魔力供給と裏切り・4
「私、魔法は使えないけど魔力を集める事はできるの。集めた魔力を魔石にして、それを私の心臓に埋め込んでいるの」
「…心臓……、そんな、それじゃまるで……」
女神は背後を振り返り、うっそりと笑った。
「魔獣みたい?」
くすくすくす…。鈴のなるような可愛らしい笑い声だが、その顔は醜悪な笑みを浮かべていた。
ドサリッと、デイルカーンがその場に膝をついて崩れ落ちた。黒い膜の中で黒い煙がぶわりっと大きく波打つ。
信じて、崇拝して、愛していた存在に裏切られた…?
いや、違う。
最初から裏切られていた。
彼女は救いの女神だったはず。
人々に幸福をもたらし、この教国を繁栄させた女神だった。
そのはずなのに。
「貴方たち5人の事は、忘れるまで忘れないわ。ふふっ、ごめんなさいね? 私、人の名前も人の顔も覚えるのが苦手なのよ。だから多分すぐ忘れちゃうわ」
残酷すぎるその笑顔に、デイルカーンの瞳にみるみる内に涙が溢れていった。
デイルカーンだけではない、ファーレン、アレグス、ヒューレビット、ロジットも彼と同じようにその場に膝をつき、顔色を真っ白にして女神を見つめていた。
「貴方たち5人も魔石になってもうらうわ。出来上がった魔石は私の心臓に埋め込んで魔力が切れるまで使ってあげる。
どう? 嬉しいでしょう?
大好きな女神様の一部になれるんですものねぇ」
にやぁっと言う笑みを浮かべる女神の顔を見てられず、5人は目を逸らす事しか出来なかった。
(ふざけんな…)
「ぁああんぁあああぁあーーっ!!(ふざけんなクソ女神ーーっ!!)」
「えっ…!?」
魔王の言葉になっていない叫び声が部屋に響くのと、女神の身体が吹っ飛び、鉄の扉に激突したのはほぼ同時。
激突音はゴォォンッという鈍い音を部屋中に響かせて、5人の使徒の顔を上げさせた。
その激突の勢いはどれほど凄まじかったのか、頑丈そうな蝶番は石の扉から弾け飛び、ドア枠を中心に壁にはヒビが走った。
ドアは大きな凹みを作り、今にも部屋の外側へ倒れそうになっている。
そのドアの前には長い金髪を撒き散らした女神がうつ伏せで転がっている。
「魔王っ!?」
「ああああーんあぁ!(デイルカーンさん!)」
驚きで目を見開いたデイルカーンの視界の中で、魔王こと京子は白い管の触手を操り、魔法陣の外にその生首を持ち出した。
(こんなもの…っ!)
そして、デイルカーンを覆い包む黒い膜のような檻をその触手で殴り払う。
黒い膜はパァァン! と、風船が割れるような音を立てて割れ、中の黒い煙もその場で霧散した。
(他の人達も!)
京子が触手を振るうたびパァァン! と言う破裂音が部屋に響く。
膜の中に入っていた4人は京子が近くに寄る度に「ヒッ…」と短い悲鳴を上げていたが、5人全員が膜の外に出られたことを確認出来ると、安堵のため息を漏らし互いに身を寄せ合った。
「ああぁぁ!(逃げよう!)」
「逃げようと、言ったのか…?」
そうだそうだと、京子は触手を起用に操り、頭を縦に振って見せる。
「……ぇな」
「「「「「「!!!!!!?」」」」」」
バッ! と、使徒5人と京子の視線が一気にドアの方へ向かう。
「……ふざ、ける…な、」
女神がその場に起き上がる身体の動きに合わせて、長い金髪の頭がガクン、ガクンと、揺れるのが見えた。
「な…!?」
「そんな…、まさか…」
(どう見ても首折れてるのに…!)
ドアに激突した女神がその場からのそりと起き上がった。
だがその首は、人の首の可動域を超えるほどに右へ大きく曲がり、ガクガクと揺れていた。
それだけじゃない。
京子に殴られた衝撃で左目は眼球が飛び出し、左頬は肌が削れ、そこから口の中や筋肉の下の骨まで見えている。
ドアには頭から激突したのだろう。頭部がいびつに凹んでいるのが遠目でも分かった。
(普通の人間なら間違いなく即死の状態。……不死身? それともネクロマンサーの呪術で動いてる死体の身体?)
