ガインと楽しい狩り・2
「楽しいれしゅね! ガインしゃん!」
「……まぁ、そうだな」
少し、気持ちが疲れているがそうとは言わずにミヤに合わせてやる。
大人の対応。それが肝心だ。
大人として、驚いても騒がず、何事もただただ「そうだな」と返しておく。
ガインの常識から逸脱した3歳児。ミヤ。
5歳の洗礼前にして、鑑定、身体強化、魔力循環を使いこなし、危なげなく狩りを『楽しんでいる』3歳児。
(フェンリルもそうだが、浮遊人ってのはどいつもこんな具合なのか? ……こえぇな…)
フェンリルとミヤが浮島に住んでいた浮遊人だったと言う設定を信じ込んでいるガイン。
最初の魔獣オルトロス3体を一人一体ずつ危なげなく狩った後はフェンリルがコカトリスの首を一瞬で切り落とし、その後はミヤの狩りの特訓を兼ねながら森の奥へ奥へと進んでいった。
「ミヤは身体が軽すぎて身体強化に遊ばれちまってるんだな」
「あい。勢いが付きすぎるでしゅ」
「だよなぁ」
ミヤが『ガッと行ってパンっ!』で狩った大きなクマ型の魔獣レッドヘッドグリズリーを前に話し込む二人を、フェンリルはニコニコしながら見つめていた。
「確かに今は『ガンと行ってパン』ってのが一番合ってるな」
「でも、ちーしゃい獣はパンっのタイミング合わないでしゅ」
「だろうな。勢いに負けて踏ん張りがきいてねぇんだよ。狩りをするには早すぎるんだよな、身体の大きさ的に」
チラッとガインはフェンリルを見るが、フェンリルは何が楽しいのかニコニコしながらその長い尻尾をふっさふさと揺らしている。
(こいつも分かってて教えてるんだろうがよ…)
「基礎訓練だな。身体強化した勢いに踏ん張り切れるように足腰を鍛える。後は体幹を鍛えて空中に投げ出された時でも次の行動が取れるようにする」
「あい!」
「身体が小さいとどうしても出来る事が限られるから仕方ねぇ。今はしっかり訓練していっぱい食っていっぱい寝て身体を作るってとこだな」
「あい!」
「……あとは、気配を消す訓練もできたらしろ。遠くからじゃなく近くに潜んでいられるようにすれば今のままでも出来ることが増える」
「あいっ!」
ガインを仰ぎ見ながら真剣な表情で元気に返事をするミヤ。
これほど真剣に返されれば教えるガインも悪い気はしない。いや、むしろ本当に真剣に学ぼうとしているミヤに煽られて色々あれこれ教えてやりたくなってくる。
一日の訓練をどうするかブツブツと独り言を言いながら両手の指を折って訓練スケジュールを立てているらしいミヤの様子にガインは内心「まいったな」と、自分の心境の変化に呆れてしまった。
(3歳に狩りをさせるなんてと思ってたはずなのによぉ……)
そんなガインの心情を知ってか知らずか、フェンリルは「ミヤは優秀だろう?」と言いながらふんわり笑いかけてくる。
「…そうだな」と、応えるガインの持つマジックバックはミヤが狩った野獣と魔獣ですでにいっぱいだ。
「ガインしゃん、体幹と足腰はどーやって鍛えるでしゅか?」
「それはだなーー」
聞かれれば全部答えてやるしかもうやる事もない。
そんな二人の会話を聞きながら、フェンリルは転がったままだったレッドヘッドグリズリーを自身のアイテムボックスの中に納め、周囲を見回した。
「おや、随分森の奥まで来てしまっていたね」
「おう、そうだな。俺もこの辺までは来たことがねぇよ」
「戻りましゅか?」
フェンリルも気付かない内に森の奥まで入っていたようだ。
「あ! いや、悪い、ちょっと待ってくれ」
「「??」」
そう言って、ガインは背中に背負っていたカバンを降ろし、中から麻袋のような物を取り出し、ミヤたちから少し離れた位置にしゃがみこんだ。
そんなガインを背後から覗き込むフェンリルと、ガインの隣で手元を覗き込むミヤ。
「何をしているんだい?」
「おはにゃ??」
「花じゃなく、こいつの根を採取するんだ」
そう言ってガインは、薄紫色の花をつけた植物たちの周りの土を掘り、持って来た麻袋に次々と入れていく。
■□--------□■
甘草キャキャロン(現代種)
抗炎症、鎮痛・鎮咳作用のある薬草
■□--------□■
「薬草?」
「おう、咳止めの薬になる薬草だ」
「甘草の現代種だね」
「……現代種?」
「あぁ、これとは別に古代種があるよ」
「こいつの古代種だと…? 薬効に違いがあるのか?」
「薬効に違いはないが、効果が違うね。基本的に古代種は現代種より効果が高いね」
「…………はぁ」
ガインは詰めていた息を押し出すように溜め息を吐いた。
「……やっぱり、こいつにも古代種があるんだな」
「うん。それがどうしたんだい?」
「あぁ、いや……。ちなみによ、その古代種ってこの辺で取れるたりするか?」
「それは、どうだろう……。狩りの間に『視た』限りだと甘草に限らず、この辺に古代種の植物はなかったよ」
「だよな……」
