太陽
向日葵
第1話
ピンクと水色。
それは桜と空だった。
母と祖母に連れられて、精神科に行った初めての日だった。
症状はひどかったし怯えていたはずなのに、何故かその日を思い出すと、穏やかな気持ちだけが蘇る。
医師は私に、あなたは精神的な病気を4つ持っているよ、ということを教えてくれた。
私の病気は家族や恋人をほとほと困らせた。
突然家を飛び出したり、走行中の車から飛び降りようとしたり、母に唾を吐いたり、ひどかった。本当に申し訳なかった。
家族といっても、父……否、Aさんはその時、もういなかった。
私との最後の諍い以降、彼は家を出て、私たち家族はその日から私、母、弟の3人と犬1匹となった。
罪を憎んで人を憎まず。
昔はAさんを恨んだり恋しがったりもしたが、今は特になんとも思っていない。
彼は私を恨んでいるようだが、それも勝手にしたらいいと思う。
私はもう、Aさんの関係のないところで幸せに生きている。
だから彼も、幸せにでも不幸にでも、どっちでも好きに生きたらいいと思う。
私が炬燵のコードで自分の首を絞めた日、それを発見した母に「入院したら?」と言われた。母は仕事をしていて、24時間365日私を見張るわけにはいかないから、と。
私も、私から母を一定期間だけでも解放するため、それから、A氏の匂いが染み付き、恐怖の対象であるこの家から離れる必要もあると判断し、精神科への入院を決めた。
精神科のみんなは、看護師さんも患者さんもみんな、あたたかかった。
私に青春は無いに等しかったので、患者同士で仲良く話し、青春の疑似体験をしているような気分だった。
それでも、私は夜な夜な泣きながら、暗く冷たい廊下を歩いた。イマジナリーフレンドのBと一緒に。
彼は私と既に十数年共にしている友人で、私が解離性同一性障害と診断された所以は彼の存在にあるようだった。
家に帰りたくて仕方なくて、寂しくて、外の食べ物が恋しかった。(大きい声では言えないが、そこの病院食はお世辞にも美味しいとは言えなかった……)
母と祖母は頻繁に面会に来てくれたし、母は私の要求する物をよく届けてくれた。仕事や家事をしながら、大変だったと思う。迷惑をかけた。感謝しかない。
ようやく退院できると決まった日には、病院のお昼ご飯がうなぎだった。私の退院祝いだと喜んだ記憶がある。
それから母が迎えに来てくれた車で、祖母と3人で寿司を食べに行った。それが今まで食べた中で一番美味しい食事だった。
そうそう、その頃担当してくださっていたカウンセラーさんに、この場を借りてお礼を言いたい。あなたがいてくれたから、私たち母娘の関係も私の精神面も改善しました。感謝でいっぱいです。ありがとうございました。
辛抱強く自分と向き合ったり、何より、周りの支えのおかげで、私はいまとても幸せです。
毎日の一瞬一瞬が、奇跡の連続。私は、日々生きることを喜んでいる。
死を望んだ日もあったし、私はまだ精神科の薬を飲んではいるけれど。
順調に体力をつけることができているし、来年には社会復帰予定。
社会復帰できなくても、まぁ良しとしたい。私は私のペースで、私と共に、歩んでいきたい。
精神的な病気を4つも併発と聞いた時には驚いたし、当時は苦しくて仕方がなかったけれど。
今思い返すと、それらは確かに苦しく辛かったが、あたたかく愛おしい日々で、貴重で必要な体験だったと思う。
私はそこから、謙虚さや感謝、健康の大切さを学び、周りの愛情に気付くこともできた。
当たり前のありがたさが、身に染みてよくわかった。
それから、特によかったと思ったのは、母娘関係が良くなったことだ。
私たちは決して仲のいい母娘ではなかったから、なんでも話せるようになり、母に感謝や尊敬を抱けるようになってよかった。今の私は、母が大好きだ。母のようにあっけらかんとして、いい具合にゆるっとして、なんでも笑いに変えてしまう、そんな母になれたら、子にとってどんなに心地いいだろう。
母も昔は不安定だった時期もあった。それでも今、こんなに素敵な母でいてくれているのだから、いいのだ。最近の母はイキイキとしていて、楽しそうで、私も嬉しい。
母は私たち姉弟のためにずっと自分を犠牲にして生きてきてくれたから、これからは自分のための人生を生きてほしいと願っている。
私の人生は、きっと、もっと、ずっと、良くなっていく。
私の人生に少しでも関わってくれた、それからこれから関わってくれる予定の人々、すべての人に、愛と感謝を。
あなたたちの今日に、少しでも良いことがありますように。
私の祈りが、届きますように。
太陽 向日葵 @chitose0
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