野獣の王・3:side 薬師の冒険者 ガイン
俺は日がすっかり沈んだ野獣の森の中を川に沿って歩き、いつもの野営場所に向かっていたところだった。
今日はいつもより森の深いところまで入っていたせいで、日が沈む前に野営地に戻れなかった。
最近は、この野獣の森にも魔獣が入り込んでいると冒険者ギルドの方から討伐依頼も出ている毎日だ。
俺も薬草の採取中に魔獣を数匹仕留める事になり、いよいよこの森も魔獣に脅かされる事になったかと、溜め息ばかりが漏れた。
「ふぅ…。あと2年で60になるしな。俺もそろそろ引退考えねぇとなぁ…」
若い頃なら足場の悪い森のなかでも飛んで跳ねて木を伝ってなんて、遊び半分、修行半分で走り回っていたもんだが、寄る年波には勝てん。
身体強化のスキルのお陰でこの年まで現役で冒険者をやってはいるが、俺の周りの連中は50を超えるより前に現場から引退して裏方に回った奴ばかりだ。
それでもその年まで冒険者として生き抜いただけで名誉職だ。新人も玄人も、冒険者なんてものになった奴の半分は死んで終わる。そういう業界だ。
俺は身体強化のスキルのお陰で上手くやって来れてはいたが、流石に60歳を超えたら採取は若い冒険者に依頼を出して引退になるだろう。
「けど、最後にあのドラゴン。
『
それこそ、山が動いているような、巨大な岩を何個も背負ったあのドラゴン共は、霊峰でしか手に入らない貴重な薬草を採取する俺を餌かオモチャと思っているのか、俺の存在に気付くと大興奮で襲ってくる厄介な奴らだ。
岩竜は見た目に比べて俊敏な上に、一撃一撃が重い。仕舞にはドラゴン・ブレスで辺り一面を火の海にしちまうから、俺が狙っていた薬草は何度も消し炭にされてしまった。
「…チッ、あの
それを考えると、引退は難しいかもしれん。
そんな事を考えながら歩いていた時だった。
俺の目に、空から光の柱が伸びてくるのが写った。
「………は?」
それは間違いなく、大きな光の柱だった。
上を見上げれば、はるか上空、その先がどこから伸びているのか分からないほど高い。
そんな超高度から野獣の森の中にその光は伸びていた。
「おいおいおいおいおい、……うそだろ…」
何が起きてんだ…。
これまで数多くのダンジョンに潜って、それなりに摩訶不思議は体験してきたつもりだったが、こんな光景は生まれて始めて見た。
「新種の魔獣でも出たのかよ……」
野獣とは違い、眠ることのない魔獣には昼も夜も関係ない。
野獣どものほとんどならこの時間くらいからが寝る時間だ。夜行性が多い鳥獣どもは活発になる時間だが、静かに狩りをすることが多い鳥獣があんな派手な事をやらかすとは思えなかった。
そう考えると、新種の魔獣が出た可能性が高い。
「チッ…。まずは何が出たか確認か。……俺の手に余るならギルドに報告だ」
俺はこの先の行動を決めて光の柱に向かって走った。
しかし、光の柱は1分もしない内に消えてしまった…。
が、あの柱の中から得体の知れない白い何かが飛び出したのが見えた。
(速ぇぇぇっ!!?)
その白い何かは森の木々を薙ぎ払う勢いで走り抜けていく。
奴が走った後を俺も全力で追うが、その姿はとっくに見えなくなっていた。
だが、奴が走り抜けた跡はしっかり森に残っている。薙ぎ倒された木や、目を回している野獣や鳥獣たちが嫌でも目印になっている。
(クソッ!! 新手の魔獣かっ…)
野獣の森を破壊するように駆け抜けていったそいつに、俺は緊張を募らせた。
間違いなく、俺じゃ勝てねぇ。
あんな速い魔獣は見たことがなかった。
身体強化を最大限に発揮しても、奴の速度についていくのは不可能だろう。
それに、荒れた森の様子から、奴は魔法を使っている。
進行方向には薙ぎ倒された木とは別に、綺麗な切れ目を残した切り株がずらりと並んでいた。
おそらく、走り抜けるために密集している木々が邪魔だったんだろう。
魔法を使う野獣や魔獣は確かに居る。
ドラゴン共も魔法を使ってくる。
だがしかし、魔法の効果範囲が奴らとは比べ物にならない。
地面から見える切り株は軽く500メートルは超えて続いている。ドラゴン・ブレス以上の範囲攻撃だ。
(ヤベェのが出やがった……)
危機感を緊張感に変え、俺は奴が通ったであろう道を走り抜けた。
「あぁぁっ!! ミヤッ! お願いだよっ!!」
(っ!!!?)
大きな叫び声だった。
だが、その声があまりにも悲痛で、妙な胸騒ぎを覚えた。
俺は気配を消して、荒れた木々の切れ間から声のする方を覗いた。
「どうか、少しでいいんだ! 動いておくれっ!!」
信じられない光景に、俺は息を飲んだ。
野獣とも、魔獣とも思えない大きな白い獣が、人の言葉を話していた。
自分の目と耳が、どうかしちまったのかと思った。
気付かない内に幻術でもかけられたのか? なんて思うほどにだ。
その獣は、地面に転がる何かに向かってミヤ、ミヤと必死に呼びかけていた。
よく見れば、その獣の足元には小さな子どものような物が転がっていた。
そして更に信じられない事にその獣は、大きな前脚を起用に動かし、その子を小さく揺すり、涙を流していたのだ。
「ミヤ…っ、ミヤァ…、お願いだ、目を開けて…っ、薬を…、息を、して…っ」
(嘘だろ……っ)
俺は、目の前の光景にたまらない気持ちになった。
あの獣は、あの子どもを助けたい一心で、森の中を走っていたんだろう。
何処からか薬を手に入れ、それをあの子に飲ませようと……。
獣の身体では飲ませてやる事が出来なくて、助けたいのに助けられないと、泣いているんだろう。
薬師の俺の中の何かが大きく揺さぶられた気がした。
「おい、大丈夫か…?」
気付いたら、そう声をかけてしまっていた。
俺の声に驚いた獣はその場でこちらを振り向き、一気に警戒心を高めていた。
俺は、背負っていた荷物をその場に降ろし、身につけていた剣もベルトから外してその場に置いた。
「あんたらに危害を加えるような真似はしない。
その子に薬を飲ませたいんだよな?
俺に出来ることはあるか?」
俺がそう問えば、獣は何度も何度も、頭を縦に振って返事をしていた。
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