「…ガインしゃん?」
「あぁ、悪い。……こいつの古代種があれば効果の高い薬が一気にたくさん作れるかもしれなくてな。薬草に古代種があるって聞くとつい期待しちまうんだ」
ガインはそう言いながら立ち上がり、今採取したばかりの根をカバンの中に納め、今度は羊皮紙とペンのような物を取り出し、そこに何やら書き留めている。
『甘草キャキャロン、古代種あり』
そう走り書きされたメモには他にもたくさんの事が書き詰められているが、ほとんどが薬草の『古代種』に対するメモのようだった。どこどこになになにの古代種があるというメモ。
しかしその多くには取り消し線が引かれている。
「古代種を探しているのかい?」
「おう、そのために薬師と冒険者やってるようなもんだ」
「あにょ、古代種って存在するでしゅか?」
メモの中の取り消し線が多いので、ついついそんな事を聞いてしまったミヤだったが、
「「あるぞ(よ)」」
という答えに内心ほっとした。
「ポーションの原料になってるヒーリング草は古代種で大昔から薬草農家なんかが育ててるな」
「毒消しの薬効を持っているキュア草は草原で自生しているね。あれは環境変化に強いから現代種に枝分かれしなかったんだ」
「へぇ~~~!」
ガインとフェンリルの話から、世界崩壊を境に薬草に古代種と現代種が生まれたんだとミヤにも分かった。
薬師のガインは薬効や効果が高い薬をたくさん作りたいと思っているんだろう。
だから古代種を探しているんだと、ガインの事を知れた気がして、ふと思った。
「フェンリルしゃま、持ってるんじゃないれしゅか? 古代種のかんじょー(甘草)」
「あぁっ! 言われてみたら確かにあるね」
「はっ!?」
ミヤに言われるまで気付かなかったが、確かに自分のアイテムボックスには古代の時代に色々と貢がれた物が入っていると、フェンリルは地面に広げたアイテムボックスに大きな前脚を突っ込んだ。
「ガイン、これが甘草の古代種だよ」
「はぁっ!? おま、え? はっ?」
フェンリルが取り出したのは、つい先程摘んだばかりにしか見えない、青々とした葉を広げて濃い紫色の花をつけていた甘草キャキャロン。
根もしっかりついており、天辺の花の先から根の先まで合わせるとミヤの身長よりも長くて大きい植物だ。
■□--------□■
甘草キャキャロン(古代種)
抗炎症、鎮痛・鎮咳作用のある薬草
■□--------□■
ミヤの鑑定では、甘草キャキャロンの見た目も、現代種と古代種に大きな違いがあるようには見えなかったが、古代種の甘草を見たガインの目は大きく見開かれ、そのキャラメル色の瞳はキラキラに光っていた。
「すげぇ…。こいつが、古代種…」
「あぁ、現代種に比べると効果は8倍ほどかな。どのような薬にするか分からないが、私の鑑定で見える数値ではそのくらいだよ」
「8倍!? マジかよ…。ははっ、こいつ一つで8倍の薬が作れちまうのか…」
すげぇ、すげぇと呟きながら、ガインは手にした甘草の隅々を観察するように眺めている。
「けど、ガイン。これは此処では育たないよ」
「……育たないってどういう意味だ?」
「そのままの意味だよ。この森に種を蒔いても芽は出ない。この森じゃ育つための魔力が足りなすぎる」
世界崩壊で、魔星エヒトワからは大量の魔力が失われたのだ。それまで根を降ろしていた植物たちも魔力が足りなくなり、次第に枯れていき、たくさんの種が絶滅した。
「これは私の推測だが、おそらく今のエヒトワでは古代種の甘草は育たないと思う。……どこか魔力が高い土地か環境でもあれば育つかもしれないが、難しいと思う」
「なるほどな……、やっぱり魔力がないと古代種は育つのが難しいんだな」
「え? でも、ヒーリング草は人の手で育ててましゅよね?」
「種によって必要になる魔力が違うんだよ。ヒーリング草はもともとそれほど多くの魔力を必要としない植物で、何処ででも自生が出来たんだ」
「あと金になるからだな。需要が高いからまとめて育てて売ってるんだ」
「あぁ…しょーなんでしゅね……」
それを聞いてシュン…と落ち込んでしまうミヤ。
人の手があれば、甘草も育てられるんじゃないかと期待してしまったが、そう簡単な話じゃないと分かってしまった。
「なんでお前が落ち込んでんだよ」
「わっ」
と、ガインの大きな手がミヤの頭をワシワシと撫でた。
被っていた帽子がズレて目元が隠れてしまう。
「甘草の古代種がこの世界に無いってまだ決まってねぇだろ」
「……うん」
「薬師ってのは薬草を育てる研究もしてるんだ。それに俺は薬師だが冒険者でもあるからな。まぁ、地道に探してみるさ」
ズレた帽子を直して目にしたのは、力強い目で古代種の甘草を見つめるガインの横顔だった。
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