魔力供給と裏切り・3

「あぁあ、あぁ、あぁ!(女神、顔、かおっ!)」


被ってた猫がどっか行ってるよ! と、魔法陣の中で女神を正面から見てる京子は叫ぶが、女神は京子の声など聞こえていない様子で大きなため息を吐いた。


「はぁーーーーー………長かった…、とても長かったわ…」

「……あぁあ?(……女神?)」

「め、女神様……?」




「魔王を蘇らせるために300年……

 この世界に魔王を蘇らせるために…


 私がどれほどの時間を費やしてきたかっ…!!


 どれほどこの時を待ち望んでいたかっ!!」




「「「「「!!?」」」」」

(!!?)


絶叫とも言える女神の叫び声に、この場に居た者すべてが息を呑み女神の豹変に目を見開いた。


「■■■■■■■■■■■■■! ■■■■■■■! ■■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■■■■! ■■■、■■■、■■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!」


女神の口から紡がれた言葉の羅列は誰一人聞き取ることの出来ない。


しかし、その声に、その言葉の羅列に呼応するように女神によって作られた天井の魔法陣が赤く輝き、使徒によって描かれた魔法陣から放たれる黄色い光を吸い上げはじめた。


天井の魔法陣が黄色い光を吸い込む勢いは次第に増していき、使徒たちが描いた魔法陣が起こした風さえも吸い込むよう、ゴォォッと言う低い音を立てはじめる。


その魔法陣の中心に居る魔王である京子は…、


(っぅぐ…、なにっ…、私の中から、何かが吸い取られてるっ…!)


急速に体内の血液を吸い取られているような、血圧が急降下するような、意識が一気に飛んでしまいそうな不快な感覚に京子は目を回し、魔心の上からその首を落下させてしまった。


(ヤバイ…、ヤバイ…っ、入院してたころだってこんな最悪な状態にはならなかった…っ)


ぐるぐる回る視界。耳鳴りが酷すぎて何も聞こえなくなった耳。

平衡感覚も失い、どちらが上なのか下なのか、もう何も分からない。


(スゴイ……、命が…、命を……削られてるみたいだ…)


下から上に黄色い光が帯を成して幾つも登っていく。その一つ一つの光りの帯が、京子には命の断片のように見えた。

天井で赤く光る魔法陣は、『冥界への門』にさえ思えた。



「はぁぁん…っ、たまらなぁい…! なんて、なんてスゴイ魔力ぅ…!」



なまめかしい声を発し、細い腰をくねらせながら、女神は自分の胸元、ちょうど心臓のあたりをつつつ…と指先で撫でた。

女神のその胸元が、ぼんやりと黄色い光を発している。


朦朧とする意識の中、京子は女神を見上げた。


ーーあぁ、その顔。そうそう、あんたの本性はそっちだよね。


ーーニヤニヤと口の端を吊り上げて、瞳を爛々と輝かせたいやらしい笑い方。


そっちのほうが似合ってる、あんたらしい。と、心の中で呟いたら、思わず皮肉な笑みが京子に浮かんだ。



(これは死ぬな)



覚えのある感覚が近付いてきていた。

全身を包む脱力感。白くぼやける視界にじわじわと薄れていく意識。

魔王に転生する以前、病院のベッドの上で体験した『死』のカウントダウン。


(管が切れてるの…バレずに、デイルカーンさんが無事で…いられ、…ます、よーー)


「ひぃぃっ!?」

「な、なんだこれは!?」

「女神様!? 女神様っ!!」


デイルカーンが何か必死に叫んでいる声が聞こえた気がして、京子の視線は女神の背後へ動いた。


「うわぁぁぁっ!!?」

「女神さまっ!? 何が起きているのですか!?」

「女神様っ!!?」


5人の使徒を包んで居た黒い膜の中を、じわじわと黒い煙のようなものが満たし始めていた。

女神の背後に居た4人が手のひらを膜に押し付けたり、叩いたりと激しく動いている。

しかし、黒い膜は彼らの動きに合わせて伸び縮みするだけで、中からは破れる様子はない。


「め、女神様! 魔法陣の起動を止めましょう!? 何をなさるおつもりですか!?」


と、必死に叫んでいるのはファーレンだった。

ファーレンも女神の後ろの4人と同じように、黒い膜の中に閉じ込められ必死に叫んでいる。


「ーーーーーーーっ…!!!」


その光景を目の前にして、京子は存在しない肺に一気に酸素を取り込むように空気を吸い込んだ。


それは、死の淵に居た京子が息を吹き返した瞬間だった。



「止める? あははははははっ! バカねぇ、言ったでしょう? 私はこの時を待ってたって」

「な、何をするおつもりですか!? こんな事聞いておりません!!」

「ほんとバカねぇ。言うわけないじゃない。けどまぁ、どうせ貴方たちとはこれでお別れだから教えてあげる♪」

「おわかれ…? なにを…、」


女神はファーレンに視線を合わせ、にやぁっと、口元を歪めた、


「教国に魔王から得る魔力を広げるなんて嘘よ。この魔力は私のために私が使うのよ。ふふふっ」

「…なにを……言って…、」

「最後だから貴方たちには特別に教えてあげる」




「私の名前は『ツィチー・ミトォ』。5,000年前に次元に穴を開けて異世界からこの世界にきた死霊魔術師ネクロマンサー、元は貴方たちと同じ




誰も声を発せなかった。

異世界? 死霊魔術師ネクロマンサー? 元人間?


「私は元々この世界の人間じゃないから『魔心』を持っていないのよ。つまり、身体の中に魔力がないのよね。

困ったことに、この世界に生きる者は体内に魔力が無ければ生きていけないのよ。そのせいで、こちらに来た瞬間から私は死にかけたの。

じゃぁ、魔力を持たない私はどうしたかって言うとね、ちょうど近くに居た人間や獣人たちから魔力を奪って命を繋いでたってわけ」


懐かしい。と、当時を懐かしんで思い出話でもするように女神は笑みを浮かべて語った。


「世界崩壊の影響でせいか、私の身体を維持するための魔力の集まりが年々悪くなって来てたのよ。だから魔王を作ったのよ。ふふふっ」


誰も、何も言えなくなっていた。


「貴方たちには感謝しているわ。憎ったらしいのせいで私にはこの世界の魔法陣を理解できないし、魔法も使えない。魔心を持った身体を作っても魔心は動かない」

「…そんな、…それじゃ、あなたは…いったい……」


震える声で問いかけたのはデイルカーンだった。


「私は女神『ツィチー・ミトォ』。

 この世界の新たな創造神になる女神よ」

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