009 基礎魔術編 ~根拠~
「佐藤さんは『魔法』が好きだという話を聞いたのだが?」
仮想世界がリリースされるという少し前、シゲほどのSEがこのプロジェクトに参画していない筈もなく。
ある部分のシステム構築を請け負っていたシゲはPMとしてスケジュール通りに間に合わせた慰労会を行っていた。
そんな中、クライアントの一人である桑山がシゲに声をかけてきた。
「そうですね……。まぁ剣で戦うよりかは、魔法で戦うのが好きです。」
「そうかそうか。その魔法の根っこはどこから?」
「うーん。古い所だとやっぱり『ゲド戦記』ですかね。映画は絶対に許しませんが。」
「おおー、おおー。同志よ。魔法はやっぱりゲド戦記だよな?」
「あとは『言葉』という『呪』は陰陽師もいいですが、京極夏彦の影響が絶大ですね。」
「百鬼夜行シリーズも、巷説百物語シリーズもいいものだ。」
「ひょっとして読書歴似てますか?」
「似てそうだね。他にはどんな本を?」
「ラノベも読みますが……やはり最初は推理物が好きだったのでシャーロックホームズ、ポアロ、ルパン、横溝正史ですかね。」
「ミステリ好きとしては王道だね。」
「ただ、自分に衝撃を与えたのは山田風太郎ですね。」
「バジリスクからかい?」
「いえ、八犬傳が最初でしたね。にわかですよ。」
「いやいや、甲賀忍法帖からじゃないところがちゃんと本読んでる証拠だよ。」
「褒めても何も出ませんよ。」
その夜、二人は他の人をそっちのけで本の話、魔法の話をとめどなく話し込み楽しい時間はあっという間に過ぎた。
それからも二人はちょくちょく飲みに行くような関係となり、クワ、シゲと呼び合う仲にまでなった。二人とも酒は嗜む程度なのにもかかわらず
最近の本はどうだとか、魔法はどうだとか、ゲームにおいては、いやあの表現はと盛り上がった。
そんなある日、シゲにべろんべろんに酔っぱらったと思われるクワから電話が入る。
普段からは全く考えられないようなその声から察したシゲはすぐに向かう。
なんてことはない個人経営の焼き鳥居酒屋。そのカウンターに完全に酔いつぶれたクワがいた。
店の大将も困った感じで、普段ならこんなことにはならないとぼやいていた。
クワを回収し、近くの公園で水を飲ませながら介抱する。
そんな中、クワは一言呟く。
「基礎……基礎魔術は……夢があるんだ。ハノイの塔なんだ……。」
その後、仮想世界がオープンしLAOもリリースを迎える。
それと同時にMODとして販売されたのが『基礎シリーズ』だった。
・基礎魔術師
・基礎ダンス
・基礎回復術
・基礎剣士
・基礎格闘
・基礎タンク
・基礎盗賊
いずれも最序盤には使い勝手もいいのだが、どうしても物足りなくなり途中でお蔵入りとなるMODだった。
その中でも特に酷かったのが基礎魔術師。その後に販売された基本魔術師と混同されがちだがスキルレベルのレベルアップに必要なスキル経験値が驚きの1000万。
先人の一人が基礎魔術を信じてスキルレベルを1あげたが、結果として何もステータスが伸びるようなことはなく
その結果は大々的に拡散されたこともあって、誰も基礎魔術を取得しなくなった。
ただ、シゲには確証があった。
クワは自分が何を開発しているか、決して漏らすことはなかったが
べろんべろんに酔っぱらったあの日、たった一言漏らした『ハノイの塔』というのがヒントであると思っている。
なぜならば基礎魔術師は他の基礎スキルとは異なり、スキルレベルが1からではなく0から始まる。
ハノイの塔は『2のN乗ー1』という大変美しい計算式で、アルゴリズムである。
あれだけ魔法にこだわりのあるクワが設計したのだから、そこに機能美は必ず求める。
スキルレベル0でもスキルレベル1でも1発しか魔法が撃てないという事は
if (スキルレベル = 0)
N=1
endif
2のN乗ー1
こんな感じになっているのではないだろうかと想定していた。
つまり、スキルレベルが2から本領発揮。
2の2乗ー1となると3発撃てるようになる。
2の3乗ー1となると7発撃てるようになる
つまり、スキルレベルがMAXの10に到達した場合、2の10乗ー1となると1023発のアローが同時に撃てるのではないだろうか。
固定ダメージの5しか与えられないとしても、1023発×5のダメージは5115のダメージを固定で与えられることになる。
さらにリキャスト時間はほぼゼロ、ほぼ同時に別属性のアローは準備できる。
この時点でシステムブレイカーと言えるくらいのぶっ壊れた性能である。
これは一種の賭けでもあるが、根拠は間違いなくある。
クワは上司ウケがいいタイプではなく、黙々と一人で作業して結果を残すタイプである。
そんなことから考えても、基礎魔術師はその威力のぶっ壊れ方からして、スキルレベル上昇に対してこれでもかというような重い縛りを付けられたのではないだろうか。
そうすればあの晩、あれだけべろべろに酔っぱらった理由は合点がいく。
そしてもう一つ、シゲには注目すべきクエストがあった。
夜の間だけ受領ができるクエストがある。
『月夜のハニー』というクエストである。
このクエストには受領レベルに制限が設けられており、レベル20以下でしか受けられない。
また、クエストの受領と共に特定の専用フィールドに飛ばされるためモンスタートレイン等で他の人に迷惑をかけることがない。
クエストの内容は至極簡単。
昼間は『ハニービー』という大型の蜂型モンスターが森にいるのだが、夜の間だけ出現する『ムーンビー』という蜂型モンスターの巣からはちみつを取得してきてほしいというものである。
攻略サイトでは、無限にムーンビーが出現するが、一定数以上に増えることはないためおとり役と回収役に分かれてしまえば簡単にクリアできるというものだった。
ハニービーは経験値が10の初心者向けモンスターであり、設定HPも低いのでパーティで絶え間なく狩り続ければ効率よくレベルが上がる
初心者パーティ御用達のモンスターである。
それに対してムーンビーは経験値は0である。それに代わりスキル経験値が10と性能の尖ったモンスターである。
しかし、出現する量が量なのでいちいちスキルを使っていてはリキャストの問題やSP(スキルポイント)の枯渇の原因にもなりスキルレベル目的で戦い続けることが難しい。
逆を言えば、スキルが使い放題でリキャスト時間が短くあれば倒し続けることでスキル経験値はどんどん貯まる。
まるで基礎魔法師のためにあるようなクエストである。
問題であったMPの枯渇問題については魔力草のタバコ化で少ないながらもMPが回復できるようになっている。
と、なれば一晩中狩り続けられれば1000万などあっという間に貯まる。
あとはスキルレベルが2以上になれば効率は3倍、7倍、15倍とどんどん上がっていくため、後半は暇な時間すらできそうである。
そしてシゲはこのクエストにもう一つ仕込みを加えて、夜な夜な闘い続けてはクエストを失敗する無敵のレベル1を作り出そうとするのだった。
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