ミトォ教国・2

「貴方たちの村が魔獣に襲われ、住む場所を失ったと聞きました」

「は、はい…! こ、ここから歩いて2日くらいにある、ホ、ホーリィという村だ、ですっ!」

「ふふっ、楽にしてください。言葉は無理をしなくても大丈夫ですよ」


ほぉ…と、その場に居た村人たち全員が、ほうけるように女神を見上げその美しさに息を飲んだ。


くせのない真っ直ぐな金色の髪は神殿の壁に埋め込まれた灯りをキラキラと反射させながら輝き、日に焼けていない白い肌は嘘のように滑らかで、顔を飾る美しい青い瞳、可愛らしささえ感じる小さな鼻と熟れた果実のような魅力的な唇は完璧な配置で顔に収まっていた。

細く頼りなさを感じる女性らしい首と肩をさらけ出し、スレンダーラインの白いドレスの胸元からは豊満な乳房がその存在を主張している。


ゴクリ…と、村を襲われ悲壮感に襲われていたはずの男たちの喉が鳴るのも仕方ないと言うほど、女神はとても美しく、そしてとても魅力的な姿をしていた。


魔獣に村を襲われ、大門に逃げ込んできた村人は15人。村には30人ほどの村人が居たのだが、生き残ったのはそれだけで、15人の中に老人と女はおらず、比較的若い男たちと、年端も行かない子供が3人だけだった。


彼らは大門から騎士たちに教会の中央にある神殿へと案内された。

騎士は「此処で待つように」とだけ彼らに伝えると神殿の扉を閉め、その場を後にした。


村人たちはと言うと、これほど迅速に教国に保護してもらえるとは思ってもいなかったので、教会内のそれも教会の中央に位置する『神殿』と呼ばれる場所に案内され、みなやっと人心地ついたと互いに無事を喜びあっていた。


そんなところに女神は音もなく現れたのだ。


見たところ、神殿の出入り口は村人たちが入ってきた大きな観音開きの扉のみ。そこから長方形に伸びた形の部屋となっており、天井は高く窓はない。中央には赤く柔らかな絨毯が敷かれ、左右にはベンチが並んでいる。


部屋の一番奥に高い祭壇があり、女神はその祭壇の上に突如現れた。


そして「こちらに」と、優しい声色を神殿内に響かせながら、驚きに目を見開く村人たちを呼び寄せた。


女神は自分の目の前で両膝を降り、祈るようなポーズのまま頬を染めて見上げてくる村人たちにトロリとした甘い微笑みを浮かべて優しく語りかける。


「安心してください、私は創造神のように貴方たちを見捨てたりしません」

「あぁ! 女神様…っ!」

「かつての世界崩壊で、嘆き苦しみ、死んでいく多くの人々をただ見ているだけだった創造神とは違いますから」


ふふふっと、笑う女神に生き残った村人たちは涙を流しながら何度も何度も「ありがとうございます!」と感謝を伝え、頭を床に擦り付けた。


「では、皆さん。目を閉じてください」


村人たちは女神の言葉に従い、祈りのポーズのまま目を閉じる。


「貴方たちを魔獣の居ない安全な場所に案内します。そこでは魔獣の脅威に晒される事はこの先一生来ないと、女神であるわたくしが約束します」


女神のその言葉に村人たちは喜びに震え、目を閉じたまま笑みを浮かべていた。


「貴方たちに女神の祝福を」


女神のその言葉の直後、女神の足元から村人たちがひざまく床の上に黒い術式が走った。


それはこの世界には元々存在しなかった呪術で作られた術式。

死霊魔術だ。


「おっぉとおっぁにはもう会えないの?」


小さな子供が女神を見つめながら声を出した。

その言葉に釣られて、子どものとなりに跪いて居た村人数人も目を開けてしまった。


「チッ」


とは、何処から聞こえた舌打ちなのか。


女神を見つめていた子供は更に「え?」と声を上げた。


子供が見たのは、先程まで美しく微笑んでいたはずの女神の顔だった。その顔はまるで汚物でも見るように子供を見下ろし、忌々しげに口元を歪めていた。


「これだから子供は嫌いよ」


女神の声でそんな台詞が村人たち全員の耳に届けば、誰もが驚き、目を見開き女神を見上げる。


そこに居たのは確かに美しい女神だが、顔も雰囲気も先ほどとは全く別人のそれだった。


「黙っていれば見なくて済んだのに、バカな子」


女神がそう言った瞬間、村人たちの足元を流れるように動いていた術式が、村人一人ひとりの足元で円環を描いた。小さな魔法陣のようになった術式はぽぅっと、一瞬だけ赤く光ると、村人たち一人ひとりをまるで卵の殻のような形の黒い膜で包みこんだ。


「な、なんだこれ!?」

「女神様っ…!?」

「だ、だしてくれ!」

「女神さま…!!?」


にやりっと、厭らしい笑みが女神に浮かぶ。


「恨むなら声を出したその子を恨みなさい。黙って目を閉じていれば何も知らずに死ねたのに」


「死…!?」

「な、何を言って!?」

「うわぁぁぁぁぁぁーーー!!!!?」


半透明の黒い膜の中に、不気味な黒い煙のようなものが充満していく。

恐怖に顔を歪めた村人たちが膜の外に出ようと必死に藻掻いているが、膜は破れる事なく、黒い煙を充満させていく。


藻掻き苦しむ村人たちの手が紅葉の形で膜に押し付けられているのを女神は面白そうな表情で眺めていたが、やがてその手も煙の中に飲まれ、中は何も見えなくなった。


真っ黒な卵のような大きな塊が15個、祭壇の前に不気味に並んだ。


「ふふっ、ほんとバカな人間たち」


女神は佇んでいた祭壇から降り、出来上がった黒い塊を眺めるように周囲を歩く。

まるで時間が過ぎるのを待つように、女神が15個の黒い塊の周囲を3周ほどした頃だった。

塊の一つが小さく縮みだした。


「あら、こんなに早く魔石になるなんて。魔法が使えない人間だったのかしら」


黒い塊が縮みきった床の上には、水晶のような小さな石が転がっていた。


「いやぁねぇ、こんなクズ魔石じゃゴブリンくらいにしかならないじゃない」


使えない人間ね。と、女神は忌々しげに呟いた。






「あいつらどうなったんだ?」

「村が魔獣に襲われて逃げて来た連中なら今女神様が別の町に送り届けてくれてるところだ」

「流石は俺達の女神様! こんなにすぐに助けてくれるなんて」

「そうだよな。他の国なら見捨てられてもおかしくないもんな」

「やっぱ国を捨てて教国ここに来て正解だったぜ。食うもんにも困らないし教会の騎士として身を立てれたし」

「だよなぁ。俺の生まれた国じゃ貴族の4男なんてどんなに頑張っても領地を守る騎士隊長がせいぜいだったぜ。けど、この国なら魔法を使えれば国民を守る騎士としてやとってもらえるし、毎日腹いっぱい食わせてもらえる」

「女神様が居るこの教国なら、みんなが幸せに暮らせるよな」


村人たちを神殿に案内した騎士は何も知らないまま、はははっと幸せそうな笑い声を上げて大門の警備に戻った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る