魔法と魔力

昨晩、ミヤは眠りにつく前にエリクサーを飲んで眠った。


そのおかげもあって、ミンミン鳥の寝具は話に聞いたとおりの寝心地の良さで、あっという間に入眠してしまった訳だが、寝起きも快適で自分が魔力過多症である事を忘れさせてくれるほどだった。


しかし、朝食用にとフェンリルが何処からか採ってきたビワのような果実を食べていた最中、ミヤの身体に異変が起きた。

フォークを持っていたミヤの右手に力が入らなくなってきた。


「右手が痺れてきました…」

「全身に魔力溜まりが出来てきているね…。ゆっくりと、魔力循環で魔力を動かしてごらん」

「あい」


フェンリルの指示に従いながら、ゆっくりと魔力を動かす。


「ひぃ…っ、い、いちゃぃ…っ」

「ゆっくり、ゆっくりだよ。流し続ければ塊のようになってしまった魔力も自然とほどけて流れるようになるからね」

「あ、あい…」


魔力溜まりを動かそうとすると、その溜まった魔力が神経を圧迫してビリビリとした痛みが走った。


(こ、こんなに痛いのかぁ…!)


魔力の塊が身体の中の神経をゴリゴリと圧迫しながら動いているのが分かる。

あまりの激痛に思わず歯を食いしばる。ミヤの目に薄っすらと涙が浮かび、額に汗も滲み出てきた。


「ミヤ、息を止めると余計に苦しいよ。呼吸は止めずに」

「あいぃー…、すぅー…、ふぅぅーー」


少しずつ、ゆっくりと、ほんの数ミリずつだが確実に魔力溜まりは動いている。


目をつむり、深呼吸を繰り返しながら魔力循環に集中する。

常にこれが出来なくては、ミヤの身体の中は魔力溜まりだらけになり、動けない身体になってしまう。

動けないだけならまだしも、呼吸さえ出来なくなるのだ。

その苦しさは転生初日に経験済みだ。


(あんな事、2度も経験してたまるかっ)


あんな苦しみ一度で十分だろ! がんばれ私! と、自分で自分を鼓舞しながら魔力循環を続けた。


そして、どれくらいそうしていたのか。


(……無意識だが『集中』のスキルがしっかり発動しているね。宇宙神様はこれを見越してミヤに『集中/没頭』のスキルを与えてくださったのだろうね)


流石は創造神様だと、フェンリルはミヤの様子をかれこれ30分以上静かに眺めていた。

もしミヤが魔力溜まりを動かす痛みに耐えられなければ、エリクサーを少し与えて魔力溜まりを小さくしてあげるつもりでいたのだが、痛みに耐えながらも集中しているミヤにはもう不要な物だろう。



「おいおいおいおい、嬢ちゃんどうしたんだ…?」

「やぁ、おはようガイン。早いね」

「おう、おはよぉ。じゃなくてよ。嬢ちゃん大丈夫なのか? なんか苦しそうだが…」

「あぁ、問題なー……おや?」



どうやらフェンリルとガインの声がうるさかったらしい。

『集中』のスキルが『没頭』に切り替わる瞬間を見た。


(ほう…、なるほど。そういうスキルでもあるのか。周囲の音を遮断して、ひとりの世界に浸る……)


「おい、嬢ちゃんほんとに大丈夫なのか?」


額に大粒の汗を浮かべて、幼い顔が苦痛に歪んでいる。

そんな表情のまま大きく息を吸い、長く吐くを繰り返すミヤ。

何も知らない者が見れば、苦しんでいるようにしか見えない。


「あぁ、大丈夫だよ。魔力循環で身体の中の魔力溜まりを溶かしているところなんだ」

「魔力循環って、魔法の基礎訓練のやつか? そんなんで魔力溜まりってのが消せるのか?」

「違うよ。魔法じゃなくだよ。だ」

「は? けど学院で…」

「ふふっ、君もやってみたらいいさ。間違えた知識だとすぐに分かるよ」

「……………」


ガインは目の前で苦しそうに魔力循環を続けるミヤをしばらく見つめた。


「やるかい?」

「…………やる」


フェンリルの話には半信半疑だが、幼い眉間に皺を寄せて、必死に魔力循環を続けるミヤに思うところがあった。


(俺はこんなに真剣に魔力循環をやったことがねぇ…)


