魔力供給と裏切り・1

「完成だ…!」


京子の背後で誰かがそう言った。


京子がこの世界に転生してから約二ヶ月が過ぎようとしていた頃だった。


「ようやくですね」

「あぁ、まったく。この劣悪な環境ともやっとお別れできる」

「最近は随分とキレイになったと思いますが」

「デイルカーン殿が懸命に掃除をしてくださったおかげですね。ありがとうございます、デイルカーン殿」

「いえ、皆さんのお役に立てていれば幸いでございます」


そんな会話を後頭部で聞きながら、京子はうんうんと何度も頷いていた。(実際には頷く頭がないので気持ちだけだが)


彼らの会話の内容の通り、デイルカーンは監視役となってから毎日かかさずこの部屋を掃除していた。

魔王の魔心から絶えず流れ出るドロドロの血液をブラシで洗い流したり、風の魔法で悪臭を部屋の外に流したり。

京子には見えなかったが、使徒4人が魔法陣を描く作業中にも彼らの手元が汚れないようにと細々と動いて掃除に勤しんでいたのは5人の様子から感じ取っていた。


そんなデイルカーンの献身とも言える態度から、使徒たちも思うところがあったのだろう。

日に日に使徒たちのデイルカーンに対する態度が軟化していったのだ。


デイルカーンは使徒の一席から脱落した者ではあるが、自分たちと目的は同じで、女神様のため、教国の国民のために現在の職務をまっとうしようと努めているんだと伝わったのかもしれない。


「ふんっ、それもこれも使徒の13席に戻るためであろう」


とは、使徒の一人の発言だ。

デイルカーンの仕事ぶりを良い方向へ捉える人間も居れば、悪い方向に捉える人間も居るのだ。


「…ファーレン殿、そうと思っても口に出すのはいかがなものかと」

「デイルカーン殿が居たおかげで我々は助かっていたはずです」


(偉そうな人が赤い髪のファーレンさんで、銀髪の優しい雰囲気のオジサマがアレグスさん、同じく青い髪のヒューレビットさん)


「ふんっ、おい女神様にご報告だ」

「あ、はいっ」


(それで金髪のちょっと気の弱そうなオジサマがロジットさん)


ここ最近になってやっと使徒4人の顔と名前を覚えた京子だが、転生以前は人の名前を覚えるのがそれほど苦手ではなかったのだが、今の自分の脳はシナプスが切れているのか足りていないのかもしれないと思っている。


(所詮作り物だし、元になってるのが人の脳とは限らないもんね…)


魔心が元々はドラゴンの物なのだからその可能性は大いにありえた。


そんな事を考えている京子の目の前を偉そうなファーレンと気弱そうなロジットが通り過ぎていく。


(いよいよ魔法陣が完成しちゃったか……。……マズイかも)


マズイとは、言葉の通り京子にとってマズイ状況になっていると言うことだ。


(白い管、全然元に戻せてないのに……)


そうなのだ。

結局、千切った白い管たちは元に戻せることなく、今も引き千切られた時のままだった。


(いよいよ女神にバレるな)


バレたらどうなるか。

京子の予想では、白い管は元通りに治されるだろうと思っている。魔心が栄養不足で機能しなくなっては元も子もないからだ。

問題は京子の自我がどうなるかだ。自由に管を動かせることを知られれば、思考するための脳の一部を削られるのではないかと考えている。


(前頭前野、側頭葉あたりがなくなったら自分で考えて動くことは出来なくなるはず……。けど、女神が脳の機能を正確に熟知してるとも思えないんだよな)


女神は『私としては頭も要らなかったんだけど』と言いおいてから、魔心を動かすために脳が必要だったと言っていたのだ。


魔心が心臓と同じように自発で鼓動している事を考えれば、脳のどのあたりが必要なのか予測はできる。


(心臓と同じようなものなら延髄や脳幹の機能が生きるように脳を作ればいいと思うんだけど。そうしたら思考することは最初から出来ない訳だし魔王が脅威にはならないと思うんだけどなぁ)


京子は倫理観のない彼女なら人の脳をいじって植物状態の生き物を作ってしまってもおかしくはないと思う一方で、サイコパスな性格から人が嘆き苦しむ姿を見るために脳をきちんと機能させている可能性もあるとも考えはした。


が、女神はそこまで脳の構造を理解出来ていない可能性があると推測もしている。


しかし、今更あれこれ考えていても仕方ない。

白い管が魔心に繋がっていない事はすぐにバレ、京子は脳に何かしらの魔改造を受けるであろう覚悟を決めなければならない状況は変わらないのだ。


そして、白い管が千切れた理由を聞かれた時にデイルカーンを京子は庇い切れるのか。


(あぁ…っ、ドキドキしてきた…!)


京子の心情に合わせて魔心もドクンドクンッと、鼓動を強めていった。

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