野獣の王・7

びぇぇぇん、うわぁぁん! という子供らしい鳴き声が野獣の森に響く。


その声の発生源はミヤ。


ミヤがヒエトワの大地に降りた直後に倒れ、死にかけてしまったために、フェンリルは神獣から野獣に堕ち、地上に降りる事になった。


その事実を知り、自分への不甲斐なさから、後悔とフェンリルへの申し訳無さで涙が止まらず、ミヤが大泣きしているところだ。


身体が幼児に戻っているせいか、泣けば泣くほどフェンリルを更に困らせてしまうと頭では理解しているのだが、悲しいと言う気持ちの方が強く、なかなか泣き止めないでいる。


「ミヤ、ミヤ、あぁっ、そんなに目を擦ったら腫れてしまう! 泣き止んでおくれ、ミヤっ」


フェンリルはと言えば、オロオロしながらミヤの周りをあっちへこっちへウロウロしている。

ミヤの周りはあっという間にフェンリルの大きな足跡でいっぱいになってしまった。


ふと、フェンリルがその動きを止め頭を上げ、正面にある森を睨む。

フェンリルの喉から鳴る低い「ぐるるる…っ」と言う唸り声がミヤの腹の中を揺らす。


その音の響きに驚いて、ミヤの涙も一瞬で引っ込んでしまった。


泣きすぎて、ついにフェンリルを怒らせたのかと思ったが、どうも違う様子だ。


「ミヤ、そこから絶対に動いてはいけないよ」

「ぅえ?」


森の奥を鋭く睨むフェンリルに、ミヤも何事かと森を見た。



「「「ギャギャギャギャッ!!」」」

「っ!!!?」


ギャギャと言う酷く耳障りな音と共に、不気味な人間が森の奥から出てきた。


「にゃ、にゃにっ!?(な、何っ!?)」

「あれは、魔獣のゴブリンだよ」

「ぎょぶりん!?」


ゴブリンと呼ばれた人型の魔物が3体。今にも飛びかかって来そうな雰囲気で、フェンリルとミヤを睨みつけている。


「ミヤ、動いてはダメだよ」

「あ、あいっ!」


ミヤがそう返事をしたと同時に、ゴブリン3体がフェンリルとミヤに襲いかかろうと飛び出した。


「っ!!」


ミヤは思わず叫びそうになったが、フェンリルはミヤの前でその前脚を軽く振るう。


「消えろ」


と、言う短い言葉とともに、ぶわっとフェンリルの前に風がおこり、その風が刃となってゴブリンたちの首を刎ねた。


「!!?!」


あまりに一瞬の出来事に、ミヤは声を出す暇もなかった。


刎ねられたゴブリンの首が地面をバウンドして落下する様子だけが、妙にゆっくり見えるほどに一瞬の事だった。


「ミヤ、大丈夫かい?」


……え? 大丈夫ってなにが?

大丈夫も何も、ゴブリンたち何もできずに死んじゃったよ?


3体も居たのに。


一瞬で。


「ふぇんりるしゃま、しゅごい…!(フェンリル様、スゴイ…!)」


あの一瞬の早業、「消えろ」といういつもと違う低い声。



「カッコイイ~~~~~~!!」



ミヤはまだ涙の残る金色の瞳をキラキラさせながら叫んでいた。




待って待って待って~~!

今の何!? 魔法ッ!? 魔法だよね!?

てか、フェンリル様一瞬で雰囲気変わった!

出会ってからずっと、ふんわりした落ち着いた印象だったのに、さっきの何っ!?

めっっっっっちゃカッコ良ぉ~~~!!!

魔獣と戦う時は『戦闘モード』!? あれ戦闘モードだよねっ!?

はぁっ!? なにそれ、ギャップ萌えなんですけどっ!!!!

無理無理無理無理。

普通にカッコ良すぎてマジ息つらい。


あ、わたしケモ系全然行けるっぽい。

フェンリル様普通に推せる。てか、萌える。




と、ミヤの心の中の「ヲタク」がひとり大暴れしているが、フェンリルは瞳をキラキラさせて見つめてくるミヤに「おや? 泣き止んだね」と、苦笑いを浮かべて笑っていた。


「ミヤ、此処から移動しよう」

「ぅえ?」

「ミヤの鳴き声に釣られて魔獣が集まって来ているんだ」

「えっ!? あ、ご、ごめんなしゃっ…!」


がぶりっ、とミヤの小さな身体がフェンリルの口に咥えられてしまった。

「え?」と思っている内に、フェンリルは走り出す。


「うひゃ~~~~~!?」という、ミヤの情けない叫び声が尾を引いた。




*---------------------------------------------------*


「大丈夫かい? ミヤ」

「あい、快適でした!」


それは良かったと、フェンリルはミヤの側に大きな身体を伏せた。

ミヤは幼児が腰掛けるのにちょうど良い高さと大きさの石の上に座らされている。


フェンリルの口に咥えられた時は本当に驚いたが、大きな牙と牙の間で全身をしっかり支えられたその状態はなかなか快適だった。

揺れも少なく、乗り物酔いのようなものに襲われる事も全くなかった。


おかげで、今までの人生でなら絶対経験できないだろう、『大きな狼に咥えられて森を走る』という超絶経験に少し興奮しているくらいだ。


「あにょ、フェンリルしゃま、色々ほんとにごめんなしゃい。いっぱいめーわく(迷惑)かけてしまって」


腰を降ろして人心地ついて、ミヤが改めてこれまでの事を詫びればフェンリルはいつものふんわりとした笑みを浮かべて、


「迷惑なことはないよ。私は私がしたいことをしているんだよ」

「でも…、神獣じゃなくなってしまったら、神界にはもどれにゃいんじゃ」

「そうだね。それも私が野獣に戻りたいと思ったからそうしたんだよ」

「……戻りたかったれしゅか?」

「あぁ、本当はね、ずっと戻りたかったんだよ」


フェンリルを神獣にしたのは、古代に生きた者たちだった。

彼らが野獣のフェンリルを崇め、尊い、

野獣から聖獣となったフェンリルを崇敬すうけいし続け、信仰し、

いつしか神獣フェンリルが生まれた。


野・鳥・海獣たちも同じだった。

強く賢いフェンリルに畏怖の念を持ち、野獣の中の最高の存在だと信じ、崇拝していた。


フェンリルはそうして自分に寄り添う者たちのことが愛おしかった。

だから神界へ昇った後も地上に降りては、そこに生きる者たちと共に遊び、狩りをし、時には一緒に眠った。


フェンリルにとって、それが幸せだった。



また、あの頃のように生きたい。


愛しい者たちの側で生きたい。



地上に降りる事が出来なくなったフェンリルの心の中に、ずっとあった想いだった。


「だからね、地上に戻ることができて嬉しいんだよ」


と、穏やかに笑うフェンリルにミヤは何も言えなくなった。


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