007 ハナ編 ~別離~
「おはよう!」
シゲが宿を出ると、やはりハナは花壇に腰掛けてシゲを待っていた。
はぁとシゲがため息をつく。部屋まで押しかけてこないのが救いか。
「今日は狩りに行こう!」
「こちとら基礎魔術師だぞ。」
「知ってる!でもいいの!シゲと狩りに行きたいから!」
元気いっぱいと言えば聞こえはいいが、どこからどう見ても声の大きさで圧をかけて押し切ろうとする姿勢が見え隠れする。
「パーティは組まないぞ。あくまでも付き添いだ。ちょっとレベルを上げるのは後にしたいからな。」
「うーん……。またなにか悪いことを考えている顔だね。」
「まぁ、ちょっと思うところがあってな。予定があるんだ。」
「仕方ないなぁ。じゃあ付き添いで。」
そして当然というように、ハナはシゲの腕を取り街の門まで引っ張っていく。
門は衛兵が常に立っている。PKを行った場合は一定期間街に入場することが許されなくなる。
また、街の出入りにはすべて税金を徴収される。
この税金はリアルマネーと紐づいた仮想マネーであり、実際にゲーム内で徴収される税金はそのまま国庫へと入れられる。
何をするにも金。金。金。
昔のオンラインゲームとは違う。才能があるものは一攫千金も夢ではないし、冒険者として稼ぐことも可能である。
商人として財を成すものもあれば、リアルの仕事をゲーム内に持ち込んで続けている者もいる。
ハナなどはその典型例であり、リアルで執筆していたラノベシリーズを仮想空間でも継続執筆していく事で冒険などしなくても生活ができる。
ハナは当然というように税金を二人分支払い門の外へと出る。
門の外は草原。そして一本だけ草が生えていない道が続く。
草原といっても、踝が隠れる程度の背の高さで見通しは良い。
何人かのプレイヤーがモンスターを追いかけては武器をたたきつけている。
装備品に金をかけれるプレイヤーは普通こんなところで狩りはしない。
効率が悪いのである。
モンスターから得られる経験値にしても、レアドロップにしても、金額にしても。
いずれも最下。強いて言えば『慣れ』のために使う程度。
ハナも多分に漏れず、『慣れ』のための狩りであるとシゲは思っていた。
「おつかいクエスト受けてきたから、10匹は倒さないと。」
鼻息荒くハナが宣言する。
「好きなように動いてくれれば、ついていくよ。」
「じゃあ行くね。」
そういうと、ハナはくるりと回って右腕を上にあげポーズをとりスキルを使う。
両手に装備された曲刀《シャムシール》の柄の根元には鈴がついており、シャリンと音が鳴る。
火の舞……1度の攻撃力を5%あげる補助魔法。
踊り子にも『基礎ダンス』という基礎シリーズが用意されている。
基礎魔術師の絶望的な使い勝手に比べて、自己バフを中心としたスキル構成となっており利用価値がある。
ただ、どの基礎系スキルにおいてもスキルレベルを上げるのは困難になっている。
いったいどうしてこんな仕様にしたのか誰も知らない。
どんなゲームでも、概ね最初に雑魚敵として出てくるのはスライム状のものと相場が決まっている。
LAOにおいてもそれは例外ではなく、赤・青・黄の三色スライムが草原をうろうろしている。
ハナの目の前に現れたのは青スライム。
「よしっ!」
そういってハナは気合を入れると右手に持った曲刀《シャムシール》をまっすぐに振り下ろす。
次の瞬間、青スライムはパシンと弾けそこには魔石が残った。
「やった!やった!」
そういってハナは跳ねて喜ぶ。
考えてみれば当たり前である。キャラLvがいくら1だと言っても、武器のレアリティは高く威力も申し分ない。
本来であればスライムを叩き斬るようなシロモノではない。
更にバフをかけて攻撃力を底上げしているのだから、一撃で倒せない方がおかしい。
「いえーい!」
そういってハナはシゲとハイタッチする。
シゲは何もせずに眺めていただけなのであるが。
次にハナはくるりと回って膝をまげて体勢を低くし、両手に持った曲刀《シャムシール》を交差させながら広げる。
