野獣の王・1:side 神獣フェンリル
『
私は神界の神の庭からその様子を創造神たちと一緒に見守っていた。
「あぁ…っ、どうしましょう…! 何も伝えられないまま地上に降りてしまった…!」
「……リューエデュンの、先程も話したようにもういっそ、この世界を私に譲るというのは」
「出来るわけありません!」
「しかし…、京子が…、ミヤが死んでしまうよ」
宇宙神様の閉じられた瞳が見つめる先には、野獣の森の中で呼吸が出来ずに苦しんでいるミヤの姿が写っているはずだ。
私にも今のミヤの姿は見えている。
もちろん古龍にも見えている。美しい花が咲く庭にその鋭い爪が深々と突き刺さってしまっている。
私も古龍も地上での信仰を失っているため、地上に降臨することが出来ない。
苦しむミヤの側に行き、手を貸すことが出来ない。
それはリューエデュン様も同じだ。
信仰を失った神々は、苦しむ子を救う事もできず、こうして神界から眺めることしかできない。
宇宙神様は別の世界の創造神故に、リューエデュン世界に干渉出来ない。だからリューエデュン様にいっそのこと世界ごと譲ってしまえとおっしゃっているのだ。
そうすれば、神力溢れる宇宙神様の力によってミヤは助かり、あの神を名乗る異世界人も始末してしまえると言う。
「私が愛情を込めて造り、必死の思いで守った世界ですよっ! それを簡単に渡せるわけないでしょう!」
「しかし…」
「宇宙の想像してください! 貴方が私の立場なら自分の世界を他の創造主に渡せますか!?」
「それは…そう、なのだが…」
宇宙神様もリューエデュン様のお気持ちは分かっている。
だが、宇宙神様もご自身が作った魂であるが故に、ミヤをなんとか救ってやりたいと言う気持ちを抑えられないのだろう。
ここに居る四柱は神という名を冠する存在でありながら、誰も何も出来ないのだ…。
私は奥歯を噛み締め、ただただ見守るしか出来ない。
ミヤは魔星エヒトワの一番大きな大陸『ピティシュミ』の南西にある野獣の森に居た。
転生する場所は何処になるのか、私たち神々にも分からなかった。本来なら転生場所をリューエデュン様が導いてくださるのだが、ミヤの身体を作り、加護を与えてしまったため、神力がもうわずかしか残っていないのだ。
「あぁ…、ミヤ、ミヤ…っ、スキルを使って…、お願いです…」
「…あの子は多分、スキルの使い方が分からないんだ」
「え…っ?」
「あの子の居た地球には魔法やスキルの概念がない。魔心のような臓器を持つ生命は存在しないし、全ての事象が物理法則によって成り立っている世界だったんだ…」
「そ、そんなっ! 宇宙の! なぜそれを先に言わなかったのですかっ!」
「それについてはすまなかった。宇宙世界にもリューエデュン世界と似た魔法のようなエネルギー法則を多次元に起こしている生命体も居るんだ。だからミヤが居た地球では世界は完全な4次元構成だと人間たちが思い込んでいたことを失念していた…」
すまないと、宇宙神はもう一度呟いた。
私には世界を創造する高位の方々の話が難しすぎるため理解出来ないが、そうか…、ヒカゲ ミヤコは魔法やスキルのない世界で生まれ育ったのか。
ならばスキルの使い方は分からないかもしれない。
今、こうして神界から見守っている間にも、ミヤの呼吸が浅くなり手足に麻痺が広がっていくのが分かる…。
「…このまま死んでしまっても、あの子の魂を長く留める場所はありません。神界で保護できるのはほんの僅かの時間。だからと言って地上に留めれば、あの異世界人に死霊として絡め取られてしまう…っ。それに、あの身体はもう使えません。死んだ瞬間から肉体は腐り始める」
もう一度、龍人族の身体を作ることも出来ない。
それは、リューエデュン様のお力がほとんど残っていないためだ。すべてを宇宙神様が作ることも不可能だと言う。
このリューエデュン世界の
「歯がゆいのぉ…。ワシは祖でありながら、何もできないのか……」
「古龍…」
ぐるるっと、低く喉を震わせ、痛みに耐えるような古龍の顔を、私は見ていられなかった。
つい先程まで新たな末裔だと大喜びしていた古龍の姿を見てしまっているのだ。
その末裔が、ほんのわずかな時間で、その生命を終わらせようとしている……。
私はそれをただ見ているだなのか…?
私にできることは本当にないのか…?
「……リューエデュン様、私を
リューエデュン様は、私の言葉の意味が分からず困惑された。
「今この場で、生まれながらに神でなかったのは私だけです。
私から
そうすれば、私は地上に降りれます」
あぁ、そうだ。
それがいい。
そうするべきだと、私の中でこの答えはすとんっと、腑に落ちた。
神威とは『神の威光』。神として存在する証だ。
私はもとはただのフェンリルだった。それが聖獣となり、神獣となった。
古龍や創造神二柱のように、生まれながらに神だったわけではない。
後から手に入れた神威は捨てられる。
ただそれだけのことなのだ。
「フェンリル、お前さん正気か?」
「正気だよ」
「いや、神威を奪えばお前さんは野獣に戻ってしまうのだぞ? 信仰のない今では、聖獣や神獣には戻れないんだぞ?」
「それで地上に降りれるなら万々歳ではないか、古龍」
私はもうこれ以上、創造神様たちと古龍が苦しむ顔を見たくないのだ。
私に出来ることがあるのなら、力になって差し上げたい。
そして、なによりも、私はミヤを助けたい。
『フェンリル様いいニオイがする』と言いながら、抱きついてくれたミヤ。
ああして人の心の暖かさを感じたのはいつ以来だったか。
私はもうずっと、それを思い出せずに居た。
流れた時間が長すぎた。
だから、出来ることをやるのだ。
「リューエデュン様、私は出来ることをやらずして、後悔することをしたくありません」
ですから、どうか。
私を野獣にお戻しください。
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