野獣の王・2:side 野獣フェンリル
魔力溢れる遠くの魔星が輝く夜空の下を全力で走るのはいつ以来だったか。
私が地上に降臨できなくなってから、3,000年は優に超える。
その私が、エヒトワの大地を走っている。
地上に一陣の風を起こし、木々の間を縫い、時にはそれらを薙ぎ払いながら私は野獣の森を全力で走る。
「あぁっ! スマナイっ!」
私が走れば嵐のような風が急に生まれてしまうため、眠っていた野獣や鳥獣たちが驚き逃げ惑っている。
今も木の上で眠っていた鳥獣が落下してしまったのを目の端に捉えてしまった。
だが、今は走ることを止める事はできない。
あの子の元へ、ミヤの元へ向かわなければならない!
リューエデュン様の手によって、神威を失った私はその瞬間に地上に堕ちた。
堕ちた場所は幸いにもミヤが降りた場所からほど近い、西に寄った川沿いのあたりだった。
私はそこから微かに感じられるミヤのニオイを辿って走っている。
善行を行った魂が持つ独特のあの香りだ。
ミヤのニオイがどんどん近くなっている。
この先に間違いなくミヤが居る!
「ミヤッ!!!」
居たっ!! あの子だ!
「ミヤっ! ミヤっ!?」
駆け寄ってすぐに、ミヤの様子がおかしい事に気付いた。
神界でミヤの身体を見た時、この子の頭には黒い髪が生えていたはずだ。
「か、髪が…抜けて…」
ミヤの変わり果てように思わず息を飲んだ。
ミヤの小さな頭からは、その黒髪が全て抜け落ちていた。
ミヤが倒れていた地面には、その時までミヤの頭から生えていたであろう頭髪が散らばっている。
それに、ミヤの顔面に青紫色の大きな痣が浮かんでいた。これも神界で見た時のミヤにはなかったものだ。
しかし、この子がミヤだと言うことは間違いない。魂の香りが私に抱きついたあの子と同じものなのだ。
私はアイテムボックスから『薬』を取り出した。
これは私がまだ神獣であったころに、地上の者たちから貢がれた
リューエデュン様からこの薬をミヤに飲ませるよう仰せつかった。
一時的ではあるが、ミヤの身体に起こっている不調の全てを和らげてくれるはずと聞いた。
「ミヤ! ミヤ! 私だよっ、フェンリルだ!」
ミヤに声をかけ、エリクサーの入ったガラス瓶をミヤの顔の側に置いた。
「ミヤ! 目を開けて! この薬を飲んでおくれっ! ミヤっ! …ミヤッ!!」
あぁ、なんてことだ…。
このままではダメだ…!
私は自分の前脚でそっとミヤを揺り動かし、気付いてしまった。
この前脚では、エリクサーをミヤに飲ませる事ができない……。
なんということかっ。
私は今ほど自分の脚が人のような形をしていない事を悔やんだ事はない。
エリクサーの瓶の蓋を開ける事も、ミヤを抱き起こすことも、小さな口を開かせる事も、何もできないっ!!
「あぁぁっ!! ミヤッ! お願いだよっ!! どうか、少しでいいんだ! 動いておくれっ!!」
ミヤッ!!!
私の目に涙が浮かんでくる。
ミヤの顔はすでに真っ白だった。
唇は青く変色し、全身が白くなってしまっているようだった。
その呼吸の音は私の耳でも微かにしか聞こえないほど細く弱い。
たとえ、神獣のままであっても獣の姿をしている私はミヤに薬を飲ませる事は出来なかった。
自分自身の事だから分かってしまう。
「ミヤ…っ、ミヤァ…、お願いだ、目を開けて…っ、薬を…、息を、して…っ」
私は何も出来ない。
神と呼ばれる存在だったのにも関わらず、人の子ひとり救うこともできない。
「ミヤァ…っ」
自分自身に対するあまりの落胆に、私は誰かがこちらに近付いて来ていた事に気付いていなかったようだ。
「おい、大丈夫か…?」
「っ!!!?」
そう、声をかけられるまで人間がこれほど近くに居た事に気付いていなかった。
私は咄嗟にミヤを守ろうと姿勢を下げたが、その男は背中の大きな荷物をその場に下ろし、腰に差していた剣も外してしまった。
そして男は、両手を広げて『もう何も持っていないぞ』と私に示してくる。
それが、『敵意は無い』と言う意味だということはすぐに分かった。
「あんたらに危害を加えるような真似はしない。
その子に薬を飲ませたいんだよな?
俺に出来ることはあるか?」
私はあまりの出来事に、言葉で答える事も出来ず、ただただ何度も頭を縦に振ることしかできなかった。
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