014 澄弧編 ~出会い~

「くそっ! 敵が多すぎる!」

 

「ポーションがぶ飲みしてでも目の前の敵をとにかく倒せ!」

 

「敵のヘイトは俺が稼ぐ! 態勢を立て直せ! 『タウント』」

 

 真っ暗な森の中、ゴブリンの群れと不幸なことに遭遇してしまった男たちのパーティーは劣勢ながらも必死の抵抗を試みる。

 ゴブリンのターゲットを一身に集め、盾を構えて防御姿勢をとる。

 

「ポーションの残りが、もう少なくなってます!」

 

「くそっ……あとは帰るだけだったはずなのに……。」

 

 LAOの世界では、弾き時を間違うとドツボにはまることがある。

 パーティ構成の問題であったり、回復アイテムの残量であったり、予想もしない会敵も含まれる。

 男たちはそれでも尚、自身の肉体の限界まで戦い続ける。

 

 そんな劣勢の戦いを木の上からじっと見つめる者がいる。

 

「仕方あるまいな……。」

 

 そう呟くと、その女性はひらりと木から飛び降りるとゴブリンに向かって駆け出す。

 向かってくる敵を認識したゴブリンは持っていた棍棒を振り下ろす。

 しかし、棍棒を優しく受け止めそのままくるりとゴブリンごとひっくり返す。

 

「助けが必要かね?」

 

 澄んだ声でそう問いかける。

 

「何処のどなたか存じませんがお願い致します!」

 

 男たちの代表者と思われる人物が叫ぶように答える。

 女性は、戦線の最前列に立つと、向かってくるゴブリンをひょいひょいと次々に転がしていく。

 武器を持っていようと、転んでいる間は無防備になる。

 男たちは次々と転んだゴブリンにとどめを刺していく。

 20匹、30匹……転がし続けて、とどめを刺し続け、ゴブリンの数はもう10匹にも満たない。

 左右を見回しても、あれだけいたゴブリンはほとんど討伐されてしまっている。

 たった一人の女性が入っただけで戦況が一変してしまった。

 

 残ったゴブリンは逃げるように闇深い森の中へと消えていく。

 

「深追いは禁物じゃ。」

 

 その人物はそういうとくるりと振り返る。

 月の明かりが差し込んで、ようやく男たちはその人物を認識する。

 声からは女性だとわかっていたものの、月明かりに照らされた女性は頭の上に狐の耳をつけ、尻からはキツネのしっぽを生やし狐の面をしている。

 髪は肩までで切りそろえられており、道着を着用した小柄な女性だった。

 

「ふむ……。ボロボロじゃのう。これでは町まで帰れぬか。」

 

 男たちは普通の成人男性に比べて、ガタイはいいもののLAOの世界ではそんなもの何の意味もない。

 例え体重が100キロを超えていても、Lv1であればLv10の子供にも筋力面、体力面で勝つことは難しい。

 

「ついてくるがよい。うちで休ませてやろう。」

 

 そういうと女性はくるりと背を向けて歩き始める。

 

「あ、そうそう。これ以上敵を呼び寄せたくなければ松明は消すことをお勧めする。」

 

「は、はいっ!」

 

 松明を持っていた者は、直立姿勢で返事をして松明をアイテムボックスへとしまい込む。

 一行は静かに、かつそれなりの速度で月明かりだけを頼りに森の中を進む。

 それにしてもこの女性はいったい何者なのであろうか。先程の戦いで、腕の立つ者という事だけはわかる。

 しかし、LAOの世界で獣人はNPCとして存在はしてもプレイヤーとして存在しているのを見たことがない。

 狐に化かされているのではないだろうかと心配してしまうのは杞憂だろうか。

 そんなことを考えながら男たちは黙ってついて歩く。木の根に躓き、枝木に引っ掛かりながらもついていく。

 

 十分ほど歩いたところで急に森が開ける。

 そこには滝があり、そのほとりに家があった。

 

「わしの家じゃ。道場があるから雑魚寝程度ならできるじゃろう。」

 

 くるりと振り向きようやく女性は面を取る。

 そこには大柄な男性が8人ほどボロボロの姿で立っていた。

 

「まずは治療と飯が先かな。」

 

 女性は家の扉を開くと中へと入っていく。

 なんとなく尻込みしている男たちに向かって「さっさとこないか!」と家の中から声が届く。

 そしてのそのそと男たちは家の中へと入っていく。

 家の中は質素で必要最低限の家具があるだけだった。

 

