お土産
「ごめんなしゃい…」
「うん。ミヤは反省できる子だと分かっているよ。だから今回のような真似はもう絶対にしてはダメだよ?」
「あい…、気をつけましゅ。……ほんとにごめんなしゃい」
フェンリルの前で正座をし、小さくしょぼくれたミヤが土下座でフェンリルの前に頭を下げている。
ガインはその様子を二人の側に座って見ていた。
ミヤの様子から、態とではなく勝手に浮いてしまったと言うのはガインもなんとなく分かった。
どうやらミヤは魔法を使うのを禁止されているらしい。
魔力が多すぎるため、下手に魔法を使うと今回のように一気に魔力が削られ生命の危険に繋がってしまう。
だから、魔力操作で十分に魔力を操れるようになるまで魔法は禁止だと、二人の会話から理解できた。
「うん。それじゃぁ、魔力が無くなってしまった分、ミヤの中で動き回ってしまっている残りの魔力をゆっくり全身を巡るように魔力循環を続けて」
「あいっ」
身体強化を維持したまま、魔力循環で魔力をゆっくり全身に巡らせる。
「3歳でもそんなこと出来るんだな…」
「ミヤは努力家だからね。昨日は朝から夕飯までずっと訓練をしてたよ」
「……頑張りすぎだろ」
まだ3歳だぞと、ガインは思うが、ミヤはそうしないと普通に生きられないほど魔力が多いのだ。重度の魔力過多症。
髪が一本も生えていない頭に、顔面に出ている大きな痣が、ミヤの病の重さを語っているようだった。
貴族街に売られている高級な人形のように可愛い顔をしているのに。
この状態では可愛いドレスを着せても、周りから指を指されて笑いものにされてしまうかもしれない。
そんな事を想像してしまい、ガインは今のミヤの状態にいたたまれない気持ちになってしまうのだ。
「フェンリル、あんたに頼まれてた肉と金、あとパンと調味料持ってきたぞ」
「あぁ、ありがとうガイン」
「それとな、ミヤに土産がある」
「……へ?」
ガインはフェンリルから借りていたマジックバックに片手を突っ込み、大きな肉の塊をボンボンッボン! と並べ、その隣に金の入った袋を置いた。
「解体費用と肉の引取分を引いて、金貨1枚と銀貨8枚だ」
「ありがとう。本当に助かったよ」
「大きいお肉っ! フェンリルしゃま、お腹いっぱい食べれましゅよ!」
「ふふっ、これはミヤの分だよ?」
「私ひとりじゃ多いでしゅ! それじゃー、分けて一緒に食べましょう!」
「おいおい、フェンリルにはそれじゃ足りんだろうよ」
と、ガインは他にも街で買ってきた大量のパンと調味料、他にも気を利かせて買っておいた大量の野菜や果物をマジックバックからどんどん取り出した。
それらを見たミヤの目がキラッキラに輝いた。
最初は、そんなにいっぱい買ったの!? と驚いていたのだが、取り出される野菜や果物が少し形が違えど、ミヤにも馴染み深いものばかりだったからだ。
ジャガイモ、ニンジン、タマネギ、キュウリ、パパイヤのような青い大きなウリもある。
キャベツにレタスよりも葉が縮れているが青々としたレタスに似た野菜。
他にも、縦長のトマト、皮が黄色や白のカボチャ、セロリに似た物や肉厚なパプリカのような物もあった。
「ガイン、たくさん買ったようだけど金は足りたのかい?」
「気にすんな。これは俺のおごりだ」
「ガイン、待ちなさい。それはいけない、君にはどれほど世話にーー」
「チーズもあるぞ。日持ちする物の方がいいかと思ってな。あと豆とーー」
「ガイン、ガイン? 話を聞きなさい」
と、先ほどガインから受け取った硬貨の入った袋を口に咥えたフェンリルとそれを無視して食材を並べるガインをミヤは苦笑しながら眺める。
マジックバックからは豆に小麦、小麦粉も買ってくれたらしい。
果物も木製の箱に詰められて、リンゴ、オレンジ、レモン、粒が小さな葡萄のような物に…、
緑色の小さなベリー…。
「なんだミヤ? コレが食いたいのか?」
「ぅえ?」
ミヤがじっと、ベリーの実を見つめていたのをガインは食べたいと勘違いしたらしい。
「こいつはグズベリーって言ってな、この辺りじゃあまり見かけねぇから、市場で見つけてつい買っちまった」
「あ、…あい。知ってましゅ、しょれ、しゃむい(寒い)とこでなるから」
「おう、その通りだ。ドラゴン・ウォールを渡ってきた商人が持ち込んだみたいだ」
食うか? とガインは指先で数粒グズベリーを摘み、ミヤの手のひらの上に乗せた。
(懐かしい……)
ミヤはその緑色の小さな粒を良く知っていた。
実家の庭先にグズベリーの木が植えてあり、
(けどまさか、異世界でもグズベリーの木があるなんて…)
「へへ、嬉しいなぁ」
もう、何年も思い出していなかった両親の顔が、幼いミヤの記憶とともに蘇った。
あぁ…そうだった、お母さんはこんな顔で笑う人だった。お父さんは私と一緒にたくさん実を摘んでジャムにしてくれってお母さんに
