002 再集結

 この街もすっかり変わってしまった。

 はるか昔は駅前にバスケットボールのコートがあった。

 その後バスケットボールのコート跡地は大型の電気店が建ち、それと共に自然と数多あったジャンク屋は衰退の一途をたどった。

 その一方でアイドルの街として盛り上がりを見せた。

 アイドルに近くで会える事を売りとした、メジャーアイドルや地下アイドル、メンズカフェ、コンセプトカフェが乱立した。

 やがてそのアイドル人気も徐々に下火になると、次に来たのはトレーディングカードゲームの財産化だった。

 1枚のカードが数千万、数億の値段がつけられ売買が盛んに行われる。

 中古のパソコンショップはどんどんと隅に追いやられる一方で、プロゲーマーという職業が登場し、超ハイスペックなゲーミングPCが正義とばかりに販売されてゆく。

 プロゲーマーのジャンルはFPSやパズルゲーム、格闘ゲームと多岐にはわたるがMMORPGが復権することはなかった。

 

 ところが2030年代に入ると、事態は一変する。

 情報端末として使われていたものがパソコン、そしてスマートフォンと変化していく中で、次世代としてスマートメガネが主流となった。

 メガネに液晶機能を入れ、人々は皆メガネに投影される情報に夢中となった。

 更に2040年代になると、一部の人々が熱狂的に待ち続けていた脳とインターネットの直接接続ができるようになった。

 脳科学者の試算によると、肉体は100年程度の寿命しかないことに対して、脳は500年の寿命があることが確認された。

 これにより肉体の死がイコールその人物の死とはならず、脳のみで生存することが可能となった。

 また、医学の進歩によりアルツハイマーを筆頭とする痴呆症の特効薬が発見されたことも脳年齢の引き上げに一役買った。

 

 これらの結果、ネットの世界と現実を隔てる境界線があいまいとなった。

 生者であっても、ほとんどの時間をネットで過ごす者もいれば、逆に肉体は失ったが脳だけが生き残り、小説や漫画などデジタル作品を世に出す者もあらわれた。

 WHOはこの事態に対応するべく、脳生権を制定。各国に対して肉体生、脳生、肉体死、脳死の4パターンにおける基本的な人権の尊重とその権利に関する法令を要求した。

 元々尊厳死という自殺を認めていたEU諸国はすぐに脳生における権利を制定。また権利と共に納税など義務についても明記された法令を発令。

 米国においてはキリスト教のプロテスタントとカトリックの教義の違いから真っ二つに意見が割れた。また、肉体死の以降に脳だけを保管するシステムが医療費の控除とならず、結局は一部特権階級のものとなってしまった。

 日本はというと国を挙げて積極的な肉体死後の脳保管を推奨した。いわゆる普通のサラリーマンが定年までに住宅ローンを支払い終わり、定年退職後は退職金をそのまま用いることで脳保管が可能となる金額設定でサービスを提供した。

 その背景としては弱年齢層の人口が著しく低いこと、高年齢層が増加の一途をたどっていることも要因であった。高年齢層の肉体介護については頭を悩ませる要因であったため、いっそすべての財産を吐き出して脳だけになってくれたほうが都合がよかった。

 そんなわけで日本では国策として『LastAdventureOnline』という巨大ゲームを開発した。脳生を楽しんでもらう事、脳生としての生産力を絶やすことがない事そんなことを目的として作られたオンラインゲームの世界である。略称は『LAO』とされた。

 もちろん、LAOは中世ヨーロッパを基本スタンスとしたMMORPGゲームであるのに対し、FPSを目的とした『GunShootingOnline』とテーブルゲームやパズルゲームを目的とした『TablePuzzleOnline』という三本立てだ。

 

 そして結局秋葉原に残ったのは、怪しい電子ドラッグと劣悪な海賊品のソフトウェアの販売だけが残った。

 表通りを歩いてもメイド服を着た女の子を見かけることはないし、オタク文化を見たさに往来する外国人も見かけない。

 スラム一歩手前といったさみしい街と化していた。

 

