西の森の夜と古代魔道具

日のある内は、身体強化と魔力循環の訓練に勤しんだミヤ。

空が茜色に染まり始めたころミヤは、フェンリルと共に『ホーンラビッド』と言う野獣を狩っていた。


立派な一本角を額から生やした兎のようなその野獣は、ミヤの今夜の夕飯になる予定だ。


「ひゃ~~~!? うぎゅっ!」


ドンッ! と、間抜けな声と大きな音を立て木に激突したミヤの真横を、ホーンラビッドが駆けていく。


ミヤは身体強化で強化した身体が上手く使えず、追いかけたはずのホーンラビッドを追い越してしまい、大きな木に顔面から激突していた。

身体強化のスキルを使いこなすというより、まだまだスキルに振り回されてしまっている。


逃げて行こうとするホーンラビッドは、フェンリルが風の魔法で首を刎ねて仕留めた。


「ミヤ、野獣を追う時は気配を消さないと気付かれて逃げられるんだよ」

「け、気配をけしゅ…?」


顔面から木に衝突したが、身体強化のおかげで痛くも痒くもないが少し赤くなってしまった小さな鼻をぐしぐしと擦って尋ねれば、フェンリルは「こうだよ」と、見本を見せてくれる。


「……え? あれ? フェンリルしゃま見えるのに、目がしゅべる(滑る)…?」

「こうやって気配を消すんだ」

「わっ! しゅごい! しゃべったらちゃんと見えりゅ!」

「特訓次第でミヤにも使えるよ」

「スキルじゃないれすか?」

「あぁ、スキルじゃないよ。訓練と経験で誰でも使えるようになるものだよ」

「しゅごいっ!」


なら私も出来るようになるかもと、ミヤの金色の瞳が輝く。

これも明日から訓練しようとひとり意気込むミヤにフェンリルは微笑んでいる。


フェンリルは今日一日、ミヤの身体強化と魔力循環の訓練をずっと眺めていたのだが、ミヤが努力家で負けず嫌いな性格だと知った。

身体強化の初歩訓練で『石を砕かずに持つ』という訓練中、何度やっても石が砕けてしまったのだが、ミヤはこれを4時間近くずっと続けられた。

「くやちぃ~!」と言いながらも「次こそ!」とふんす、ふんすと鼻息を荒くして練習していた。


幼児はもちろん大人でも、何時間も同じことを繰り返して訓練するというのはあり得ない事だ。

途中で嫌気がさして休憩なりを挟むのが常識だろう。


だがミヤはフェンリルが休憩しようと言うまで、自分から訓練を中断することはなかった。


そして休憩明けからのミヤは、無意識の内に『集中』のスキルを発動させるようになった。

努力家のミヤには相性のいいスキルだとフェンリルは思った。


そうやってミヤはフェンリルがそろそろ夕飯の準備をしようと言い出すまで朝からずっと訓練を続けていたのだ。


ちなみに今日のミヤの昼ご飯は、ガインが朝にくれた堅いパンの残りだ。

堅い堅いと言いながらリスのようにちまちま食べていたのが微笑ましかった。


「ミヤ、獣の捌き方は知ってるかい?」

「あ…、えっと、…知識はありましゅが、やったことは……」


首を刎ね落とされたホーンラビッドが3体、フェンリルの足元に並んでいる。

今しがた首を落とされたホーンラビッドの脚が微かにまだピクッ、ピクッとはねている。


それを見て、生き物を自分で殺して捌いて食べると言う行為に、怖気付いてしまいそうだが、地球人だった頃も結局、同じことをしていたんだからと覚悟を決める。


自分の知らないところで誰かが育ててくれた生き物を、誰かが殺して、誰かが捌いて、誰かが売っていた。その事実を見ていないだけで、実際はそういう事が行われていたのだ。

日景 京子ひかげ みやこも生き物を殺して食べてきたのだ。


「それじゃ、やってごらん。私は側で見ているから、分からなければ聞いておくれ」

「あいっ!」


(っし! これも慣れ! 為せば成る、為さねば成らぬ何事も!)


と、言うわけで。日々のネットサーフィンで得た兎の解体の知識を活かし、ホーンラビッド3体分の血抜きと解体を何とかやり遂げた。


そして、「生命に感謝っ!」と、ミヤのために犠牲になった獣に手を合わせた。


「……今のはなんだい?」

「生命への感謝でしゅ。京子だったわたしが育った国の文化でしゅ。自分が生きるために他の生命をぎせー(犠牲)にしゅることへの感謝を込めて、しじぇん(自然)の恵みに対する敬意でしゅ」

「ほう……」


なんと美しい精神性だろうと、フェンリルは関心していた。

そして、その精神性は5,000年前に出会った人々とどこか似ている気がした。


(まるで、古代人の生まれ変わりのような……)