小さな粒を口に含むと、甘酸っぱい美味しさが口いっぱいに広がって、鼻の奥が少しツンとした。
フェンリルとガインはミヤの様子を静かに見守っていた。
「へへへ、美味しい」
そう言って幸せそうに笑うミヤの目には薄っすら涙が浮かんでいた。
「ガインしゃん、たくしゃんお買い物ありがとうございました!」
「あ、おうっ…。まぁ、なんだ、たくさん食って大きくなれよ」
「あいっ! お料理もがんばりましゅ! たくしゃんちゅくって(作って)、たくしゃん食べましゅ!」
両手にグズベリーの実を一つずつ摘んでバンザイをしながら、満面の笑みを浮かべるミヤ。
ガインはそんなミヤの笑顔を眩しそうに目を細めながら眺めて、「大きくなれよ」と笑った。
そんな厳つ目イケオジの優しい笑みにミヤの心臓はギュッ! と鷲掴みにされた気分だった。
思わず「はうっ!」と、変な声を上げて、心臓を抑えて倒れそうになったが、既のとこで堪えた。
(はぁ、はぁ、ヤバイ、ヤバイ、ガインさんほんと中身も外見もイケオジ過ぎて、鼻血出るかと思った)
そんな危機的瞬間をなんとか回避したミヤ。手に持っていたグズベリーを口に押し込んで気持ちを落ち着かせる。
ペリドットのような透明感のある緑色のベリーは、やっぱり記憶の中の味と同じで、ミヤの気持ちを暖かく落ち着かせてくれた。
そんなミヤの心中などまったく分かっていないガインが、ミヤを呼び寄せた。
「ミヤ、これはお前さんへの土産だ」
「え…?」
そう言って、ガインがマジックバックから取り出したのは茶色いなにか。
「おや、それは」と、フェンリルも興味深そうにガインの手元を覗き込む。
「もうすぐこの辺も寒くなるからな」
と言って、ガインはミヤの小さな手を取り、その茶色のなにかを受け取らせた。
ミヤの手の中には、ふんわりと柔らかい焦げ茶色の帽子。
「ウォームラビットの帽子じゃないか。良い物だねぇ」
「だろ?」
「…ぼーし、私に……?」
■□--------□■
ウォームラビットの毛で編まれた帽子
質: 上
効果: 保温(大)
とても柔らかく、温かい帽子。
■□--------□■
「ほわぁぁぁ…!?」
耳当て付きのニット帽のような形で、手触りはふわふわでとても軽い。そしてよく伸びる。
帽子の天辺には兎の尻尾のようなまん丸の毛玉がついていて、同じものが耳当てから伸びた三つ編みに先にもついている。
「え!? えぇー!? 私に!? い、いいでしゅか!?」
「おう、お前さんに買ってきた土産だからな」
ニィッと、いたずらっぽく笑うガインの顔に、今度こそミヤはノックアウトだった。
「てぇてぇ~~~…っ」と、帽子を抱きながら後ろに倒れたが、慌てたフェンリルとガインが見たミヤのその顔は安らかな笑みを浮かべながらも「うへへ…」と締まりの無い声で笑う奇妙なミヤの顔だった。
(イケオジ、まじで最高すぎんか? なんなん? 惚れてまうやろ)
と、心の中で呟きながら、誰かにプレゼントを贈られるなんていつ以来だったか、もう遠い過去の事過ぎて思い出せないミヤだったが、
(誰かにプレゼントをもらうってこんなにドキドキ、ワクワクすることだったんだ…)
なんだか、久々にちゃんと普通の人間をやれている気がすると思えた。
前世では10年以上、病気で動けなかったミヤにとって、この世界は毎日が『楽しい』の連続だ。
自由に動かせる身体、自分の気持ちを伝えられる口と声、身体の何処にも穴を開ける必要なく生きられる毎日。
すべてがミヤにとって、新鮮で楽しいことだった。
(リューエデュン神様、宇宙神様、ありがとうございます! わたし、転生して良かった!)
見上げた青空の向こうにこの気持ちが届きますようにと祈り、ミヤは起き上がる。
ガインにもらった帽子をかぶり、
「似合いましゅか?」
と聞けば、ガインもフェンリルも満面の笑みで「似合う!」と褒めてくれた。
「えへへ~! ガインしゃん、ありあとぉごじゃいましゅ! 大切にしまっしゅ!」
「おうっ」
「ガイン、私からも礼を言うよ。ミヤのこんな嬉しそうな姿が見れて、私も嬉しい。ありがとう」
ミヤとフェンリルから礼を伝えられて照れたのか、ガインは「おう、そうか」と少しぶっきらぼうに言うと立ち上がる。
「さて、お前さんらへの用事は済んだし、俺も用事を済ませてくる」
「ガインしゃん、忙しーでしゅか?」
「そうなのかい?」
「別に忙しくはねぇが、面倒ごとを押し付けられてな」
「「ん?」」
話によれば、これから野獣と魔獣を狩らなければならないらしい。
それを聞いて、ミヤはソワソワとしだし、フェンリルの耳がぴぴぴっと、楽しそうに動いた。
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