魔力供給と裏切り・2

「ようやく完成したのですね…!」

「当初の予定より完成が遅れてしまい、大変申し訳ありませんでした」

「いいえ、よくやってくれました」


にこやかな笑顔を浮かべながら女神が後ろに控える4人の使徒に労いの言葉をかければ、4人は感激に声を震わせながら「もったいなきお言葉!」とその場に跪いた。


(うぅ…っ! いよいよ来た…!)


白い管が千切れている事がいつ女神にバレるかと、京子の緊張はこの時点でほぼMAXだ。

女神の様子をチラチラと伺えば、彼女は満足げに何度も頷きながら魔法陣を眺め、使徒たちと話し込んでいる。


(はーーー! バレませんようにっ!)


京子の祈りが届いているのか、今のところ女神にバレる気配はない。


「では、早速試してみましょう」

「今からですか? すでに夜も遅い時間ですので、女神様がお休みになる時間が削れてしまうのでは」

「ふふっ、心配には及びません。わたくしに睡眠は不要なのをお忘れですか? それに、今回は試すだけです。上手く動くかを見せてください」


あぁ、なるほど。と、ファーレンは頷き、他の3人の使徒も女神の意図を理解して頷いた。


「あぁ、扉は閉めておいてください。それと、貴方も中へお入りなさい」

「えっ…」


貴方と呼ばれたのはデイルカーンだ。

彼は魔王の居る部屋に女神が入って来たのと入れ違いに部屋の外へ退出していた。


「貴方が献身的に魔法陣の制作の補佐をしていたと彼に聞きました」


女神はその視線をファーレンに向けた。


「…ファーレン殿に?」


困惑の表情でデイルカーンは女神とファーレンを交互に見つめ薄茶色の瞳を大きく見開いた。


「貴方を使徒13席に戻しましょう」

「なんとっ…!?」


いっやふーーーーーーーーっ!!!!

おいおいおいおいっ! ファーレンさん!!

貴方ツンデレ!? どういうことぉ!?

めっちゃイイやつじゃんっ!! ファーレンさんっ!!


と、人知れず一人で狂喜乱舞しているのは京子だ。


「ファーレン殿が女神様に進言してくださったのですよ。貴方を13番目の使徒に戻していただきたいと」

「…っ、ありがとうございますっ! 女神様! ファーレン殿!」

「ふんっ、俺は事実をお伝えしただけだ。お前が使徒の席に戻りたがっていると」

「はい…っ、はいっ…! ありがとうございます!」


デイルカーンは溢れそうになる涙を必死に堪えながら、深々と頭を下げた。


(良かったね! デイルカーンさんっ! 本当に良かった! ファーレンさん、本当はめっちゃいい人なんだね! 私も感動で泣きそう…!)


一人ぷるぷると涙を堪える京子に女神たちは気付いていない。


「ふふっ、さぁでは中に入ってその扉を閉めてください。鍵はしっかり掛けてくださいね」

「はっ!」


ズズズ…、ガチャ、ガチャリ…と、重い音を響かせながら扉は閉められた。

女神はそれを確認すると、魔王に向かって歩きだした。


「こんばんは、魔王」

「…あぁあんあー(…こんばんは)」

「ふふっ、ちゃんとご挨拶してくれて嬉しいわ」

「……」


うっそりと微笑む女神の顔に京子は内心冷や汗タラタラだ。

そんな京子の心境に気付いていない女神と使徒たちの話は魔法陣の試運転に向けてどんどん進んでいく。


「貴方、魔法陣について説明してください」

「はっ」


女神に『貴方』と呼ばれたのは女神のすぐ近くに立っていたアレグスだ。


「魔法陣は三段構成となっております。一段目、魔王の魔心の中心が魔力の抽出、二段目で魔力を安定させ、三段目で魔力をこの部屋の上に位置する神殿へ送ります」

「なるほど」


女神は白く長い指先で顎のあたりをトントンと叩き何か思案している。


「少し手を加えます」

「「「「え?」」」」


女神の発言に驚き、魔法陣を描いた使徒4人が顔を上げると、女神の足元から黒い文字のような物がしゅるしゅると四方八方に伸びた。


「これは…」

「ふふっ、これはこの世界でわたくしだけが使える魔術です」

「女神様の魔術…!?」


使徒5人は「おぉ!」「すごい!」と感嘆しているが京子は頭の中に疑問符を浮かべていた。


(女神の魔術? 死霊魔術のこと?)