ガインの知っている魔力循環は、8歳から通ったとある学院の魔法の授業で教わった『』だった。


魔力は身体の中の魔心で作られ、魔心から全身に広がっていると説明され、その魔力を動かすのが目的の授業だった。

『魔法学』と言う授業の一貫で、魔力が動いているかを可視化できる魔道具が生徒たちに配られたのを覚えている。


その魔道具は長さ30センチほどのロープのような紐で、その両端に手で握るグリップのような物がついていた。それを両手で握って魔力を通すように言われた。

魔力循環が上手くできると、その紐の色が変わる仕組みで、上手く魔力を循環させ続けて色の変化を維持し続ける。

そんな授業だった記憶だ。


安定して色の変化を維持できた者はみな、魔力が多かった。


逆に魔力が少ない者は、色の変化が途中で切れたり、縞々しましまのような模様になって魔力が流れている者も居た。

ガインもそうだった。色の染まった部分と染まらない部分が10センチほどの間隔を開けて右から左へ流れ続けた。


そして魔法学の担当教師は、「魔力循環が上手い者は魔法を使いこなす。魔法を上達させたければ魔力循環を続けなさい」と言ったような記憶だ。


ガインはそれを聞いて、少しでも魔法が使いこなせるようになりたくて魔力循環の練習を続けた。


実際、学院に居た間は毎朝魔力循環を続けたおかげで魔法の威力が上がったり、今まで使えなかった魔法が使えるようにもなって行ったと思う。


だから『間違った知識』と言われても、なにが違うのかガインには分からなかった。


「君は身体の中の魔力量がどのくらいか分かるかい?」

「まぁ、ファイア10発くらいは打てる」

「それは質問の答えなっていないんだよ」

「……意味がわからん」

「ふふっ。そうだな、例えば君の言うファイア1発がこのくらいだとしよう」


そう言って、フェンリルはガインの目の前に水で作った珠を10個出した。

大きさはテニスボール程度。


ガインは驚きに目を見開いている。


(いやいやいやいや、ウォーターボールを同時に10個だと!?)


普通、魔法は1発ずつしか出せない。

いや、出せないとガインは思い込んでいる。


「つまり、この10個を合わせたものが君の魔力量だと君は言う」


ぱしゃん、と言う音を立てて10個の珠が一つに合わさる。


それさえも、ガインには驚きの技だった。出した水の珠をを一つに合成するなど、ガインにとってはあり得ない技だ。


「……まぁ、そういうことだな」


と、努めて冷静に答えているが、心臓は驚きでドキドキと高鳴っている。


「魔力量はね、そうやって測る物じゃないんだよ」

「……どういうことだ?」

のは知っているかい?」

「………は?」

「知らないんだね。人族、君のような人間の魔力量の上限はこのくらいだ」


そう言って、フェンリルは一つにまとめた水の珠をもう一度10個に戻し、そこへ更に90個のウォーターボールを追加した。

100個の水の珠が宙に浮いている。


「今の君の魔力量は上限の1割。10/100個だね」

「……なんだよそれ…」

「魔力量がどれくらいかと聞かれたら、なんだよ。ファイア◯発分は答えじゃないんだ。だってそうだろう?」



『ファイアを作る人間によって使う魔力量が違うんだから』



と、言うフェンリルに、ガインは何も言えなかった。

ガインは言われてみれば確かにそうかもしれないと思う。

他人が放つファイアの威力が、自分と大きく異なるのを何度も見た事がある。

だが、それは『ファイアのイメージ』がどれほど出来ているかの違いなんだと思っていた。


「人によって威力が異なるのはもちろん『イメージ』の違いによるところも大きいね。より鮮明にファイアをイメージ出来ている者なら、少しの魔力で強力な魔法が放てる」




『少しの魔力で、強力な魔法を放てる』




この言葉にガインは、魔法の、魔力の、本質を見た気がした。

しばらく呆然とフェンリルを見つめたままのガインに、フェンリルはふふっと笑って、


「では、ガイン。魔力操作の基礎訓練、魔力循環をやって魔力操作の能力を向上させてみようか。当面の目標は一度に使う魔力を今の半分以下に減らすこと」

「は、半分!? そんなんできるわけっ」

「できるよ。魔法はイメージだよ」

「…………」

「イメージを鮮明に。魔力は控えめに。私の古い友人の口癖だよ」


そう言うフェンリルの金色の瞳は、見上げた青空の色を映して不思議な色に輝いて見えた。

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