 そんな中、電気街口という名残を残したJR改札をくぐるとひときわ目立つ白髪の凛としたたたずまいの女性が一人立っている。

 シゲは女性に近づくと声をかける。

「久しぶりだね?」

 

「どっちでも構わないわ、ウィザード」

 

「師範代もお変わりなく」

 

「ブルーでいいって。約束の50年後だからね」

 

「俺もシゲで構いませんよ。この日をどれだけ待ちわびたことか」

 

 そんな二人に声をかけてくる男がいる。

 

「よっ! お二人さんお待たせ」

 

 すっかり禿げ上がり、お腹回りも肉付きがよい男性が話しかける。

 

「マコは……本当に年を取ったな……」

 

「なぁ、シゲ……ウィザードってのは見た目も変えれるのか? 髪は潤沢、白髪もほとんどないし体系もスリムで」

 

「電磁波は身体にいいんだよ、きっとね」

 

 マコとブルーは顔を見合わせて笑う。

 

 2000年前後、電磁波が体に悪いと本当に信じられていたのだ。妊婦は電磁波から胎児を守るため電磁波遮断エプロンなんてのをしていた時期が本当にあった。今でこそ電磁波、電波などどこでも飛んでいるしそれを遮断することなんて誰にもできない。

 それでもペースメーカーに電波は影響を与えると信じられていたし、忌避されていた。

 

「ほかのメンバーはどうした?」

 

「歩くのも立って待つのも辛いというのでバーガーキングにいるわよ」

 

「場所のチョイスよな。古くからあるからいいけど、バリアフリーでもないし、何より食うものが胃腸にダイレクトに来るだろう」

 

「ワッパーじゃなくて、ワッパーJrとかなら平気なのじゃないか?」

 

「とりあえず、向かおうぜ。再集結だ」

 

 三人はそろってバーガーキングへと向かう。ブルーは年齢を感じさせず凛とした姿勢のまま歩を進める。シゲはブルーを気にして車道側を歩く。

 その後ろからマコはよたよたと身体を揺らしながら歩く。特に会話することもない。

 具体的な話は全員がそろってからである。

 昔はファストフード店やコンビニにはアルバイトの人員がいたものだが、今となってはすべてAIが取り仕切る。

 注文の受付から、バーガーの作成まですべて機械化。人手など一切必要としない。

 また、各機械はIoT化されており機械の摩耗度や消耗度、故障の前触れについてもすべてサーバ経由で集中管理局へと通知が行くようになっている。集中管理局は閾値に抵触した機器の修理及びメンテナスに初めて人手を必要として派遣する。

 派遣された人員も特別な技術があるわけではなく、持ってきた機械を用いて自動的にメンテナンスを行うのみ。結局人間が行うのは決定のみ。判断はすべてAIに委ねられている。

 バーガーキングに到着した三人は各々が好きなものを注文して、待ち人の待つ席へと移動する。

 外食産業も大きく変わった。ホテルの最上階でディナーといった雰囲気を楽しんだりする場合は別だが、基本的にはすべて自宅配送が基本となっている。そのため店舗に席はあるが利用する者はなかなかいない。

 一緒に冒険をした旧友であり戦友を見間違うはずもない。

 一人は車いすに乗った女性、一人は杖を持った気難しそうな男性、残る一人は革ジャンにサングラスで口髭を生やしアメリカンバイクでも乗り回していそうな雰囲気を醸し出している。

 

「お待たせ」

 

 シゲはそう声をかけると席に着く。ブルー、マコも続いて席に座る。

 

「年を取ると待つのも一苦労だわい」

 

 そういって杖を持った気難しそうな男性が返事をする。

 

 ここでメンバーを今一度振り返る。

 