黒い術式は床を滑り、壁を滑り、やがて魔法陣の上に円環を作るように集まり、黒い魔法陣のようなものが出来上がった。


「魔法陣…!?」

「こ、こんな一瞬で…」

「女神様、この魔法陣は一体…?」

「これは神殿に向かう魔力をわたくし向ける魔法陣です」


え?


と、この場に居た女神以外の者たちの頭に疑問符が浮かぶ。


「ふふっ、皆さんお忘れですか? 本来であれば神殿に向かった魔力をわたくしが受け取り、教国やその周辺国に広げるのですよ? 今わたくしは神殿に居りませんもの。ふふふっ」


あぁ! 確かに! と、5人の使徒と京子は頷いた。(京子は心の中だけでだが)


「では、始めましょうか…あぁ、その前に」


女神の白い腕が魔王の首に伸び、両頬をその手で挟むと天井の魔道具から頭頂部を取り外した。

スポンっと言う間抜けな音が部屋に響き、女神の後ろで使徒たちが苦笑いを浮かべている。


「此処からではこれから起こる事が見えないでしょうから貴方は此処に」

「あ…?(え…?)」


魔王の頭は女神の手によって魔心の上に飾られた。


「あ、あぁあーー! ああああっ! あああ、あーあぁあああぁああー!(ちょ、ちょっとーー! 此処はないでしょ! せめて、テーブルの上とか!)」


ふふふっと笑う女神の後ろで使徒たち5人が微妙な顔で魔王である京子を見ている。

もともと生首と魔心だけの人外極まれりの姿である魔王だが、ちょうど魔心の上から不気味な人の生首が生えている姿もかなりヤバイ。


「……生首じゃないだけマシ…なのか?」

「いや、どちらにしても…」

「何か叫んでいますが…怒っているのでしょうか…?」

「あの顔から表情を読むのは難しいです…」

「魔王……」


上からファーレン、ロジット、アレグス、ヒューレビット、デイルカーンが何とも言えない表情で魔王を見ている。

デイルカーンの目だけには哀れみも浮かんでいる。


(くぅぅ…! 女神め! 絶対わざとでしょっ!?)


「では…、貴方、はじめてください」

「はっ」


京子の叫び声を無視して、女神は背後を振り返りちょうど端に居たファーレンに指示を出した。


(あれ? 女神…、もしかして5人の名前覚えてないんじゃ…)


思い返してみれば、女神が使徒たちの事を名前で呼ぶところを京子は見たことがなかった。

いつだって『貴方』と言って、視線を投げて指示を出していたと思う。


(視線を合わせた方がキレイに見えるとか? でもそれなら視線を合わせた上で名前を呼ぶほうが印象はもっと良さそうだけど……)


ここは教会だし、教義に神様が人の名前を呼んではいけないなんてルールもあるかもしれないと思うことにした。


(だって、そんなことよりも…)


これからどんな事が始まるのか、京子の思考はそちらに一気に傾いた。


「では、魔法陣を起動します」


京子の正面に立つ女神から少し離れた位置にファーレンが立ち、両の手のひらを魔法陣に向けた。


(あ、ファーレンさんのあのポーズ、メモ帳で見たやつ)


人形のシルエットの中に魔心があり、魔心を中心に魔力が流れる矢印が描かれ、その魔力が手のひらから外へ出力される。


(メモ帳に描いてあったイラストと同じだ…)


魔力は目では見えないが、ファーレンが手をかざしている辺りから魔法陣が徐々に黄色く光りだした。


(わぁ! スゴイ…、キレイ……)


魔法陣に描かれた文字や記号をなぞるように、黄色の光が魔法陣全体に広がっていく。やがて魔法陣全体に魔力が行き渡ったのか、密室となっているはずの部屋の中で、魔法陣を中心に風が渦巻きはじめた。


女神はその風に煽られる長い髪を片手で抑え「ふふふっ」と笑うと足元から新しい魔術を発動させた。

それは先程天井に描いた魔法陣と同じ要領でするすると床を滑り、5人の使徒の足元で円環を描き、黒い膜のような物を出現させて使徒たちひとりひとりを包みこんだ。


「これは!?」

「念のための結界のような物です。貴方がたが怪我などしないように…ね?」


女神の言葉に彼女の後ろに控えていた4人が「ありがとうございます!」と感激の声を上げたが、女神の顔を正面から見ていた京子、そして女神の側で魔法陣に魔力を流したファーレンはその顔を引き攣らせた。


「め、がみさま…?」

「あぁあ、あぁああぁあああー…?(女神、顔失敗してるよ…?)」


ぐにゃり…と、口の端を大きく上げ、目をギラギラにして見開いた女神の顔にファーレンは言葉を失ってしまった。

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