008 基礎魔術編 ~不遇の理由~

「ほ、ほ、ほ、本当ですかっ!?」

 

 魔術師協会のカウンターで受付の女性からこれでもかというくらい大声で驚かれる。

 

「ああ、本当だ。基礎魔術の習得をお願いしたい。」

 

「基礎魔術ですよ? あの基礎魔術ですよ?」

 

「間違ってはいない。基礎魔術の習得だ。」

 

 魔術師協会にいる他の人々もざわつき始める。

 基礎魔術ではなく、INT依存で威力のあがる『基本魔術』の方がポピュラーである。

 たった一文字の違いが大きな差を生む。

 基礎魔術がすべてアロー系なのに対して、基本魔法は全てボール系となっている。

 ファイアボール、アイスボール、ウィンドボール、ストーンボールの四系統。

 これらはスキルレベルによってリキャストの時間が短縮されるほか、INT依存で装備品やキャラクターレベルの上昇で威力が上がる。

 

(そんなことは知っているんだよ。)

 

 そう思いながらシゲは基礎魔術の取得手続きへと進む。

 何のことはない、基礎魔術師はMODを購入して魔術師協会でスキルブックを読むだけで誰でも習得できるお手軽魔法である。

 魔導書の並んだ図書館のようなところで、シゲはパラパラとスキルブックを四冊読み終える。

 

 習得が完了したことを受付へと伝える。

 

「あのー……一応、裏手が魔法の練習場になってまして。魔法強化された案山子がいるので、そこに事由に魔法を打ち込んでもらえれば……。」

 

「そうか。では利用させてもらおう。」

 

 シゲは入り口とは反対側の出口から出る。

 そこには魔法初心者たちが口々に「ファイアボール!」や「アイスボール!」と簡易詠唱を行う事で案山子に魔法を飛ばして練習している。

 

 シゲの選択した基礎魔法は『詠唱不要』の為、指をひょいと案山子に向けるだけで魔法が飛ばせる。

 ファイアアローは風切り音と共に射出されて案山子へと当たる。

 次にアイスアローを案山子へとノンタイムで飛ばす。狙いは寸分たがわず案山子へと当たる。

 そしてシゲはファイアアロー、アイスアロー、ウィンドアロー、ストーンアローを人差し指、中指、薬指、小指に準備した状態で一斉に案山子へと飛ばす。

 順番に射出された魔法は案山子へと次々にあたる。

 

「なるほどね。」

 

 そういってシゲは基礎魔術の使い勝手を確かめる。

 

「あのう……。」

 

 傍にいた少女に声を掛けられる。

 

「なんでしょう?」

 

「その魔法は何ですか? 見たことがなくて……。」

 

「ああ、これは『基礎魔術』ですよ。」

 

 シゲがそう答えると「ゲッ」と小さな声で否定すると侮蔑の目を一瞥くれて

 

「あ、ありがとうございました。」

 

 そういうとそそくさと自分の案山子へと向き走り出す。

 別に取って食われるわけでもなければ、伝染する病気でもないだろうに。

 

「基礎魔術だってさー。あんな使えないMOD入れるとか……。」

 

 友達と思われる女の子同士で基礎魔術のディスりが始まる。

 スキルの否定と人格の否定は別のものだぞと思いながら、シゲは案山子相手に色々と試してみる。

 連射、並列、属性同士の掛け合わせ。

 

 魔術師とはどれだけ遠距離から正確に敵に対して魔法を飛ばし当てられるかがすべてである。

 範囲魔法や大魔法を効果力でぶっ放すのも魅力ではあるが、普段使うのは敵の引付とターゲットの管理である。

 ソロであれば、常に一人で確実に敵が近づくまでの間に倒すことが求められるが

 パーティにおいての魔術師は後衛ならではの管理の仕方がすべてである。

 経験値効率においては、常に倒せる分量の敵を引き付けることが大事だし、それは多すぎても少なすぎてもいけない。

 かといってソロで行動できないような魔術師はいざというときの大火力を温存しておく必要がある。

 

 少なくとも遠距離からの敵の誘因及び弱体化(既に与ダメージがある状態)は基礎魔術でそれなりに足りるはずなのだ。

 しかし、基礎魔術の連射性能、並列射出性能に対してMPが足りない。

 レベル1時点のMPは10しかない。つまり10発打ったらMPが欠乏するのである。

 その度にマジックポーションを飲み干していては大赤字である。

 

 基礎魔法について体感できたシゲは魔術師協会をでて、次なる目的地へと足を運ぶ。

 続いて到着したのは錬金術師協会。

 特に錬金しようとは思っていないのだが、シゲが考えるMP管理のためにはここしか方法がなかった。

 調合のスキルを習得して、調合の実践などは一切をすっ飛ばして錬金術師協会を後にする。

 やりたいのは調合でもない。その途中が欲しいだけなのである。

 

 最後にシゲは魔法屋へと赴き、魔法草を大量に買い込む。魔法草は驚くほどに安い。

 魔法草はマジックポーションの原材料にもなり、直接食べてもMP回復の効果があるが……とにかく不味いのが最大の原因。

 シゲは宿に戻り、魔法草を乾燥させていく。

 便利なことにリアルの電化製品も忠実に反映されている為、トースターの上に銀紙を敷いて魔法草を並べてカラカラになるまで乾燥させる。

 あとは調合の基礎である乳鉢と綿棒でカラカラになった魔法草を程々に砕き、紙でくるんで棒状にする。

 そう、シゲが作っているのは魔法草タバコである。

 食べてもダメ、飲むには高価、じゃあ吸ってみたらどうだろうと。

 特にMPが少ないうちはこの程度の回復量で十分なのではないかと考えたのだった。

 

 とりあえず、宿の窓を開け一服してみる。

 タバコに火をともし、肺一杯に煙を吸い込む。

 リアルでは従来の紙巻きたばこは一掃され、世の中は電子タバコ一色になってしまった。

 さらに愛煙家たちは世間から冷たい目で見られ、年々上昇するたばこ税に負けて一人、また一人と脱落し

 最終的に愛煙家たちは仮想世界でタバコを愉しむことしかできなくなった。

 

 タバコの葉ではないのでやはり青臭さが残る。

 古い例えで言えば『わかば』に近しい味である。

 フィルターをメンソールにすればもう少しよくなるだろうか?

 手巻きタバコは茶葉を入れると清涼感が出るとも聞いた。

 茶葉を混ぜた結果として、MPの回復スピードが落ちるようであればそれは本末転倒である。

 

 シゲが協力すると言ってしまった手前、ハナが悪いわけではないのだが

 ようやくシゲが想定していたスタートラインへと辿り着いた。

 スキルレベルを一つ上げるためには1000万のスキル経験値が必要となる。

 普通のプレイならばこれだけのスキル経験値を稼げば、もうすでにキャラクターレベルは100を超えて様々な場所へと冒険することができる一流プレイヤーだ。

 それをみんなが再集合する半年で何とかしよう。あわよくは基礎魔術のスキルレベルをカンストしようというのだから常人の理解の域を超えている。

 

 無論、無策でシゲがこんな無理ゲーに挑む筈もない。

 この勝負を挑むためには、制限もあるし、根拠もある。何よりも自身のプレイヤースキルを求められる。

 不遇は不遇なりの理由があるのだ。

 世界の認識をひっくり返してやる。

 

 シゲはそう心に誓って今日という日の終わりを、少しだけ不味いタバコの紫煙と共に吐き出すのだった。

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