「まぉぅ、ぉまえ、ぅごけたの?」
「あん(うん)」
「くそが…」
「ぁあぇあ、ああああああ(お前に 言われたくない)」
「クソがーーーーーーーーーーッ!!!!!!!」
女神の全身から大量の黒い術式が飛び出す。
それらは意思を持ったリボンや帯のように伸び、京子たちの方へ襲いかかって来た。
「あぇっ!!(ダメっ!!)」
京子は咄嗟に使徒たち5人をその触手で絡め取り、襲いかかってくる術式を振り払うように残った触手を振り回した。
京子の操る触手に触れた術式は黒い煙になって全て消える。
「まぉうっ…! ぉまぇぇ! お"ま"え"ぇぇっ!! わ"た"じを"う"ら"ぎる"の"がぁぁぁぁっ!!」
激昂した女神から更に多くの黒い術式が飛び出す。
「あぁあ、ぁああっああぁあ、ぁんぇああぁっ!!(先に裏切ったのはアンタでしょっ!!)」
京子はそう叫び返し、襲いかかってくる術式の波を触手で振り払い使徒たちを守った。
京子の魔心と脳を繋いでいた4色の管は、この時すべて千切られた。
「チィ…ッ! ■■■! ■■■■■、■■■■■、」
女神から大きな舌打ちが漏れ、また聞き慣れない言葉の羅列が部屋に響き始める。
何か良くない予感に、京子は焦りだす。
圧倒的な知識不足の京子。ここまではこの場の勢いで5人の使徒を助け、女神に楯突いていたが、女神が何をしようとしているのか、自分自身に何が出来て、此処からどうやって逃げ切ればいいのか、まったく、何も、思いつかないでいた。
(どうしたら…!)
「ま、魔王っ、お前、古代の魔法は使えないのか!?」
「あ?(え?)」
「転移だ! 転移の魔法っ! 外に逃げるんだ!」
触手の束に絡め取られたデイルカーンが、魔王に必死にそう訴える。
(知らない! 使えないよ! そんな魔法見たことないもんっ! どんなものか分からないのに使えるわけ……)
「■■■■■■、■■■■■■■■■■■■!」
京子がどうしたらと悩んでる内に、女神の魔術が完成してしまった。
黒い術式が女神の足元に集まり、真っ黒な円を描いた。それはまるで底が見えない真っ暗な穴のようで、落ちたら一生帰れない場所に続いているような薄ら寒さを感じさせた。
「なっ、なんだ…、あれはっ…」
「人の手が…っ!?」
ファーレンの呟きにロジットが見えた物を叫ぶように答える。
真っ黒な穴から、人の手がいくつも伸び、穴の縁を掴むとのそりのそりと這い出て来た。
出てきたのは真っ黒な全身鎧を着た騎士たち。ガシャガシャと音を立てて女神の前に立ち並び、兜の奥で赤い瞳を光らせている。
「ふふっ、ぁたしのかわいぃ、■■■・■■■たち。
……まぉぅをつかまぇなさぃっ!!」
女神の号令に合わせて騎士は腰に差した剣を抜き、京子に飛びかかってきた。
(っ…!!)
京子は反射的に触手を振るい、騎士を弾き飛ばす。飛ばされた騎士はそのまま壁に激突し、石の壁を砕いて倒れたが、またすぐにのそりと起き上がり、何事もなかったかのように京子に襲いかかってくる。
「ヒッ!?」
「うあぁぁ!」
と、使徒が叫ぶのは、襲われているのが京子だけではないからだ。
黒い騎士は京子が触手で抱えている使徒たちにも飛びかかってくる。京子は彼らを守りながら、自分自身も守らなければならないのだ。
(ヤバイっ! この騎士不死身なの…っ!? 全然手応えが…っ)
殴っても、ぶっ飛ばしても、騎士たちは何事もなかったように起き上がり京子たちに襲いかかる。
騎士たちだけじゃない、騎士が持っている剣も、いくら折っても元に戻ってしまっているし、鎧だって傷一つつかない。
(ヤバイ! ヤバイっ!!)
京子は必死に騎士たちの猛攻を防いでいたが、ズルッと、頭を宙に支えていた触手がその場に崩れかけた。
(…っ、活動限界…!)
魔心から全ての管を引き千切った京子の頭に、時間切れが迫っている。魔心から脳に血液と魔力が流れなくなり、京子の命に限界が訪れようとしていた。
(今ここで私が死んだら、デイルカーンさんたちは殺される…。きっと私の魂もまた、女神に捕まってしまうんだ…っ)
だから女神は私を捕まえろと、騎士に命令したんだろうと、京子はこの先訪れるだろう未来を予想し、女神の様子を目の端に捉えた。
彼女は折れ曲がった頭を片手で支えながら口の端を吊り上げて京子たちを眺めていた。
その女神の表情に、無性に腹が立った。
人の命を弄ぶように支配し、偽りの神を名乗るクソ女神。
こんな奴に自分の命を、魂を、好きにさせるなんてたまったもんじゃない。
ーー逃げる。逃げる!
ーー私は此処から、絶対逃げ切ってやるっ!!!!
そしてその思いの丈をぶつけるように、京子は大声で叫んだ。
「あんぁっ!!!!!!!(転移っ!!!!!!!)」
瞬間、京子と5人の使徒がその場から消えた。
後に残ったのは、突然消えた京子たちの居た場所で折り重なった黒鎧の騎士たちと、顔を引き攣らせた女神だけだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます