006 ハナ編 ~買い物~
気まずい。
非常に居心地が悪い。
踊り子の装備用品店とはどこもこうなのであろうか。
右に左にマネキンが着ている服はどれも布地が少ない。
何と言っても、腹の出てない服がない。
年老いたとはいえ、こうも下着のような服ばかりが並んでいる店舗は落ち着かない。
そもそも実店舗に買い物に来るのなど何年ぶりの話であろうか。
現実世界では必要なものはネットで買えばよいし、ネットの仮想空間上に自分と同じ体型をトレースして映し出せば現実での試着など意味をなさない。
そもそも現実世界で装う事すらほとんどしなくなった。
冠婚葬祭であっても仮想空間で行われるため、もっぱらリアルで着ている服装はスエットのようなシンプルで動きやすいもの。
食事は完全栄養食で賄い、ゴミも必要最低限しか出ない。
ミニマリストという言葉が2020年代に流行ったが、結局効率を追い求めると行きつく先はそうならざるを得ない。
ただ、シゲはバイクだけはやめられなかった。
例えどこでもドアが開発されても、車が空を飛ぼうとも、バイク乗りだけは暑さ寒さを感じながら地べたを走る。
もちろん、仮想空間で十分と割り切ったバイク乗りもいたことは事実だし、リアルでバイクに乗るとなるとメンテナンスも必要になる。
40年以上の付き合いのあるバイク屋がシゲと同じ考え方で営業し続けてくれたからこそ、最後までリアルのバイクで走り回れた。
リアルはどんどん蔑ろに、ネットの仮想はどんどん成長。
リアルで求められる資源はどんどん先細り、逆に仮想空間でのデータ販売はどんどん売り上げを伸ばす。
1日の内、自分が生活しているのはリアルよりも仮想空間の方が長い。
自分が起きているのか、寝ているのか。現実なのか、仮想なのか。どんどん境界線はあやふやとなり夢見心地のまま1日を終え、生涯を終える。
そんなことをぼんやりと思い出しながら、シゲはハナの買い物を黙って待つ。
ハナは大量の試着データを持って試着室へと入り「うーん」とか「はぁ」とか声だけが聞こえる。
試着室の前で待つこちらの身にもなってほしいものである。
リアルで誰かの買い物に付き合ったのはもう何十年も前になるのではないだろうか。
試着室のカーテンが少し開き、ハナが顔だけ出してくる。
「見て、服の感想くれる?」
「感想……ねぇ……。たいそうなことは言えぬぞ。」
「それでいいのよ。シゲのお世辞なんて聞いたことない。」
「まぁ、それでよければ。」
シゲがそういうや否や、ハナはカーテンを一気に開けてポーズをとる。
シゲは全く動じず、ハナの衣装を眺める。
「ベリーダンスの衣装だな。中東の踊り子の衣装だな。」
「感想薄くない!?」
「だから期待するなと……。」
「踊り子といえば中東のへそ出し衣装じゃない?」
ハナはそういうとへそ出しの腰を左右にクイックイッと振って見せる。
「そもそもこの店が、中東の踊り子衣装専門店だろ。」
「そうなんだけどさ。なんかこうもうちょっとあってもいいかなーって。」
「明らかに装備補正のありそうな衣装だしな。それぞれの宝石にステータス上昇補正がありそうだ。」
「ここ、高級店だからね。」
「初期装備はシンプルがよくないか? HIPHOP風の衣装だってあるだろ。」
「HIPHOP系のスキルは買ってないの。初めから中東のイメージで先行しちゃったから。」
「なるほど。それでは仕方がないな。」
「で、どう?」
「ふーむ……。ハナは紫とかの寒色より、オレンジ系の暖色の方がイメージにあうかな。」
「なるほど。ちょっと待ってね。」
ハナは試着室のカーテンをシャッと閉めると、また何やら試着を試している。
次から次へと、試着室のカーテンを開けては閉め、開けては閉めを繰り返す。
最終的に選んだのは真紅のドレスと純白のドレス。
シゲは金額を見ないようにした。自分はとてもじゃないがそこまでの金額を初期装備には出せない。
シゲはそもそも、プレイヤースキルで戦うタイプであり装備でごり押しするタイプではない。
ハナに限って言えば、リアルで十分すぎるほどの稼ぎがあったうえ、仮想世界での歩行に心配があったことを考えると
装備でステータスを底上げするのも仕方ないと思えた。
「じゃあ、次に行こうか。」
