ガインと楽しい狩り・1

ガインの話によれば、冒険者ギルドからの指名依頼で、マジックバックいっぱいに獣を持ち帰らないとならないらしい。


つまりガインは狩りをしなければならない。


「まぁ、お前さんらは当事者だから話すんだがな、一昨日の夜にフェンリルが森に降りてきただろ、空から」

「あ、あぁ…。うん」

「あの時の光の柱を見た街の領主が俺に森の調査依頼を出しやがったんだ。けど俺はその領主ってのと反りが合わなくてな、その依頼を俺は断ったんだ」

「ほぇ~~。それでそれで?」

「冒険者ギルドは領主からの依頼に強く反発できねぇ。けど俺は、領主の依頼を受けるぐらいなら冒険者を引退してもいいって言っちまったんだよ。俺はこれでも高ランクの冒険者だから、ギルドとしては俺に引退されても困る」

「ほう。なるほど」

「で、冒険者ギルドは『領主からの依頼を確認するより前に、俺に指名依頼を出してしまった』って事にしたんだ。ちょうど俺が朝一であのデカイ コカトリスをギルドに持ち込んだのがイイ材料になったらしい。こんなデケェのが森の奥から出たならその周辺で小規模のスタンピードになっている可能性があるってな。だから俺は野獣と魔獣を狩らないとならねぇ」

「「なるほど」」


そういう訳で、ギルドによって作られたシナリオ通りに話を進めるため、ガインはこれから森の奥へ狩りに行くのだ。

森で起こっている事になっている小規模スタンピードを解決するために。


「ギルドから預かったマジックバックに30体くらい入れて帰れば問題ない………なんだよ」


そんなガインの話を聞いていたミヤとフェンリルだが、ミヤの目はキラキラとしているし、フェンリルの尻尾はふりふりと振られまくっている。


「獣なら魔獣でも野獣でもかまわないのだね?」

「お肉! 大きいお肉!」

「は? おい、いや、待てっ!」

「ミヤ、荷物を片付けて。狩りの練習に行くよ」

「あいっ!」

「おいおいおいおいっ! お前らも行く気かよっ!?」


そうだが、それがなにか? とでも言わんばかりの顔で振り返るミヤとフェンリルにガインは呆れた。


だが、待て。よく考えろっ!


「ミヤはまだ3歳だろっ!? なんで一緒に行くんだよ!!」

「ミヤは3歳だが、狩りの訓練中だ」

「あいっ! 今日は大きいお肉狩りましゅ!」

「ほら、ごらん。やる気は十分だ」

「ほら、ごらん。じゃねーーっ!! やる気だけで連れて行けるかーっ!!」


と、一般的な常識を叫ぶガインだが、

「コカトリスならこの先に居るよ!」と、尻尾をぶんぶん振って、誰よりも狩りを楽しむ気にしか見えないフェンリルにガインは閉口してしまう。


「では行こうか!」

「おにくーーっ!」


ガインは話すべきではなかったと、すでに走り出した二人の後を慌てて追った。






「おいおいおい、ミヤお前、大丈夫なのか?」

「へ? にゃにがでしゅか?」

「いや、お前ついさっき死にそうに…」

「身体きょーかで肺と心臓をきょーかちてます! 魔力循環もできてましゅ! ねっ、フェンリルしゃま!」

「あぁ、上手にできているね」


っと、にこにこ話すミヤとフェンリルは、なかなかの速度で森の中を走っている。

時速4、50キロほどは出ているだろうか。

器用に森の木々を避けて走るフェンリルの後ろをミヤが走り、その後ろをガインがついていく。


(3歳がやれることじゃねぇんだよなぁ……)


足場の悪い森の中。

ミヤは器用に飛び出した木の根や大きな石を足場にして飛び跳ねるように走っているが、それは前を走るフェンリルの足元をよく観察して、どこに足をつけるべきかをちゃんと見ているからだ。

フェンリルもミヤに気を使って、ミヤが余裕を持って追いつける速度と足場を選んで走っている。ガインはフェンリルの本気の速度と走り方を知っているから気遣いが良くわかった。