風の舞……自身の移動速度を5%あげる補助魔法。
そして一気に赤スライム、黄スライムと立て続けに切り伏せて満足そうな表情を浮かべる。
続いてくるりと回って目の前で剣を合わせてシャランと鈴を鳴らす。
土の舞……自身の防御力を5%あげる補助魔法。
青スライムに蹴りを入れてモンスターからの攻撃をわざと受ける。
軽いノックバックはあるものの、痛みはほとんど感じることなくまたも一刀の名のもとに切り伏せる。
最後に、赤・青・黄のスライムそれぞれに蹴り御入れてを自身を囲ませる。
両手を広げてくるりと回りながらスライムに斬撃を加えて一掃する。
これで一通りの基礎ダンスのスキルを確認し、満足げな表情のハナ。
これだけ装備補正があれば、シゲもいつまでも一緒に行動する必要はないなと判断した。
暫くはスライムをただひたすらに、思うが儘に狩り続ける。
時刻は夕方になり紐傾いてきたところで唐突にハナは口を開く。
「ねえ、聞いてもいい?」
「どうした?」
「なんで『シゲ』なの? マコみたいに本名と全く関係ないし。」
「説明がちょっと面倒なのだけれども……北海道の『TEAM NACS』って知ってるか? 大泉洋が所属してた演劇ユニットなのだけれども」
「大泉洋は知ってる。水曜どうでしょうもDVDをはるか昔に見たから、安田さんも知ってる。」
「まぁ、その一味だな。『佐藤重幸《さとうしげゆき》』という人物がいるんだよ。一応全国放送のドラマと蟹も出てたのだけれども。」
「沖縄は放送局少ないし、TVあんまり見ないからなぁ……」
「色々あって佐藤重幸さんは改名して『戸次重幸《とつぎしげゆき》』になったわけなのだけれども。」
「ふんふん。それで?」
「びっくりするくらい俺のリアルと顔が似てる。そして俺のリアルの名前が『佐藤和之《さとうかずゆき》』だったのもあって、高校時代からあだ名が『シゲ」なんだよな。」
「ちょっと待って、検索するね。」
ふんふんと鼻歌を歌いながら、ハナはウィンドウを開き検索結果を眺める。
そして検索結果を見ながら、うーんとかふーんなどと呟く。
「まぁ、だいぶ似てる。」
「感想薄くねぇ? 高校も大学も、なんならNACSのイベントでも大人気だったんだぞ、俺。」
「うーん……目元だけなんだよね。似てるのは。髪型をそれっぽくしちゃえばもう似てるよねっていうのが雑。」
「社会人になって東京来ても『シゲ』ってみんなに呼ばれてたのに……。」
「いいじゃん。似てなくて。私は自分の目の前にいる『シゲ』が好き。」
夕日が当たったハナの横顔は照れからなのか、少しだけ赤みがかかって見える。
「それはそうと、ハナ。」
「うん。わかってる。」
「俺は俺の冒険に出る。調べたいこともやりたいこともたくさんあるしな。ハナが仲間なのは変わらない。いずれ各々が力を付けたらまた会おう。」
「そうだね、今度はパーティを組んでもらえるようにするよ。」
「そうだな、7人全員でパーティ組めるように俺も努力するよ。」
「最後に一つ、お願い事。」
「どうした?」
「バイク買ったら一番最初に後ろに乗せてくれる?」
「そんなことで良ければ。」
「ありがとう……。シゲ……またね?」
「ああ、また会おう。」
そういってシゲは一人街へと戻る。
その背中をハナは見つめながら曲刀《シャムシール》の柄を強く握りしめる。
ーーねえ、知ってる? 私のラノベに出てくる魔術師は全部シゲがモデルなんだよ?
ーーねえ、知ってる? その魔術師は最後に必ず格闘家と結ばれちゃうんだよ?
ーーねえ、知ってる? 他のみんなは東京で集まってたりしたけど、沖縄まで会いに来たのは貴方だけなんだよ?
ーーねえ、知ってる? 私の想いを。
「またね。」
ハナはシゲの背中を見ながらぽつりとつぶやく。
シゲは知ってか知らずか、片腕をあげてひらひらと背を向けたまま手を振る。
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