第5話


「流希、蝶華は?」


「薬で眠っていただきました」


「そうか」



 ある夜にリトとルキの声が襖の向こうから聞こえてきた。


 月の光に照らされて襖に映る二人の姿。



鈴兎りんと様、蝶華様をどうするおつもりですか?」


「どう? ああ、手錠のことか」


「痕になっています。あれじゃあ蝶華様のことを」


「口答えする気か?」


「なぜあそこまでして捕まえるんですか? 理由くらい教えて下さい。でなければ鈴兎様の命令通りに蝶華様を守ることができません」



 ルキが怒っている。

 リトも怒っている。


 私のことを話す二人の声は冷たくて怖い。



「怖いんだよ」


「怖い……ですか?」



 怒っていたはずなのに泣きそうなリトの声。


 『よしよし』しなきゃ。


 襖に向かって手を伸ばしたその時、リトの言葉が届いた。



「梅を好きだと言うんだ。感情を覚え、どこかに行ってしまったら俺は耐えられない」


鈴兎りんと様……」


「情けねえけど、蝶華がいなくなんのが怖ぇんだよ」



 どこかに行く……?

 いなくなる……?



 この鎖もこの部屋も、ルキとリトにしか会えないのも。


 私がいなくなってしまうのがリトは怖いから。


 『かんじょう』と言われても分からないけれどリトには怖い何かがあるみたい。



 鎖の意味も、ルキが泣く理由も分からないけれど、リトが望むならこのままでいい。


 リトが教えてくれないと、私には何も分からないから。



蝶華ちよか様がご家族のことを思い出したら、ただじゃ済みませんよ」



 ごか、ぞ、く……?


 それはいったいなんだろう。



「覚悟ができているなら構いません。俺ができることは蝶華様を監視してお守りすることだけですので」



 かんし。


 その言葉は聞いたことがある。


 ずっと前に誰かに言われた言葉だ。



 二人のお話が終わって、私は布団の中で瞼を閉じた。


 同時にリトが部屋に戻ってくる。



「おやすみなさいませ、組長」



 襖が閉まる音とほぼ同時。

 布団の中にリトが入ってくる。



蝶華ちよか



 優しい声。

 包み込むリトの手。



「蝶華」



 リトが教えてくれることが私の全部。


 ルキが作ってくれるご飯が私の好きなもの。



 かんじょうとか知らない。


 それがなんなのかも知らない。



 なのに『かんし』だけは知ってる。


 どこかで誰かが言っていた言葉だ。

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