019 シゲ編 ~決闘2~

「次は俺の番だ。」

 

 そう言って鼻息荒く登場したのは橋元である。

 鷹雅の敗戦を見ても、まったくその勢いはそがれない。

 逆に燃え上がるといったほうが正しい。

 

 強いものと戦いたいという闘争本能はやはり格闘家としての必須事項なのである。

 

「プロレスのリングは何でもありだ! さあ、魔法で戦ってくれ!」

 

 そういうと橋元は大きく手を広げてアピールする。

 

「ごーいとみてよろしいですねっ!」

 

「あ、まだいたんだ。」

 

 そんなシゲの感想を無視するようにレフェリーは颯爽とプロレスのリングに向かって高くジャンプして着地してみせる。

 こいつの運動能力の方がある意味バグっているのではないだろうか。

 NPCであればよいが、通常の人間がやっている可能性も否定できない。

 何せこの世界は何でもありだ。NPCだと思っていた寡黙な奴が脳を直結された人見知りなだけであったり

 表情豊かで、常連の顔や名前を憶えてサービスまでしてくれる定食屋のおやじがNPCだったりする。

 ひょっとしたらこのレフェリーもNPCではなく人間である可能性も否定しきれない。

 

「橋元大地選手の 入場です!」

  

 レフェリーの紹介と共に爆勝宣言が流れ橋元大地はリングに向かってゆっくりと歩いてゆく。

 いつの間にか入場時に必ず装着している白いハチマキを巻いている。

 仲間がリングのロープを開いてやると、橋元はその中をくぐってリングへとあがる。

 こんなに近くで橋元選手の入場を見るのは初なので、出場者であるにもかかわらずシゲは手を叩いて喜んでいる。

 

「シゲ選手の入場です!」

 

 そこで流れてくる音楽は、澄弧にも聞き覚えがあった。確か日曜夜にやっていたコント番組の中で使用されていた遠賀kではなかっただろうか。

 毎回シュールなコントで、澄弧的にはそれほど笑える内容ではなかったように記憶している。

 

 シゲが入場曲に選んだのはCreationの『Spinning Toe Hold』

 1970年~1980年に活躍した外人レスラーであるドリー・ファンクJr.とテリー・ファンク兄弟によるタッグチーム「ザ・ファンクス」の入場テーマ曲。

 いつの間に用意したのだという感じではあるが、その辺の作業を片手間で済ませてしまうことがシゲの処理能力の高さなのであろう。

 レスラーによるリングのロープを開いて待っており、シゲもその中をくぐってリングへと立つ。

 

「青コーナー! 174センチ 154ポンド シーゲー!」

 

 レフェリーに紹介されてシゲは右手に持った杖を上に突きあげてポーズをとる。

 そして杖をセコンドにいるレスラーへと手渡す。

 

「赤コーナー 180センチ 220ポンド はしぃ~もとぉ~ だい~ちぃ~!」

 

 橋元も気合十分でハチマキをとるとリング外へと投げ捨て、右手を上へと突き上げる。

 

 両者、リングの中央へと赴き、レフェリーから反則行為についての指導を受け軽いボディチェックを受ける。

 ボディチェックを終えた二人はそれぞれのコーナーへと戻る。

 

 そしてゴングの音が響き渡る。

 

「タウント! ディフェンスパワー! マジックディフェンスパワー! ノックバック!」

 

 そういって橋元はスキルを使用する。

 タウントで攻撃を一身に集め、ディフェンスパワーで防御力をアップ、マジックディフェンスパワーで魔法防御力をアップ、ノックバックでノックバックの反動を最小限に。

 つまりはその身全てにシゲの攻撃を受けきる覚悟である。

 

「痺れるねぇ……。」

 

 シゲはぼそりと感想を述べる。

 

「これが今の全力。」

 

 そういうとシゲの背後に巨大な魔方陣が展開される。

 そしてそこには無数のファイアアローが具現化していく。

 その数を見た橋元は、両腕を前でクロスして防御の姿勢をとる。背中には冷たい汗が流れ落ちる。

 

「スキルレベルがまだ7なので127発のファイアアロー。受けきってくれよな!」

 

 シゲが橋元を指さすと127発のファイアアローは一斉に橋元へと襲い掛かる。

 基礎魔法の恐ろしい所は『固定ダメージ』であることである。

 本来INTによる威力異存であればマジックディフェンスパワーで確実に威力が落ちるのであるが、基礎魔法にはその概念がない。

 手数による圧倒的物量の防御力無視攻撃。それこそが基礎魔法の最大の利点である。

 

 ファイアアローが絶え間なく橋元に降り注ぎ、煙が立ち上がる。

 その煙もゆっくりと晴れていくと、橋元はリング上で大の字になっていた。

 目の前には『YOU LOSE』の文字。

 橋元は小さく唇だけで「もうダメだ」そう呟く橋元の姿は、あの遺恨を残した橋元真也VS小川直哉の第5戦の幕切れと同じものだった。

 

 ゴングが鳴り響き、シゲの入場曲として使用した『Spinning Toe Hold』が鳴り響く。

 レフェリーはシゲの左腕を掴んで高く上に掲げる。

 拍手をしているのは澄弧ただ一人。

 レスラーも力士も、一同ぽかんと口を半開きにしてその姿を見ている。

 

「いやぁ、楽しいね。嬉しいね。」

 

 そう言ってニコニコ顔でシゲはリングを降りてくる。

 

「馬鹿弟子どもめが。だからいったであろうに。こ奴を甘く見るととんでもない目に合うのじゃ。」

 

「まぁ、それは可愛そうだよ。相性が最悪だというのは先に言っておいた通りだし。」

 

「しかし『基礎魔法』は性能良さ過ぎではないのか?」

 

「でもスキルレベル上げる難易度はシャレにならないほどきついよ。」

 

「何処まで行っても1000万スキルポイントなのか?」

 

「そうだね。今のところファイアアローしかあげれてないけど常に1000万要求してくるね。」

 

「廃人の極みじゃな。それを火、水、土、風の4属性全てやるのであろう?」

 

「そこまでやらないと意味がないからね。まぁ、それだけでもダメなのだけれども。」

 

「底の見えぬ奴じゃよ、シゲは。」

 

 そんなシゲと澄弧の会話におずおずと大滝山が入ってくる。

 

「あの……すみません。」

 

「なんじゃ?」

 

「一応、今回の二試合は録画したのですが……これは本当に公開してもよろしいので?」

 

「あぁ、構わないよ。公開したところで基礎系のスキルを取りに行く人が増えるとは思ってないし。よほどの廃人気質じゃないと耐えられないから。」

 

「そうですか……。わかりました。ありがとうございます。」

 

 そういって頭を下げると仲間の元へと戻っていく。

 

「さて、お主はもう帰れ。」

 

「え? おしまい? 師範代が俺を呼び出したのに?」

 

「真剣に基礎系スキルに取り掛かりたくなった。時間がもったいない。」

 

「そうか。じゃあ基礎系スキルがカンストしたらまた会おう。」

 

「うむ。すぐに追いつくから待っておれ。」

 

 そういってシゲと澄弧は握手を交わす。

 シゲは懐から街への移動スクロールを取り出すとぽいと投げて発動させる。

 シゲが消えると、澄弧はシゲが消えた場所を強く睨み付けこぶしをギュッと強く握りこむ。

 

「本気でやらねばなるまいな……。」

 

 澄弧はそうひとり呟く。

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