六道駅まで
粟井わくも
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とある街のとある交差点。この時間は人通りも交通量も少ない。
一台のタクシーが通りかかり、停まった。
「お客さん、どちらまで?」
車に乗り込んだところで、中年のタクシードライバーが言った。
かなり渋い、それでいて聞き取りやすい声。男の俺でも聞き惚れてしまう。
いや、そんなことより。
「お客さん?」
「あ、あぁ、
…気のせいだと自分に言い聞かせ、目的地を伝えた。車が発進する。
「いやぁしかし、急に降ってきましたねぇ」
運転手さんが話しかけてきた。確かに15分程前から大雨が降り始めた。大粒の雨が車を叩いて、車内も五月蝿いくらいだ。
「そ、そうですね。傘なんて持ってなかったんで、もうびしょびしょですよ。あ、すみません、シート濡らしちゃって」
「いえいえ、構いませんよ。仕事ですから」
声も相まって出来る大人の雰囲気がすごい。
「お客さんのご職業は?」
聞き馴染みのある質問だなと思いつつ、
俺は答える。
「いえ。学生です。近くの大学に通ってて」
「学生さんだったんですね…」
学生と聞いてテンションが下がった様に感じたのは気のせいだろうか。
いや、もしかすると。
「やっぱりそうは見えませんかね」
「いやぁ分かりませんね」
俺は実年齢よりかなり老けて見える。同年代だと思ってたら学生だったからテンションが下がったのだろう。
…流石に老け込み過ぎやしないだろうか。結構ショック。
「まあ老け顔とはよく言われるんです。これでも20歳になったばかりなんですよ」
「20歳ですか。それは、なんと言うか、お疲れ様です」
…お疲れ様ですとはどういう意味だろうか。ツッコんだ方が良いだろうか。よし、感じ悪くならないように、努めて明るく。
「いやお疲れ様ですって、どういう意味ですか」
「あぁ、すみません」
なんか意外そうな感じで返された。え、ここもツッコむべきだろうか。よ、よし。
「なんで意外そうな感じなんですか」
きっと語尾には(笑)が付いてるであろう、完璧なツッコミだ。なのに何故だろう。運転手さんからの反応がないのは。ボケのつもりじゃなかったのか。何か返してくれよ。気まずいじゃないですか。
「でもこんな時間にあの場所でタクシーに乗れるとは思ってませんでしたよ」
気まずい空気をなんとか回避しようと話を変えてみる。実際あのタイミングで捕まえられたのは、九死に一生を得たと言っても良い。
「あなたのようなお客さんは時々いらっしゃるのでね。今日はあそこを走るって決めていたんですよ」
「へえ、慣れてますね」
相当経験がある人なんだろう。なんにせよ、ラッキーではあるか。
「この仕事はどれくらいされてるんですか?」
「10年くらいですね」
思ったよりも短いか?そう思っていると、しばらく直進していたタクシーが交差点を右に曲がる。違和感。
「あ、ここ右に曲がるんですか?」
「ええ、こっちの方が近道なんですよ」
「えー知らなかったなぁ。でもこっちはかなり山道ですよね。雨も結構降ってますけど」
「大丈夫です。雨はじき止むと思いますので」
大丈夫だろうか。そうした心配を無理に受け流した様に感じた。
…やはり気のせいではないらしい。今までこんなことはなかったのに。
「この仕事を続けているとね、いろんな体験をしたり、話を聞いたりするんです」
こちらの心配を余所に、運転手さんが話を切り出した。
「つい先日、知り合いのドライバーから聞いた話なんですけどね。その時もこんな風に雨の強い夜で、お客さんを目的地まで届けて、営業所に帰る途中の道でした。」
「ドンッ、車に何かがぶつかる音がしたんです。不注意があった訳ではないですが、彼も焦ったみたいでね。やってしまったと思って車から降りて確認したんですが、辺りには何もない。それどころか車にはそれらしいキズ一つなかったんです」
なるほど。よくある怪談話のようだ。
運転手さんは続ける。
「彼もなんとなく察しがついたみたいでね。この手の話では、車に戻ると霊が乗り込んでいるのが通例だから、車を出す前に後部座席をチェックしたんです。」
「それで何もなかったので、気のせいだと思ってそのまま何もなく営業所に帰ったんです。諸々の作業や報告をして、車に戻って念のためもう一度チェックしようとした時です」
「料金メーターが動いていたんです。」
ベタな怪談だと思っていたが、状況が状況なだけにかなり怖い。身体も濡れているために寒気が止まらない。寒気を通り越して身体中がズキズキ痛む感覚さえする。
運転手さんの言葉で、無意識に料金メーターに目が行く。さっきまでは気付かなかったが、表示されている金額がおかしい。
「驚いてもう一度後部座席を確認しました。ですが異常はありません。」
まさか。
「彼はまだ見ていなかった助手席を確認しました。すると、さっきまでそこにずぶ濡れの人間が座っていたかのように、びっしょり濡れていたんです」
「…」
「あれ?あんまり面白くなかったですかね」
「…失礼ですが」
「はい?」
「助手席に座っている女性は何ですか」
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