 ブルー:女性。アースオンライン時代は格闘家。リアルでは合気道の師範代。既婚。

 マコ:男性。アースオンライン時代は戦士。リアルでは一部上場企業の営業担当。バツイチ。

 向日葵:女性。アースオンライン時代は吟遊詩人。リアルでは恋愛もののライトノベル小説家。独身。

 ペイン:男性。アースオンライン時代は騎士。リアルでは外科医。既婚。

 ステファ:不明。アースオンライン時代は聖職者。リアルを仕事など一切明かさない。婚姻歴すら不明。

 フィン:男性。アースオンライン時代は盗賊。リアルではなんでもやを経営。既婚。

 シゲ:男性。アースオンライン時代は魔術師。リアルではシステム開発・管理者。既婚。

 

 知る人ぞ知る伝説の7人が一堂にリアルで会する。

 インターネットが進化していくと、リアルで会うこと自体の必要性がなくなってしまったこの時代に、北は北海道、南は沖縄から

 寄る年波には勝てずに各々体調を調整しながらも秋葉原に集結したのである。

 

「ほら、ギルマス。始めなよ」

 

 ブルーに促されるようにシゲが話し始める。

 

「みんな、50年前の約束を覚えていてくれてありがとう。そしてこうして再集結できたことをすごくうれしく思う」

 

 シゲが話し始めると、マコが横から口を出す。

 

「シゲが全員連絡用のメールサーバを作って維持してくれてたのがよかったよな」

 

 シゲはメールサーバを自宅で作成し、メーリングリストを作り上げた。

 最初はガラケーのメールアドレス、次はスマホのメールアドレス。自宅サーバもクラウドへと移行し、この50年維持し続けた。

 メールアドレスの変更は簡単。変更後のメールアドレスでメーリングリストへとメールを送信するだけ。

 あとはシゲがずっとメーリングリストのメンテナンスをし続けた。

 

 今となっては古い技術、枯れた技術、前時代的な技術といわれるかもしれないが

 それをセキュリティに配慮してそのシステムの維持をし続けたのはシゲの意地だ。

 

 そのおかげもあってか、ここに7人。誰一人欠けることなく再集結ができた。

 しかも各々、自分の得意とすることを極めた猛者たちだ。

 どんなに機械が発展しようと、どんなにAIが発展しようと、どんなに世の中が変わろうと、自分自身に身につけた知識は消えない。身につけた経験は消えない。

 

「これから、俺たちはそれぞれの経験を引っ提げてオンラインの世界で天下を取る!」

 

 そうシゲが力強く言ったものの反応は薄い。

 

「……と、いうのは建前で。まずはみんなお疲れ様。人生だもの、キツイこともあったし、辛いこともあったし、挫折もあったし、成功もあっただろう。結婚したり、離婚したり、子供ができたり、孫ができたり。ここに集まったのは『人生』を謳歌した結果だ。投げ出さず、逃げ出さず、隠れることなく、闘い抜いたからこそ今この場所にいられる。それは家族の協力だったり、友人の協力だったり、同僚だったり、部下だったり、上司だったり。それでいいんだ。これからの『人生』はゆっくりのんびりいこう。楽しもう。この7人は仲良しグループじゃない。あの時、あの瞬間、あの時代に同じゲームで闘い抜いた戦友だ。『俺たちの間にチームプレーなどという都合のよい言い訳は存在しない。有るとすればスタンドプレーから生じる、チームワークだけだ。』」

 

 シゲがそういうと各々の顔がほころび、柔和な顔となる。ネタ元を全員が理解しているからに他ならない。

 

「さあ、次の『人生』を楽しみに行こうか」

 

 各々がテーブルからゆっくりと立ち上がり離れる。

 向かう先はペインの勤めていた病院。既に全員生前葬は済ませてある。

 伴侶が存命の者、伴侶が既に死別している者、伴侶が既に脳生になっている者もいる。

 孫が事故で脳の身になって一足先にオンラインへと旅立った者もいる。

 酸いもあった。甘いもあった。そしてこれからオンラインの世界でもきっとあるのだろう。

 笑うだろう。泣くだろう。喜ぶだろう。怒るだろう。

 

 そして各々は病院のベッドへと横たわり、意識を失い

 ーー脳の摘出施術を受けた。

 

 遺体は病院から焼き場へと直行。誰も涙を流すことなく骨壺に収められ

 各々の墓へと埋葬された。

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