真紅のドレスを着たハナはシゲの腕をとり、次の店へと行くと言い張る。
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれ。」
「ん? 先に食事にする?」
「いや……、初期装備の俺と、ハナが並んで歩いてはあまりに俺がみすぼらしい。」
「あー。踊り子の男性衣装もあるよ?」
「勘弁してくれ……。」
「じゃあ次はシゲの服?」
「古着屋で安いローブで十分と思っていたのだが……。」
「また、そういう見た目にかまわない服装で……。」
「リアルでも服なんてスーツかスエット、あとはTシャツくらいしか持ってなかった。」
「だからこそ仮想世界では好きな服を着るんじゃない。」
「そういわれてもな……。俺の場合は特にステータスの底上げとかも考えてないし。」
「そこ。それ。それが問題。PSO2やってた時にはキャラの服装、毎週楽しみにしてたでしょ?SNSに毎週かわいい服着せた自キャラ出してたの知ってるんだから。」
「もう何十年も前の話だよ……。」
「仮想世界は見た目が命!」
「わかった。降参だ。俺の服も見繕ってくれ。なるべく魔術師っぽいので頼む。」
「魔術師って煌びやかなイメージないのよね。鼠色とか茶色のローブ着てる感じ。」
「それでいいんだって。魔術師なんだから。」
「じゃあアクセかな。」
「アクセねぇ……。」
「魔術師は昔からINTあげてなんぼでしょ?」
「基礎魔法はINT関係ないんだよ。序盤は本当に丸裸でもいいくらい。」
「でも、将来は使うんでしょ? 私もINT装備欲しいし、ね。」
「……派手じゃないものなら。」
「よしよし。じゃあアクセ屋さんにいこう!」
二人はまた歩き出す。もうこの姿が自然と言わんばかりに、ハナはシゲの腕をとって歩き始める。
50年来の知り合いであり、友人であり、ゲームの中の死線を潜り抜けてきた仲間である。
しかしこうまで露骨に好意を隠されないというのも驚きであった。
SEの世界とは不思議なもので、団体行動ができるようで出来ないやつが山ほどいる。
そんな中、社員旅行と称して会社の節税が行われる。
決まりごとはたった一つ。『1回だけ全社員集合して飯を食う』というもの。
行きの飛行機、帰りの飛行機、何泊するのか、どこへ観光に行くのか、どこのホテルを取るのか。
すべてが自由。ただし会社が補填してくれるのは2泊分のホテル代の2万円と往復の飛行機代だけ。自腹でそれ以上のリゾートホテルを取るのも自由だし、コテージなんかを借りてゆったりするのもの自由。
仕事に余裕のある者は、有給をプラスして沖縄滞在を伸ばし、仕事に全く余裕のないものは一泊二日の弾丸ツアーをしていた。
シゲがまず考えたのがハナに会う事だった。レンタルバイクでのんびり沖縄をぐるっと回る最中に会えたらいいなと。
本当にそれだけの思いで連絡したのだった。
結果から言えばシゲはこの50年で数度、ハナと実際に会っている。
40年近く前に沖縄に会社の社員旅行で行った際に、ついでと言ってではないが会いに行ったのが最初である。
アースオンラインから離れて10年たっており、断られる可能性が高い中、連絡してみたところあっさり了承が貰えたのだ。
ハナとは那覇市内からも離れ、沖縄市内からも離れ、どちらかというと辺鄙なところにポツンとあるアイスクリーム屋で初めて会った。
ハナはシゲが本当にきたことをたいそう喜び、シゲはハナが出したラノベの初版本にサインをもらって満足していた。
ハナは下半身が不自由で、車いす生活だという事もその時に初めて知った。
そのアイスクリーム屋は近所で唯一、ゆっくりと会話することができる店舗なのだという。
他愛もない会話しかしなかったような気がする。いつもハナとの会話はどうでもいいことが多かった気がする。
最近のゲームの話、最近のアニメの話、最近の仕事の話。
最後にハナは「沖縄に来ることがあったら、また誘って」と悲しそうな顔で言ったのを強烈に覚えている。
いったいどこでどう間違って、こうなってしまったものなのか。
なんだかんだと理由をつけて、ハナは結局シゲを一日中引っ張り回して買い物を楽しんだのだった。
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