝負勘を取り返すのは難しい。
特に肉体だけが若返ってしまうと、その差を埋めるためには現役の時以上の修行が必要となる。
彼らはよくやっている。が、まだまだ本調子になるためには時間が必要であるし、きっかけもきっと必要となる。
どんなものでもプロの選手が活躍できるようになるためには『きっかけ』が存在する。
よく言えば『ターニングポイント』である。ある時を境にがらりと変わる。
プロ野球選手ならばスイングが思い描いたとおりにできた時。
ピッチングで最高の1球が投げられた時。
ボクシングならば思い描いたとおりのパンチが決まった時。
それは何も勝ったときに感じるものではない。
負けた時、負けた瞬間、その刹那。
それがターニングポイントとなって急成長するものが存在する。
彼らにもターニングポイントとなるようなことが起こればよいのだが。
そんな風に澄弧は若者たちのことを優しく、時には厳しく指導するのであった。
そして彼らのターニングポイントは思いもよらぬ場所で、思いもよらぬ相手でその近くまで迫っていた。
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