005 ハナ編 ~まちぶせ~

 シゲの朝は遅い。

 理由は様々あるが、基本的に起床は午前11時である。

 そこから身支度をして遅い朝飯と昼飯を兼ねた物を食べ、宿を出るのは12時過ぎである。

 

 LAO二日目。

 宿から外に出ると、そこには……ハナがいた。

 ハナは宿の出入り口の横にある少し高い花壇に腰掛け、足をぶらぶらさせながら道行く人々を眺めている。

 

「ハナ……何をしている?」

 

 ハナは気付いて顔をあげる。

 

「シゲを待っていたのだけれども?」

 

 ハナは首をかしげて不思議そうな顔をする。

 

「俺を待つ必要はないだろう。昨日は自分で歩けるようになったし、何なら少しくらい走れるようになった。驚くべき成長速度だ。」

 

「シゲのおかげで一人で移動できるようになりました。」

 

 ハナは花壇から一人で立ち上がると、シゲに向かって深々とお辞儀をする。

 

「その話はもういい。構わない。そう昨日も言ったじゃないか。」

 

「そうなんだけどさ。いざ『独りで冒険』ってなると不安になるじゃない?」

 

「ゲームで不安など感じたことがないだろう?ワクワクドキドキ、胸いっぱい夢いっぱいだ。」

 

「いやー、最初はシゲと一緒がいいなって。」

 

「はあ……」

 

 こうなったときのハナは頑として聞かない。

 

「で、ハナは何のMODを買ったんだ?」

 

 LAOは国が運営するオンラインゲームである。生身の状態でも、脳を直結することで参加もできるし、シゲたちのように脳だけになって参加することもできる。

 ただ、あまりにも巨大なその基盤は、従来あったゲーム会社を困惑させた。

 自分たちのゲームが売れなくなる。自分たちのゲームで商売ができなくなると一時は反対運動まで出た。

 そこで国策として取られたのが「MOD(modification)システム」

 各ゲーム会社はLAO内で販売されるMODを制作し販売することができる。

 もしろん『シナリオMOD』もあれば『スキルMOD』もある。

 多種多様なMODは誰でも購入可能で、購入した世界観を楽しむことができる。

 

 それにより弱小ゲーム会社も、バズれば一攫千金が狙える仕様となっていた。

 もちろん、個人でもスキルがあれば製作・販売が可能で世のプログラマーたちが躍起になったのは言うまでもない。

 覇権MODと言われるような人気のあるMODもあれば、誰が知っているんだという不人気MODもある。

 

「私はね。ずっと前から決めてた『踊り子』のMODだよ」

 

 踊り子のMODは攻撃もパーティ支援のどちらも可能な汎用MODで、専用装備まで販売されている人気MODである。

 専用装備によってスキル効果が上昇するだけでなく、その煌びやかで華やかな衣装は人気が高かった。

 人気があるMODは値段が高い。汎用性があり、使いやすいMODというのは大企業が力を入れて開発しているのでバグも少ない。

 バグがあったとしてもすぐにアップデートで修正されるという点も高級MODの利点である。

 

「現世からの反動か。ハナの現世での稼ぎだと微々たるものと言えばそうなるが。」

 

 ハナは圧倒的女性支持を受けたライトノベル作家である。

 ファンタジーもの、歴史もの、現代もの。どれを書いても超一流。

 切ない乙女心が描かれた物語はコミカライズだけではなく、アニメ化もされたものだった。

 

「シゲは何のMOD買ったの?」

 

「俺は『基礎魔術師』だよ。」

 

「は?マジで言ってる?」

 

「マジ。大マジ。基礎魔術師のMOD。」

 

「基礎魔術師のMODって不具合が仕様のみんなから捨てられたMODだよ?」

 

 基礎魔術師MOD。LAO初期にリリースされた価格100円のお手軽MOD。

 何ができるかと言えば、4種の魔法が使えるだけ。

 ファイアアロー・・・相手に火属性の矢を飛ばす。ダメージは5固定。敵の弱点属性の場合のみ7ダメージに増加。

 アイスアロー・・・相手に水属性の矢を飛ばす。ダメージは5固定。敵の弱点属性の場合のみ7ダメージに増加。

 ウィンドアロー・・・相手に風属性の矢を飛ばす。ダメージは5固定。敵の弱点属性の場合のみ7ダメージに増加。

 ストーンアロー・・・相手に土属性の矢を飛ばす。ダメージは5固定。敵の弱点属性の場合のみ7ダメージに増加。

 いずれも消費MPは1で固定。詠唱無し。リキャストタイムはほぼ0。

 

「序盤は基本魔術師でも活躍できるよ?」

 

「そうじゃなくて、未来がないって言ってるの!」

 

 基礎魔術師の最大の問題はその性能ではなく、成長にある。

 スキルレベルは敵を倒した時に、通常のLv経験値とは別にスキル経験値として使用したスキルに経験点が与えられる。

 そのスキル経験値が一定レベルになるとスキルレベルがアップする。

 スキルレベルの上昇に伴い、威力の増強やリキャスト時間の短縮など恩恵がある。

 基礎魔術師におけるスキルレベルの上昇必要経験値は1000万。

 通常の雑魚モンスターから得られるスキル経験値は1~3多くても5程度なのでスキルレベルを上げるのにどれだけ苦労があるのかは想像に容易くない。

 また、実際にスキル経験値を1000万貯めた基礎魔術師がいたが、結果として何一つ変化がなかったのだ。

 

 必要スキル経験値の多さと、その労力に見合わない成長結果に世界中の基礎魔術師はスキルレベルを上げることを止めた。

 その結果、使えないMODランキングの堂々第一位に君臨した。

 ハナはそのことについて言及しているのである。

 

 無論そんなことはシゲは知っていたし、理解している。

 ただ、基礎魔術師がこのままであるわけがないと踏んでの博打に出たのである。

 

「まあまあ。そんなに目くじらを立てなくても。ダメなら変えればいいさ。」

 

「そうなんだけどさ……」

 

「で、本日の用事は?」

 

「まだ人混みを歩くのはちょっと心細くてね。初期装備の買い物に付き合って欲しいの。」

 

「買い物か……。致し方あるまい。」

 

 ハナはぴょこんと花壇から飛び降りると、シゲの腕をとって腕を組んでくる。

 

「いざ、商店通りへ!」

 

「はいはい。」

 

 二人は並んで歩きだす。見た目は可愛らしく10代のような見た目。手足が長くすらっとしておりプロポーションも申し分ない。

 しかし中身は70代。いい大人なのだ。その辺の分別はついているだろうとシゲは思っていたので特に気にすることもなくのんびりと歩く。

 昨日の開始当初とは全く違う歩様。きちんと地面を蹴って進むことができている。

 それだけがシゲの安心材料であった。

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