011 俊也編 ~迷い~

「よう、やっぱりここにいるって噂は本当だったな。」

 

 そういって明るくシゲに声をかけてきたのはフィンもとい俊也である。

 誠がシゲを訪ねてきたのは夕刻の鍛刀場。

 

「久しぶり……と、いうほどでもないな。どうした?」

 

「ま、リアルの会わなさに比べれば10日なんてあっという間よな。」

 

「で、どうした?」

 

 鍛冶の最中に手を止めるわけにもいかず、大きな声でシゲが叫ぶように聞く。

 

「後で相談乗ってくれ!」

 

「わかった!」

 

 そして小一時間後、シゲは頭に手ぬぐいを巻いて汗を拭きながら鍛刀場から出てきた。

 

「待たせたな。」

 

「そうでもないさ、急に来た俺が悪い。」

 

「飯でも食いながら話するか?」

 

「そうだな。」

 

 そういって二人は近くの居酒屋へと入る。

 洋風の世界でありながら、酒場というよりは居酒屋といった方がいい。

 リアルではほとんどの店では、席に着いたら自分の端末から個別で注文しそのまま都度決済をする。

 そしてAIによって作られ、運ばれてきた料理を飲み食いして帰る。

 味気がないと言われればそうなのだが、個人店は脈々と人対人を重視し、チェーン店は効率を最大化させる。

 あとはユーザ自身がニーズで使い分けているというのが一般的だった。

 

 LAOのような仮想世界においては、店員は基本的にAIではあるがオールドスタイルの接客があり

 それがまた案外うまくいっている。店舗の外側はタウンサーバで管理されているので小さく見えても、店内に入ってしまえばあとは店舗内サーバで管理してしまうため、店舗自身が内部システムにケチらなければ客席を多く設けることも、入場客数に応じてサーバのスケールアウト(サーバの台数を自動的に増やす)事により半無限の入場客数を実現。

 元々、料理の提供は決まった制作過程をスクリプト化されているので料理の提供はどこも瞬時。

 あとは配膳するAI店員も自動スケールアウトを実装しておけばことが足りるのである。

 

 そんなわけでLAOの世界においては、どの店に飛び込みで入っても対応してもらえることがほとんどであり

 二人も何の迷いもなく一番近場の大衆店へと足を踏み入れる。

 酒場、居酒屋。結局は雑多な人々が雑多に酒を楽しむ場所である。

 そんな中で半個室の座敷を希望すると、追加料金の発生確認を問われデジタルウィンドウのYESを選択する。

 するとホログラムで現れたAIが席まで案内してくれる。

 

 着席し、適当に各々が注文を行うとジョッキとつまみが運ばれてくる。

 無言で二人はジョッキを手に取りかツンとあてて「お疲れ」とだけ簡単なあいさつで済ませ、ジョッキを口へと運ぶ。。

 喉を流し、流し込むアルコール。よくもまあ電気信号でアルコールを再現したものだと感心する。

 仮想空間であっても、きちんと『酔える』のである。もちろん、酩酊状態は再現できないもののアルコール摂取時に近い感覚フィードバックがあるのである。

 

「で、どうした?」

 

 シゲが俊也へと問いかける。

 

「忍者刀を作ってほしいのだけれども。」

 

「またニッチなものを……。忍者MODって一時期話題になったけど、海外の忍者MODはびっくり人間MODだと馬鹿にされてなかったか?」

 

「海外版ではなく、日本版の忍者MODを入れようかと思ってな。」

 

「日本版はコスパが悪いのではなかったか? 特に手裏剣が重く、かさばるのに威力が低く連射もできなかったはずだが。」

 

「……ふう。何でそんなに詳しいんだよ。」

 

「仕事柄……かな。あとは結局2chを卒業できなかった名残だ。刀の依頼ではなく本題は別にあるのだろう?」

 

「嫌だねぇ……先を読む相手には隠し事ができない。」

 

「うーん……。ゲームを辞めるか、コンバートするか。多分その辺の話かなと。」

 

「……本当に隠し事できないな。コンバートを考えている。」

 

「一応理由を聞いておこうか。」

 