それがあり得ない事はフェンリルも分かっている。ミヤはリューエデュン神ではなく、宇宙神が造った魂なのだから。

だが、それでも何処か懐かしい気持ちにさせられる気がして、フェンリルは嬉しそうに長い尾をパタパタと揺らした。


「お肉は焼きましゅよね?」

「そうだね。魔導キッチンを出そう」

「魔導キッチン?」


そう言ってフェンリルが自身のアイテムボックスから、ドンッと四角い大きな鉄の塊のような物を取り出した。


「料理をするための魔道具だよ」

「えぇーーーーーっ!?」

「もう随分古い物になるけどずっとアイテムボックスに入れたままだったからまだまだ使えるはずだよ」

「ひゃ~~~! すごーーい! キャッコイイ~~っ!!」


ミヤの目の前には五徳タイプのコンロのような物と、蛇口のような物がついた、カウンターキッチンにしか見えない物が現れた。


コンロは3つ口で左端にあり、その下にはオーブンのような物まである。右の端には蛇口のついたシンクがあり、中央は作業スペースになっているようだ。

足元には黄色く塗装された戸棚もついており、中を開けてみれば鉄製の鍋やフライパン、包丁や木のまな板も入っていた。


「しゅごいーー! フェンリルしゃま、こんな立派なキッチンまで貢がれるなんて、お料理できるでしゅか!?」

「ふふっ、私はできないよ。これを持って来たのは魔道具技師だった獣人でね、よく悩み事を聞いてあげていたんだが、ある日お陰で良い物が作れたからと言ってこれを私にくれたんだよ」

「わぁ…!」

「彼はこの魔導キッチンを世界に広めて一財産稼げたみたいだよ」

「しゅごーーい!」


キッチンは生活必需品だ。売れて当然だとミヤも思った。


「えぇ…っと、魔石はどれだったかな」と、フェンリルが前脚でアイテムボックスを探っている。

ちなみに、フェンリルはアイテムボックスを前脚で探るので地面を掘っているように見える。


「これかな? ミヤ、この魔石を火の出るところと水の出るところに嵌めておくれ」

「あい!」


コンロはミヤもよく知るつまみを捻って火をつけるタイプのようだった。

それが3つ並んだ右の端に、魔石を嵌めるための窪みがある。そこに親切に『魔石』と書かれていたのですぐに分かった。


「その魔石は中の魔力が切れたらまた魔力を充填して何度でも使えるよ」

「おぉ~!」


シンクの蛇口用の魔石も同じように嵌めれば、もういつでも使える状態になった。


「ミヤの身長では届かないね。足場になる物がないといけないね」


と、言ってフェンリルはその辺の木を適当に切り倒し、ミヤのために即席の踏み台を作った。

それをコンロ、作業台、シンクの前に並べれば、ミヤにもキッチンが使える。


「しかし魔導キッチンがあっても調味料が……うーん」


と、フェンリルは自身のアイテムボックスをごそごそと探っている。

アイテムボックスは手を入れてしまえば、中に何があるか頭の中に出てくるのだが、フェンリル曰く「調味料の名前を詳しく知らいので、どれが調味料なのか分からない」との事だ。


調味料として知っているのは、塩、コショウ、砂糖くらいだと言う。


過去に色々貢がれているので、調味料も何かしら持っているかもしれないが、どれが調味料なのか分からないらしい。

そんな理由から、街に戻ったガインに塩などの調味料の調達も依頼したのだ。


「フェンリルしゃま、油はありましゅか?」

「あぁ、あるよ。あとヘットとか言うのも確かあぶらだったね」


ドンッ! と、牛脂ヘットのような塊と、大きな壺が2つフェンリルのアイテムボックスから出てきた。

ミヤが壺に近づくと、ふわっとゴマの香りが漂う。


「わぁ! ごま油だ」

「なんの油か香りで分かるのかい?」

「あい、ごまの香りが強くしゅるでしゅ。こっちの壺は…オリーブでしゅね!」


オリーブオイルもごま油もミヤには馴染み深い物だ。地球でも紀元前以前から日常的に使われている。

逆にヘットの塊は焼き肉かすき焼きくらいでしか使った事がないので、目の前の塊はミヤには扱いにくい。


「フェンリルしゃま、野菜とかありましゅか?」

「あ、いや、…すまない。食べ物はその…、すぐに食べてしまってね」


もらったそばから食べてしまって、野菜や果物のような物は持っていないと、ちょっと恥ずかしそうに言うフェンリルはなんだか可愛らしくて、思わず口元がニヤついてしまいそうになった。

それでも何か残っていないかと、前脚で地面をかきかきしながら探ってくれている姿をミヤはにっこにこしながら眺めている。



はぁ~~~~~。

恥ずかしがるフェンリル様てぇてぇ…(拝)



