私たち浮島から来ました

ガインがフェンリルたちの元にやってきて1時間以上が過ぎていた。

その間、ガインはミヤの見よう見真似で魔力循環をやり始め、今は目を閉じてゆっくりと体内で魔力を巡らせているところだ。


一方、ミヤはと言うと、魔力溜まりはもう完全に消えているのだが、そのまま魔力循環の修行に移行してしまっている様子だった。

ずず、ずずずず…と、一定の速度を保って動かせてはいないが、昨日の今日で大量の魔力を体内で動かせるようになっているのだから、確実に上達している。


しかし、ミヤも自分の身体から魔力溜まりが消えた事には当然気付いているはずなのだが、『没頭』のスキルのせいで訓練を辞める気配が全くない。


フェンリルは、そろそろガインに『あの話』をしたいと考えている。



あの話とは何か。


それは、ミヤの出生が何処なのか。我々が何者なのかと言う話だ。


昨晩、眠る準備をしていたミヤにフェンリルは相談された。


自分が何者でこの世界の何処で生まれたのかくらいはと。

決めておかないと、ポロッとボロが出てしまいそうだと言う。

異世界人だとバレてしまいそうで怖いと。



なのでそろそろミヤの『没頭』のスキルを切って、二人の休憩がてら話でもしようかと思ったのだ。


フェンリルは先ほどガインの前で作って見せたテニスボール大の水の珠、ウォーターボールを1つ作ると、それをすーっと動かし、ミヤの頭の上に落とした。


「うひゃっ!?」


うん。完全に『没頭』は切れたねと、フェンリルは一つ頷き、


「ミヤ、集中しすぎて『没頭』していたね」

「……あっ! あい、『没頭』してたみーー、ぃひゃーーー!」


頭から水の珠を浴びて濡れてしまったミヤを、フェンリルは温風を浴びせて乾かした。

幼児には少々手荒ではあるが、風を正面から浴びているミヤは何処か楽しそうだ。


「かわいたー! しゅごーーい!」と叫んでいる。


「ミヤ、ガインが来てくれたよ」

「あー! ガインしゃん! おはよーごじゃいましゅ!」


この時ようやく、ガインの存在に気付いたミヤだった。

ガインは「おう、おはよう」とフェンリルの横に座ったまま、苦笑しながら手をあげて答えた。






「はぁっ!? 浮島うきじまだと!?」

「あぁ、私たちは浮島から来たんだよ」

「おいおいおい、……マジかよ?」


と、言いながらミヤを見てくるガインに、ミヤはギクゥと反応してしまい「うぇ…と、」と何も答えられなかったが、フェンリルはいつもの落ち着いた雰囲気のまま、


「ミヤは自分が居たところが浮島だと知らなかったんだ。まだ3歳だからね。この世界の空に陸が浮かんでいる事さえ理解できてなかった」


(フェンリル様ナイスアシストですっ!!)


説得力のあるフェンリルの言葉にガインは何度か頷き、ミヤをいたわし気に見た。


「そういうことだったのか……」


ミヤはイケオジのその優しい視線に耐えられず、フェンリルの脚の間にかけよるとそのふわふわの毛の中に隠れる事にした。


その様子がガインには痛々しく見えてしまい、『暮らしていた浮島が崩壊して家族と死に別れた』と言うとんでも設定を素直に受け入れてしまった。

ちなみにフェンリルは、その浮島に古くから住んでいた野獣で、ミヤの家の近くを住処にし、よくミヤの遊び相手をしていた……という、とんでも設定にしてある。


これが、昨晩にフェンリルとミヤで考えた『設定』だった。


浮島とは、この魔星エヒトワのはるか上空にぽつぽつと浮かんでいる文字通りの島の事だ。大きさは大小様々で、元々は世界崩壊の際にエヒトワの外に投げ出された陸地の残骸だ。なお、実際の浮島は人が住める環境ではない。


浮島は地上高くにあるせいか、エヒトワの魔力の影響がとても弱く、魔力が必要なこの世界の生物にとって生活できる環境ではないのだ。


だが、事実を知らない地上の人々の中には、世界崩壊の際にリューエデュン空間に投げ出されずに済んだ人間や、地上では絶滅した種族がそこで暮らしているという伝説や、物語が残されている。


ガインもそうした伝説や物語を幼いころに聞いて育ったせいか、ミヤにとっては突拍子もないこの設定を簡単に信じてしまっている。


「まさか、『浮遊人ふゆうびと』ってのがほんとに存在するとはなぁ…」

「地上ではそのように呼ぶのかい?」

「あぁ、空に浮いて生きてるんだろ?」

「……浮いているのは島であって、人は浮かないよ」


「ぶほっ…!」と、思わずフェンリルの毛の中で吹いてしまったミヤ。浮島で生きる人たちを題材にした伝説や物語が存在すると言う話はフェンリルから少し聞いていたが、その内容まではフェンリルも詳しく知らなかった。



(でも、人が空を飛ぶ物語とか読んでみたいなぁ。どんな風に飛ぶんだろ…)



地球で入院していたミヤには長い間身体の自由がなかった。

手も足も動かず、何処に行くにも人の手を借りなければ移動できなかった。


そんな日々を毎日過ごしていたのだから、病室の窓から見えた青い空や星空を自由に飛んでみたいと想像するのは当然の事だった。



ミヤの頭の中にイメージが膨らむ。


いや、膨らんでしまった。



「……ミヤ? ミヤ!?」

「…おいおいおいおいっ!?」



気付いたら、ミヤの身体がふわふわと宙に浮いていた。



『魔法はイメージだ』と言う言葉のとおり、イメージだけで浮いてしまったのだ。


フェンリルの胸元の長い毛の間からふわっと出てきて、「ありぇ?」と本人も何が起きているのか分かっていない顔で、フェンリルの目の前をふわふわしている。


これに一番驚き、慌てたのはフェンリルだった。


「ミヤっ!! ダメだっ!! 魔力を使ってはダメだっ!!」

「うぇっ!? あ、……」


フェンリルの大声に驚き、浮いていたミヤが落下する。


「「ミヤっ!!」」


落下したミヤを空中で受け止めたのはガインだった。

ちょうど、腕を伸ばしたところに落ちてきた。


落ちたミヤは、ガインの腕の中でカヒュッ、カヒュッと、おかしな音を立てて呼吸を繰り返していた。


「息がっ!」

「ミヤっ! 落ち着いて! 身体強化だよっ!」


ミヤは呼吸の苦しさに涙を浮かべながらも、自分の状況を理解出来ていた。


魔法を使ってはダメだと言われていたのに、魔法を、魔力を使って浮いてしまった。

ミヤは身体の中にあれほどあった魔力がゴッソリなくなっている事と、自分の中の残りの魔力が高速で身体の中を走り回っている事を感じ取っていた。


呼吸が上手くできない上に、頭が割れるように痛い。目眩も耳鳴りもしている。手足の感覚もなくなってきている。


「ミヤっ! 身体強化だっ!」


遠くから聞こえるフェンリルの声に「そうだった」と、頭の中にある『身体強化スイッチ』をオンにする。


ーカチッ


と、スイッチが入った音を聞くと、


「はぁーーーーーーーーーっ……」


と、やっと大きく息を吸えた。苦しかった呼吸ができるようになり、割れそうだった頭も一気にマシになった。


そんなミヤの様子を見て、フェンリルはどさりっとその場に崩れるように伏せた。


「おい! やっぱり浮遊人は浮くんじゃねぇか!」

「……ははっ」


と、フェンリルから乾いた笑いが漏れた。

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