(3歳で此処まで身体強化を使いこなせるのか……末恐ろしいってのはまさにコレだな)


身体強化のスキルを持っているガインだからこそ、ミヤの異常性に気付けている。

3歳にして意識の切り替えをこなせてしまっている。常人はこの意識の切り替えが上手く出来ず苦労する。出来た後も切り替えた意識の継続が出来ずに音を上げる。


「ふふふっ、たのちぃー」


子供らしい丸い頬に少し赤みがさしている。

魔力過多症の影響か、街の子どもよりも常に顔色の悪いミヤだが、そうしていると重度の疾患持ちにはとても見えなかった。

本人も、身体を動かすのがとても楽しいのだろう。活き活き、伸び伸びと森を駆ける姿はガインの目にとても眩しく映る。


(初めて見た時は死体みたいな顔色だったもんな)


つい最近、一昨日の出来事だ。

そんな子どもが元気に走っているのだ。眩しくても当然かとガインは一人苦笑する。



「このあたりで止まろう」

「ぁいぃー」

「おう」

「ガインは分かるね?」


なにが? とガインを見上げるミヤ。ガインは辺りを見回して、


「コカトリスが1羽、距離は200ってとこだ。こっちが風下だな。後は、そいつを狙ってる魔獣どもが3体50メートル向こうだ」

「うん、さすがだね」


魔獣の位置を指差すガインにフェンリルは満足そうに頷く。


ミヤはどうして分かるのっと言う驚きの表情と、スゴイという感激の表情でガインを見上げている。


「俺はこれでもベテランの冒険者だ」


ニヤッと、口の端を吊り上げて笑うガインの笑顔のカッコよさにミヤの心の中のヲタクはお祭り状態だ。

ひっひっふーっ、と倒れてしまわないように精神を落ち着かせるための呼吸を繰り返す。


「魔獣はオルトロスだよ。2つの頭を持った狼に似た獣だ」

「大きいでしゅか?」

「中型の魔獣だよ。肉は美味しくないねぇ」

「じゃぁいーでしゅ」


いいですとは要らないの意味だ。


「では、まず魔獣3体から行くよ。コカトリスに気付かれないように素早く仕留める」

「あいっ!」

「……いやいやいや、待て!」

「「ん?」」

「ん? じゃねぇんだよ。まさかと思うが、一人一体ずつ行く気か?」

「「当然だよ(でしゅ!)」」

「はぁっ!?」

「ミヤのことなら問題ないよ。魔獣のり方は教えてあるから」

「あい、ちゃんと覚えてましゅ。ガッと行ってパン! でしゅ」

「……………は?」

「ミヤ、身体強化で目を強化。視界に捉えたら一気に行きなさい。ガイン、ミヤの速度に合わせて一撃一殺でたのむよ」

「は? ちょ、」

「行くよっ!」

「あいっ!」


森の中の開けた場所をミヤの小さな身体が駆けて行く。周囲に茂みは無く、風下だと言うこと、そしてミヤの身体が軽い事が幸いして、ミヤの気配は薄くなっている。

背後を取られている魔獣たちはミヤ達の存在にまだ気付いてない。


フェンリルに言われた通り、身体強化を目に強めにかける。これは、ミヤが肺や心臓を意識して強化するのと同じ要領で簡単にできた。

視力が強化されたミヤの目は、40メートル以上先の魔獣3体が見えていた。

魔獣たちは互いに3メートルほどの間隔を維持したまま、2つある頭を下げてじりじりと前進している様子だ。


(フェンリル様はきっと、私が狩りやすいようにこの場所に居た魔獣を見つけてくれたんだよね。初心者にはありがたいフィールドだよぉ~)


昨日の狩りの訓練では、木に激突しまくっていたミヤだが、それは木が生い茂っている森の中で小さな兎の野獣を追いかけ回したせいだ。

それを考慮した上で、狩りやすいフィールドと丁度いい大きさの獣をわざわざ探してくれたんだろうとミヤは思った。


(なら、その気遣いに精一杯応えるだけ)