「香草? と呼ばれていた物だっと思うが、草ならあるよ」

「香草! ハーブ!」

「食べるのかい? 香りがきつくて私は…」

「これは食べ物というより、調味料でしゅね。料理の香り付けに使えましゅし、お茶にもできましゅ」

「ほうほう。なら油と一緒にこれはミヤのアイテムボックスに入れておくといい」


木箱いっぱいに詰められたハーブの山にミヤの瞳が輝く。

覚えたばかりの鑑定で視てみれば、バジル、ローズマリー、タイム、オレガノ、パセリ、ミント、ディル、他にも地球でも馴染み深いハーブの数々だった。


「こんなにたくしゃんのハーブがあれば色々作れましゅね! 料理が楽しみになりましゅ」

「それはよかった」


結局、今夜のホーンラビッドの肉はハーブと塩コショウを効かせて、オリーブオイルで表面がカリッ、中はじゅわぁ~な揚げ焼きで美味しくいただいた。

フェンリルもミヤの初めての料理を馳走になり、満足げにペロンペロンと口の周りを何度も舐めた。


「フェンリルしゃまにはしゅくなかった(少なかった)でしゅね」

「まぁ、この身体だからね。足りない分はアイテムボックスにある物を食べるから平気だよ」

「明日はもっと大きなやじゅー(野獣)を狩りましゅ! フェンリルしゃまにお腹いっぱい食べさせましゅ!」

「ふふふっ、それはとても楽しみだねぇ」


腹も膨れたし、寝る準備をとなり、フェンリルはアイテムボックスから小型のテントのような物を取り出した。

それは三角形の所謂Aフレームテントで、ぎりぎり人がひとり横になって眠れるくらいの大きさだが、「中に入ってごらん」と言うフェンリルに言われ、入口の布を捲って驚いた。


「ひ、ひろい!? えっ!? な、なにこれ……」

「空間魔法を応用した魔導テントと言う魔道具だよ」


外観は1帖もなかったのに、中は8帖はあるかと言うほどの広さ。

いや、それ以上と錯覚してしまう。何故なら、天井がなく、夜空が見えているのだ。


「魔道具…しゅごい…」


コレにはミヤはもう開いた口が塞がらなかった。

空はすっかり暗くなり、無数の魔星がキラキラと輝いている。その透明な天井からランタンのような物が吊るされているが、ミヤには届かないので灯す事ができないのが残念に思う。

テントの奥には薪ストーブのような物もあり、テントの中で火も起こせる仕様だ。床にはふわふわの毛皮のような絨毯が敷き詰められ、靴を脱いで上がるとふんわりと温かい。


ちなみにこのテント、中に人が使用中の場合は折りたたむ事ができない安全設計になっている。そのため、強風や嵐の中でも自立出来る大変優れた魔道具なのだが、衝撃には弱いため、強風で飛ばされてきた物の下敷きになる危険性があるので強風時での使用はオススメされない。


「ミヤはこの中で眠りなさい。今羽織るものをーー」

「あ! ありましゅ! たぶん、リューエデュン神しゃまが入れてくれた物が、」


肩掛けバッグから『ミンミン鳥の安眠具(枕・羽毛掛け布団・敷布団)』を取り出す。

しゅるんと、滑るようにカバンから出てきた寝具はキレイに三つ折りに畳まれた寝具3点セット。


ミンミンと鳴く中型の鳥獣の羽毛で作られており、安眠の効果が付与されている。肌触りは柔らかでとても軽いが、通年を通して使える快適寝具だとフェンリルが言う。


「良い物をいただいたね」

「ありがたいでしゅ~~」


ふわふわの羽毛布団に体重を預けるといい具合に身体が沈む。これは高級寝具だっ! と、ミヤはこころの中で飛び跳ねながら喜び、リューエデュン神に感謝した。


「フェンリルしゃまはテントの中に入れないでしゅか?」

「入れるよ。テントの出入り口にも空間魔法がかかっているから、身体の大きさに関係なく出入りできるよ。けど私は魔獣が来ないように見張りをしなければいけないからね」

「あ! 見張りならわたしもっ!」

「ふふ、ミヤ。気持ちは分かるけど、まだ無理だよ」

「……でも」

「ミヤはしっかり休んで、体調を整える仕事をしようね」

「……あい」


そう。ミヤには寝ずの番はまだ無理なのだ。

何と言っても身体は3歳児だ。しかも魔力過多症と言う疾患を患っている。

身体強化も魔力循環も覚えたばかりのミヤにはどう考えても見張りなど無理だった。


ミヤがフェンリルの立場なら疾患持ちの3歳時に見張りなどさせない。

だから大人しく言うことを聞くしかない。


「しゅいませぇん。お世話になってばかりで」

「いいんだよ。私は私がやりたいことをやっているだけだから」

「……あい。ありがとぉございましゅ!」


くよくよしてても仕方ない。まだ転生して2日目だ。

これからたくさん訓練して、修行して、少しでもフェンリルの負担を減らし、この恩を100倍、1,000倍にして返すぞっと意気込むミヤだった。

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