 俊也はジョッキの残りを一気に飲み干してテーブルの上にドンと置くと続ける。

 

「サヴァン症候群って知ってるか?」

 

「いわゆる知的障害を持っていながら、何かしらの一芸に突き抜けたものを持っている事だろ?」

 

「うちの息子がそれに該当しててな。」

 

「すごいじゃないか。」

 

「歳いってからの子供だったから、障害がある可能性がありますよと言われてたのだけれども……まあ嫁さんはその程度じゃ諦めないわな。」

 

「女の人だとそうなのだろうな。」

 

「小さい頃は、本当に言語発達が遅かった。寝返りとか、つかまり立ちとか運動能力の発達も早い方ではなかったが。」

 

「偶々偶然、暇つぶしに嫁さんと『ぷよぷよ』で遊んでいたのだよ。」

 

「ミニメガドライブか。」

 

「シゲじゃないんだからそこまでマニアックじゃないよ。普通にニンテンドーSwitch。」

 

「なるほど。」

 

 シゲが少し残念そうな顔をする。この男、SEGA狂だったのである。

 

「で、息子が6歳のころだったかな。もう俺たちが遊んでるのを真剣に見てるの。」

 

「優秀だな。」

 

「で、『やる』っていうものだからコントローラー渡してやらせたらいきなり階段積じゃなくて鍵積で12連鎖よ。」

 

「鍵積は見せたのか?」

 

「いやいや、俺も嫁さんも階段積で6連鎖がやっとの下手糞よ。」

 

「自分で鍵積を……。」

 

 ぷよぷよの連鎖方法は大きく分けて3種類。一つ目がオーソドックスな階段積、二つ目が鍵積、三つ目が少し特殊なGTR。

 先人たちが開発してきたこの方法に、素人がとりあえずよくやる『よくわからないけど左と右に適当に積めるだけ積んでみる』というのがある。

 

「そっからもうぷよぷよ一色。あっという間に勝てなくなったよね。」

 

「そりゃすごい。」

 

「寝ても覚めても、暇さえあればぷよぷよ。足し算引き算漢字の書き取り、全然できねぇのにぷよぷよだけはできる。」

 

「尖った才能だなぁ。」

 

「Switchからオンライン対戦ができたから、毎日レートが積みあがっていって……。」

 

「ぷよぷよはeスポーツ認定してたからな。あっという間にプロの仲間入りだろ。」

 

「そうなんだよ。プロチームからも声がかかるようになったのだけどこちとら小学生。嫁さんがべったり張り付いてマネージャーやらないと会話にもならん。」

 

「難しい所だな。」

 

「まあ、それでも家族としてはよくやれてたと思うよ。嫁さんもべったりといいながら俺のことも気にかけてくれてたし。家族仲は良かったんだ。」

 

「子供が稼ぐことは否定しないが、子供を食い物にするのはどうかと思うがな。」

 

「俺の稼ぎで生活できるだけはちゃんと家庭に入れてたし。息子の稼ぎはどちらかと言えば将来のために全部貯めてた。」

 

「それができただけ、俊也も嫁さんも立派な親だよ。」

 

「そういってくれると……。」

 

「だから『コンバート』か。」

 

「脳の直結仮想化がちょうど息子が20歳になった頃だったな。リアルでの生活がきつくてな。本人は飯もトイレも忘れてぷよぷよするものだから……。」

 

「とはいえ、強制的にトイレに行かせたり飯食わせたりすると興味がそがれるから怒ると。」

 

「そうなんだ。怒って暴れて。嫁さんじゃ抑えも効かなくなってきてた。それで、もういっそ脳だけになったほうが楽なんじゃないかと。」

 

「妥当な結論だな。」

 

「もう何年前になるかな……。嫁さんと息子はずいぶん前にこっちに来てる。」

 

「よく……よく、俊也は耐えたな。」

 

「リアルでの仕事も小さいながら社長だったし、約束もあったし。のんびり時期を俺は探そうかなって。」

 

「なるほどな。」

 

「で、まぁ結局約束の時期が一番いいやって。そう思ってこっちに来たのだけれどな。」

 

 そして俊也は寂しげに俯く。

 

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