狙いは中央の魔獣。他の2体はフェンリルとガインが必ず仕留めてくれると信じ、意識の外に持っていく。


なので中央の一体にだけに集中し、ミヤは自分の足を更に強化して速度を一気に上げた。

グンッ! と一気に魔獣との距離を縮め、狙いを定めて飛び出した。


「ガッと行ってパンッ!!」


ミヤの小さな身体は、地上の低い位置からオルトロスの真横を捉え、勢いそのままにその横っ腹を引っぱたいた。


身体強化で強化されたミヤのもみじの手に叩かれたオルトロスは、横っ腹を破裂させながら真横へ吹っ飛び、木に激突した。


「っし!!」


ガッと行ってパン! は、昨晩の食事の時にフェンリルに教えてもらった戦術だ。

ミヤはまだ身体が小さいため、狩りで武器を扱うのは難しいだろうと言う話になった。リューエデュン神からもらった、小さな万能ナイフ(小さくてもアダマンタイト製)でさえ今のミヤにはまだまだ大きい。

それを見ていたフェンリルが、素手で戦う初歩戦術をミヤに教えたのだ。

それが、


ガッと一気に行って、パンッと思いっきり叩く。


殴るのではなく、叩く。

拳は前方向に勢いをつけないとクリティカルな攻撃はできない。そしてミヤはそういった身体の使い方、戦い方を全く知らない素人なのだ。

なので、叩く。

前方向よりも、横方向から腕を振り抜く方がはるかに簡単で勢いもつけやすいからだ。


「できた…っ!」


両手を上げて「コロンビア」とひとりポーズを決めていれば、フェンリルがミヤが殴ったオルトロスと自身が狩ったオルトロスを引きずってやってくる。


「ミヤ、とても上手だったよ。ちゃんと一撃で仕留められるなんて大したものだよ」

「えへへ~」


フェンリルはミヤをとても良く褒める。気持ち良すぎるほど褒めてくれる。

相手を褒めて伸ばすのがとても上手いのだろう。


「身体強化もスムーズに出来ていたね。足を強化して走り出した時はあまりに速くて驚いたよ。あんなに速く走れたんだね」

「えへへ~~、目を強化した時に身体の部位ごとに強化できるって気じゅきました。だから足を強化ちたらオルトリョスに気付かれずに近じゅけると思って」

「うん、それにちゃんと気付けるのも素晴らしいね。とても良かったよ」

「あい!」

「おいおいおいおい、『あい』じゃねぇよ、あいじゃ…」


とんでもねぇ嬢ちゃんだなと、ガインも自分が狩ったオルトロスを引きづって歩いてきた。


「あぇ? ガインしゃん、剣で斬らなかったれしゅか?」

「あん? あぁ、俺は素手だ。この剣は採取用の道具みたいなもんだ」

「あ、にゃるほど」


と、腰に差したままになっている剣。

ガインの獲物は頭が両方ともなくなっていたが、剣の切り口には見えない千切れ方をしていたので不思議だったのだ。


「ミヤ、ガインの剣をよく『視て』ごらん」

「あ? なんだよ」


と、言われたのでまだまだ使い慣れない『鑑定』でガインの剣をじっと視る。

まだまだ草や土、石の情報などを拾ってしまっているが、


■□--------□■

大地のロングソード

効果: 切れ味(絶大)

アダマンタイト製のロングソード。ドラゴンの鱗すら切り裂く。

■□--------□■


「わっ! アダマンタイト製!」

「はっ!?」

「私のナイフとおしょろいでしゅ!」

「お、おしょろ…お揃い? ……はぁっ!?」


■□--------□■

ガイン(人族)

58歳

職業: 薬師、冒険者

----------

スキル: 観察、身体強化、錬金術(分解・抽出・合成・凝固/凝縮)

称号: 無手の達人、ドラゴン・キラー

----------

加護: リューエデュン神の加護

■□--------□■


「わぁっ…! ガインしゃんも私と同じ身体強化と錬金術、それにリューエデュン神しゃまのきょご!」

「お前も『鑑定』持ちかよっ!?」


なんつー3歳児だと呟きながら、ガインは眉間を揉んだ。


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