第2話:引っ越し


 義理の家族になる予定の女子がグラビアに載ってた……!?


 動揺しすぎてコンビニ以降の記憶が無い。

 母親と一緒だったのでその雑誌は買わずに帰宅した事だけは確かだ。

 

 母さんはこの事知ってるのかな……。

 クソ、地下アイドルとかだったら普通に聞けたけどグラビアじゃ聞きにくい……!

 誠人さんは――知らないはずないよな。いくらなんでも親の許可なしにああいう事は出来ないはずだ。

 娘の心配をしてるって言っといてグラビアは許可するのかよ。よく分からん。

 職業差別をするつもりはないが、さすがに身内(予定)となると心配が勝るな……。

 

 ヒナで検索するとやっぱりあの子――柊小夜子さんだった。

 Wikipediaによるとヒナは16歳、高校1年生らしい。

 まだ活動歴が浅いのかウィキ情報はペラッペラに薄いが、父子家庭でコロナ禍中に経営難に陥った父親の店を助けるために活動を始めたと経歴欄に書いてあった。

 へー。やっぱり父親思いなんだ。

 しかし、義妹になる人の情報をネットで知るとは……。

 

 ってか、可愛いけど、なんだよヒナって。

 俺もヒナって呼ばれる事があるからちょっとやだな。


 ……どうしよ。

 誰にも言えないや。

 引っ越し、今週末なのに本当にどうすんだ。

 

 ……忘れるしか、ないな。

 触れられない話題なら忘れるに越した事はない。

 

 それから俺は深夜まで荷造りに精を出し、体と頭を疲れさせてなんとか眠りについた。

 

 -------------


 週末の午後。

 引っ越し業者が来てあっという間に家具と段ボールを運び出し、あとは俺と母親が新居に向かうのみとなった。

 近いので徒歩だ。あちらさんは――柊家は、ちょっと遠いので車で来るらしい。

 

「いよいよ新生活ね」


「そうだな」


「ヒナタ。あんた本当に、小夜ちゃんの事……お願いね」


「ま、まぁ……普通に? つかず離れずで接するけど」


 結局母親には例の件を言えなかった。

 

 ちなみに母親は再婚を機に長年勤めた会社を辞め、誠人さんのお店を手伝う事にしたそうだ。

 金はあるから心配するなと言っていたが……一体いくら稼いだんだ。教えてくれない。

 それはさておき、誠人さんのお店を手伝うという事は母親の帰宅も遅くなるという事だ。

 客入りがそうでもない日は早く帰宅するらしいが、忙しければラストまでいると言っていた。

 つまり俺は小夜子さんと二人きりの時間が多いという事になる……。

 気まずいな。でも新居は戸建てだし、アパートと違って距離を確保しやすいからまぁ多少は――。

 

「あ、誠人さん達だわ。もう来てる。おーい!」


 新居の前に柊家がいるのが見えて母親が手を振った。

 誠人さんはこちらに気付いてぺこりと頭を下げてくれたが、小夜子さんは棒立ちのままだ。

 前回のワンピースとは違って今日はジャージ姿にポニーテール。これだけでずいぶん印象が違う。

 かくいう俺もジャージ。引っ越しは動くし、汚れるからな。


「こんにちは、ヒナタくん」


 誠人さんが挨拶してくれた。

 グラビアの件は忘れる事にした俺はあくまでも普通に接する。

 

「こんにちは。もう荷物は運び込んだんですか?」


「うん。うちは午前中に業者が来てたからね。一足先に上がらせてもらったよ。いやぁ、夢のマイホーム、嬉しいね! こんな立派な家を買えたのは沙織さんのおかげだ」


「あらやだ。私は頭金を出しただけよ。それにしても立派ねー! 我ながら頑張った甲斐があったわ!」


「沙織さんがいなければここまで大きな家は買えなかったよ。――さ、入ろう。今ちょうど飲み物を買ってきたところだ」


 そう言う誠人さんの手にはペットボトルが何本か入ったコンビニ袋が下げられている。

 買い物に行って来たのか。

 促されて新居に上がると新築の匂いがしてさすがに感動した。

 新生活に不安しかなかったけど、新しい家ってのはワクワクするな。

 

「……小夜、大丈夫?」


「う、うん……」


 背後から誠人さんと小夜子さんの小声が聞こえてくる。

 今日も体調良くないのかな。

 これから荷ほどきの作業があるのに。

 

「あの、小夜子さんは良かったら休んでて下さい。その分俺が頑張るので」


 そう言うと小夜子さんは目と口を見開き、顔を真っ赤にして「あ、あわわわ……」と言いながら数歩後退した。

 彼女のよく分からないリアクションに、誠人さんは呆れたような表情を浮かべ「いや、小夜にも働いて貰いますよ。これは発作のようなものなので……心配いりません。特に休ませる必要はないかと」と言う。


「発作!? いやいや、だったら休んだ方が良いんじゃないですか!?」


「……ヒナタくんは優しいね。な、小夜」


「うううううん!」


 ……?


 分からん。

 父親がああ言ってるんだし、いいのか……?


 不思議に思いながらも荷ほどきを開始。俺は積み上げられた段ボールの中から自分のものを抜き出し、自分に割り当てられた部屋へと運び込む。

 この家は三階建てで、一階は大人達の部屋と物置、二階がリビングやキッチンなど家族の共用スペース、三階が俺と小夜子さんの子供部屋――になる、らしい。

 柊家とうちとでなんとなく分けたりしないのか。

 ……まぁ、一応新婚だしな。

 親達の部屋が近いよりはまだ小夜子さんが近い方が平和なのかも。

 

 段ボールを持って一階と三階を何回か往復していると、同じ作業をしている小夜子さんと階段ですれ違う場面が何度もあった。

 そのたびに小夜子さんはめいっぱい階段の端に寄って極力接触を避けている様子だったが、何度も繰り返しているうちにやがて慣れてきたのか肩が触れても気にしないようになっていく。


「あ、ゴメン……!」


 大きめの段ボールを抱えて階段を登っている時、降りてきた彼女の体に腕がガッツリ当たってしまった。

 彼女は壁に背中をつけて通りやすいようにしてくれたのに、胸が……!

 動線に胸が飛び出してくるから、当たってしまうんだ……!


「い、いえ……。こちらこそ……すみません……」

 

 小夜子さんは怒るどころか逆に謝ってきて、頬を赤らめ俯くだけだった。

 


 

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