野獣の王・6

「親切でカッコイイ人だったなぁー、ガインしゃん」

「そうだね。心根の優しい人間だった。ミヤに薬を飲ませられずに困っていた私を助けてくれたんだよ」

「いい人にたしゅけてもらえて良かったれす」

「本当にその通りだよ。リューエデュン神様のお導きかもしれない」


結局、ガインはフェンリルから贈られたマジックバックを『借り物』として受け取り、フェンリルがその辺で狩ってきたビッグボア2頭とアイテムボックスから取り出したコカトリスという鳥獣1羽をそれに入れて街に戻った。


手間賃にガインが欲しい野獣があれば持っていくといいと言ったのだが、彼は「宝の持ち腐れだ」と言って、何も受け取らなかった。


フェンリルは、ビッグボアとコカトリスの肉、その素材を換金したお金を届けて欲しいとガインに依頼した。あと、そのお金を使って街でパンと塩などの調味料を買ってきてもらう予定だ。



「ミヤには今日から『身体強化』のスキルと『魔力循環』を覚えてほしいんだ。それを覚えないと、またいつ倒れてしまうか分からないからね?」

「あい!」


今後の予定としては、


・スキルの使い方を覚える

・身体強化をいつでも使えるように特訓する

・魔力循環、魔力操作を覚える

・↑ を覚えたら、生活魔法の練習

・生活魔法を使えるようになったら、街に行って身分証を作る


大まかな流れはこんな感じだ。


「ミヤは『龍人族』と言う『人族』だから、人間や獣人たちが居る街や国の中で生きる方がいいからね」

「……でも、街ってきょーかい(教会)の人たちが居ましゅよね?」

「確かに、教会には関わらない方がいいと私も思う。そうだねぇ……」


フェンリルもミヤも、教会には近付きたくないと思っている。


「ここはエヒトワで一番大きな大陸の『ピティシュミ』と言う大陸でね、この大陸には東から西にかけて大きな山脈があって、その山脈が大陸を南北に分けているんだ」

「ほぉ~」


地図が欲しいなとミヤは思った。

明日、ガインに会ったら街で買えないか相談してみようと思う。


「今、私たちは大陸の南側に居るんだが、教国も同じ南側にあるからこちらはあの女神への信仰がかなり強いんだ」

「……できぇば、北に行きたいれしゅ」


と、言うことで。

街で身分証を作ったらすぐに北へ移動することが決まった。


ちなみに、大陸の北側でも女神の信仰は根付いているが、最北にある『センペアンテ王国』と言う国周辺なら女神の影響はそこまで無いらしい。


それは何故か。


フェンリル曰く、大陸を南北に分ける山脈・竜の壁ドラゴン・ウォールを超えるのが人族にはなかなか難しいそうだ。


竜の壁ドラゴン・ウォールの名前の通りで山脈にはドラゴンたちが住み着いているんだよ」

「ドラゴンって、わたしにとっては、しんしぇき(親戚)でしょうか?」


こてりと、首を傾げてそんな事を聞いてくるミヤにフェンリルは「ふふふっ、たしかにそうかもしれないね」と笑った。


「けどドラゴンはね、とても好戦的な種族だからすごく危険な生き物なんだ」

「えっ!? こりゅーしゃまは、優しかったれしゅよ?」

「古龍はあれでも昔はヤンチャだったんだよ」

「やんちゃっ!」


(古龍様、昔はヤンキーでした系のオジサマですかっ!? ん? オジサマ? おじーちゃん?)


