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「…女性?」


 運転手さんが助手席をちらりと見る。

 見えていないのか?だとしたらやはり…。


「ああ、この人のことですか」

「え?」


 え、あ、え?見えてる?


「お客さんが乗る少し手前で乗って頂いたんです。乗ってすぐに眠ったみたいですが。ほら、雨が強かったものですから」

「え、じゃあわざわざ僕も乗せてくれたってことですか?」

「まあいつもやってることですから」


 もう慣れてるってレベルじゃねぇぞおい。

 にしても良かった。乗った時から内心ずっとビビっていた。変な汗をかいたのか、冷えた身体に生ぬるい感触もする。


「いやドキドキしたー、なんにも言ってくれないし、意味深な怖い話するしで、絶対幽霊だと思いましたよー。今まで見えたことなかったのに。」

「あ、そうですよ」



 …は?


 え、は?何を言っている?どういう意味だ?

 

 …そうですよってのはどういう…。


「この方が幽霊である、と言う意味ですが」


 冷静に、あたかも当然かの様に返され、尚更混乱する。


 …何なんですかこのタクシーは。

 あなたは一体…。


「私のことよりもあなたのことが先じゃないですか、お客さん」


 …一体何のことだ。


「こんな夜遅くにあんな場所で、一体何をしてたんです?しかも行き先は駅、電車なんてもう動いてないですよ」


 俺は大学が終わって帰る途中…。いや、こんな時間になるまで学校にいる理由など俺にはない。

 なんだ…?思い出せない…。

 

 …いやでも、それを言うなら運転手さん。あなたもそんな時間にタクシーを走らせる理由はなんですか?


「私は仕事ですから。それでお客さん、六道駅って名前、どこで知りました?」


 …わからない。見たことも聞いたこともない駅名だ。なんで知ってる…。


「不思議ですよねぇ。皆さんそうおっしゃるんですよ」


 …皆さん?


「俗に言う"幽霊"の方達です」


 …は?

 …俺が?

 …幽霊だとでも?


 「乗せる人みんな六道駅までって言うんですよ。しかも場所は分からないってんだから、不思議なんですよね。」


 …嘘だ。信じられない。感覚だっていつもと何も変わらないじゃないか。


 「お客さんみたいな方はかなり珍しいと思いますね。事故にしろ何にしろ、大抵は自分がなぜ死んだのか覚えている人がほとんどなんですが」


 …あなたは知ってるんですか。俺が死んだ理由。


 「…1ヶ月と半月前、あなたがこのタクシーを拾ったすぐそばの交差点で交通事故がありました。大型トラックとバイクの衝突事故。事故の詳細は知りませんでしたが、バイクの運転手は即死だったそうです。」


 

 ああ、そうだった。

 

 あの日は、母さんの退院祝いだった。久しぶりに家に戻ってくる母さんのために、父さんと2人で料理やら贈り物やらの準備をする予定だった。

 はやる気持ちを抑えられなかったせいだろうか。ただ運がなかっただけだろうか。スピードを出していた俺に信号無視のトラックが突っ込んできて。


 死んだのか。俺は。

 

 冷える身体も、感覚も。取り巻く状況すべてに嫌でも理解せざるを得なかった。

 

 とんだ親不孝者だ。自分の病気が良くなったら息子が死にました、なんて。挙げ句には死んだあともそのことを忘れていたとか、どんなクズだよ。


 …僕は、どうすればいいですか?


 縋るように問いかけた。


「…駅に着けば時期に列車が来ます。それに乗った後のことは私にも分かりません。私はただ見届けるのが仕事です。」


 こんな時にも冷静、いや、冷酷とも言える言葉。


「お、晴れてきましたね」


 唐突に発せられた、車内の空気にはそぐわないその言葉につられて、窓から空を見る。

 雨はいつの間にか止んでおり、少し木々が開けた場所から、普段は見ることができないであろう満点の星空が見えた。


「私が思うに、これは次の人生の切符だと思うんです」


 …次の人生?


 「この世界は理不尽なことで溢れている。ここに来るのは、そんな理不尽に遭い、絶望に満ちた表情をした人ばかりです。」


「都合のいい話かもしれませんが、このまま消えて終わりだなんてあんまりじゃないですか。誰かがあなた方の人生を認めてくれて、生まれ変わる機会をくれた」


 …それは確かに、都合のいい考えですね。


「はは。まあこれくらいないと、割に合わないですから。生きるという行為は」


 …生まれ変われますかね。


「この世に変わらないものなんてありません。

星空だってそうです。変わらないと思っていたら、次の日には消えている星があったりする。でもその星はただ消えたわけじゃない。爆発によって放出された元素は、新しい星が生まれる材料になる。」


 前方に明るい光が見えてきた。その場所だけが月光で照らされているかのようだった。どうやら駅舎のようだ。


「さて、目的地到着です。着きましたよ、お客さん」


 運転手さんが助手席の女性を起こす仕草をする。

肩を揺さぶろうとするが、手がすり抜けている。生身の人間なのか。しかし不思議な人だ。

 仕方なく俺が後ろから肩を叩く。女性は目を開けると軽く身体を伸ばした。よく眠れたようだ。


 「お代は結構です。お金なんてとれませんから」


 確かに死人から駄賃を取り上げたら罰が当たりそうだ。


 「またのご利用…と言っても、今度はこんな目的地は勘弁ですよ」


 車を降りた俺たちは、帰っていくタクシーの姿を見送る。

 後悔しかない人生の最期だったが、今は自然と前を向けている。


 …行きましょうか。


 そう言って六道駅の改札を抜けた。


 

 


 

 


 


 


 

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六道駅まで 粟井わくも @kamecha0072

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