 大柄な男たちの中でひときわ目立つ二人の男性に向かって問う。

 

「どっちがリーダーじゃ?」

 

「あ、はい。リーダーは二人で大体交互に……。」

 

「面倒くさいことをしておるのう。」

 

「申し遅れました。自分は三子山部屋所属の鷹雅と申します。」

 

「おお、知っておるぞ。久々の日本人横綱であったか。」

 

「自分はプロレスラーの橋元大地です。」

 

「すまんな、プロレスはよく知らん。あやつなら飛んで喜ぶのであろうが……。」

 

「横綱の知名度には勝てません。」

 

「で、そうなると、後ろの者たちも関取やレスラーと言ったところか。」

 

「はい。三子山部屋の者が三人と、プロレスラーが三人です。」

 

「なるほどな。それでみんな同じような戦い方しかできんのか。バランスが悪すぎる。」

 

「仰りたいことはご尤もです。ただ、自分たちは自分たちの格闘技こそ最強だと示したいのです。」

 

「理想を持たねば格闘技などできぬよな……。」

 

「しかし回復術すら持たずに、ポーション頼みでこんな奥地まで来るのはどうかと思うがな。」

 

 そういうと女性は手のひらに力を込めると淡く発光する。

 そしてその手を、鷹雅へとかざすとみるみる傷が修復されていく。

 

「気功じゃ。回復魔法にはかなわぬが、傷を癒せる。」

 

「ありがとうございます。」

 

 横綱を回復させた次は橋元。次々に気功による回復を施していく。

 

「気功で回復できるのは傷だけじゃ。壊れた装備までは直せぬ。」

 

「いえ、十分です。」

 

 そういって鷹雅と橋元は頭を下げる。

 

「風呂は24時間いつでも入れる。が、その図体ではな……。一人ずつ順番じゃな。わしは飯を作ってくるから適当にくつろげ。」

 

 そういって女性は台所へと姿を消した。

 相撲取りもプロレスラーも、下っ端のうちは食事を作るのが慣例。

 だから誰しも食事の用意はできるのだが、森の中で連戦に次ぐ連戦で精神的な疲労はピークに達していた。

 誰もが俯き、床にへばりつくように座り込むとそこからもう一歩も動けなくなっていた。

 

 誰一人、会話をすることもなく沈黙した時間が流れる。

 台所から聞こえる調理の音と匂いだけ。

 そしてこの匂いは誰もが好物であるカレーの匂い。

 

 やがて女性は台所から大なべと、おひつを持って現れる。

 テーブルの上にドンと置くと「好きなだけ食え」といって皿とスプーンを人数分用意した。

 男たちは夢中で食った。一心不乱にカレーを口の中へとかきこむ。

 

「食いながらでよい。おぬしたちはこっちに来てどのくらいだ?」

 

「はい、1か月程になります。」

 

「と、いうことは格闘家の現役からも数年経過しているという事か?」

 

「横綱が引退されたのが2033年ですから、現役からは17年離れていますね。」

 

「プロレスラーの方はどうなんじゃ?」

 

「自分は50歳まで現役生活をつづけたので、現役を終えてから8年ですね。」

 

「ふむ。はっきり言うがお前達だけではこの先潰れるぞ。」

 

「それはなぜでしょう?」

 

「現役を退いて、『戦闘勘』が失われて久しい。その後に肉体だけ若さを取り戻しても脳がそれについて行かん。」

 

「脳……ですか。」

 

「脳といえばざっくりしているが、LAOは五感をすべて使うゲームじゃ。全てにおいて脳と神経と感覚がリンクしいる必要がある。」

 

「どうやって鍛えれば……?」

 

「修行しかなかろう。現役時代と同じトレーニングをして、現役時代と同じように食い、寝る。全てはそれからじゃ。」

 

「貴女は一体……?」

 

「わしは澄弧。72歳まで現役だった合気道の師範代。今は森の中で修行の真っ最中じゃ。」

 

「姐さん……。澄姐さん、ここで我々も修行させてはいただけませんか?」

 

「構わんよ。好きなだけいるといい。格闘家は歓迎じゃ。」

 

「ありがとうございます。」

 

「そうそう、言い忘れていたが、わしは獣人ではない。狐の耳と尻尾はただの趣味じゃ。」

 

 こうして澄弧のもとに相撲取りとプロレスラーの弟子ができた。

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