なんて心の中で失礼な事を考えるミヤだが、概ねその通りだった。


世界創造のころの古龍はとにかく暴れる事が大好きで、魔星を作りだすためにリューエデュン空間で大暴れし、そこで生み出されるエネルギーを使って魔星を生み出していたのだ。


そんな星を生み出せるほどの力を持つ当時の古龍だったからか、ドラゴン種を生み出す時には、『弱くてはダメだ。強く! とにかく強く! そして勇ましく、何者にも屈しない性格でなければならん!』と、そんな事を考えてドラゴン種を造っていたそうだ。

そのため、ドラゴンと名の付くモノはとにかくヤンチャで手がつけられない種族になったとか。


神界で古龍神が言っていた「ガキどもがうるさくてかなわん」と言うのも、ヤンチャな子孫たちが祖である古龍神に対しても喧嘩を売りまくってくるので(何者にも屈しないため)、それがいい加減鬱陶しくなって、神界に引っ込んだのだ。


なお、子孫のドラゴンたちからしてみれば、『古龍神様カッケー! 俺らと手合わせしてください! おねっしゃす!』と言った具合だ。


「そういう訳でね、竜の壁を越えるのが難しくて、女神や教国の影響は北へ行けば行くほど薄くなるんだよ」

「なりゅほど…。わたしたちだけで山を超えりゅのは危険れすか?」

「いいや、大丈夫だよ。私が居るからね」


私はドラゴン相手でも問題ないよ。と、フェンリルは気負った風でもなく、さらっと当たり前のようにミヤに言ってのける。


ミヤも先ほどフェンリルが何処からともなく出した野獣の山を見ている。

あれらはすべて、フェンリルがひとりで狩った戦利品の数々だ。しかも出した分だけでなく、まだまだ持っている雰囲気だったのだ。


そんなフェンリルが一緒なら、ドラゴン・ウォール越えもどうってことないらしい。


「ありぇ? そーいえば、どーしてフェンリルしゃまがここに?」


今さらだが、どうして神獣のはずのフェンリルが此処に居るのか。

ミヤは目が覚めた時に感じた疑問を口にすれば、フェンリルは相変わらずふんわりとした雰囲気のままさらっと、


「神獣を辞めてただの野獣に戻ったんだよ」

「え…? えぇぇぇぇぇっ!?」


か、神様を辞めた!? 神獣を辞めて、はっ!? なんでっ!? と、目を白黒させて驚いているミヤにフェンリルは「ふふ」と笑った。


「神獣のままでは地上に降りれなかったからね。信仰を失っている神獣では地上に降臨出来ないと言っただろう? だから神威かむい、神の証をリューエデュン神様に奪っていただいて、ただの野獣に戻ったんだよ。そうすることで地上に戻ってこれたんだ」

「もどってって…、しんきゃぃ(神界)には戻れるんでしゅか?」

「戻れないよ?」


それがどうしたんだい? とでも言いそうな返しに、ミヤは言葉を失った。

そして、ハッ! とした。




どうしてフェンリルが地上に居るのか。


それは、多分、間違いなく、ミヤのためだ。と、ミヤは気付いてしまった。


自分が地上に降りた瞬間から、死にかけたから。


死にかけたミヤを助けるために、フェンリルは野獣に戻った。



「わ、わたしのせぇーだ…」

「うん?」

「わたしのせーで、ふぇんりぅしゃまっ、しんじゅー、っ、ひっく、うぇぇ…っ」

「ミヤっ!?」




私のせいだ。

私のせいで、フェンリル様は神獣を辞めてしまったんだ…。


私を助けるには野獣に戻らないと地上に降りれなかったから…!


どうしよう…っ。


わたしのせいだ…っ!!



ぼろぼろ、ぼとぼとと、ミヤの両目から大量の涙が溢れた。


「わ、わらしっ、わらいのせー、れ! ひっく、ふぇっ、りぅ、しゃまがぁっ、ごめん、なしゃっ、ひっく、ごめんなしゃいぃぃっ…!」

「お、落ち着いてっ! あぁっ、そんなに泣いたら息が、呼吸がっ! お、落ち着いてっ!?」



私が、もっとしっかりしていれば。

もっと、スキルの事や魔力過多症の事のことを前もってちゃんと聞いていれば。


神界で時間がなかったとは言え、後悔が止まらない。



うわぁぁぁん! という、子ども独特の鳴き声が野獣の森に響いた。

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