ミトォ教国・1
日没が過ぎた教国に、魔道具の灯りが灯りだすと、教国の中央に鎮座する白い教会の壁が闇夜に幻想的に浮かび上がる。
ミトォ教国のこの教会こそが、国の象徴的な建物で、女神ツィチー・ミトォが御わす神聖な場所として世界中から強い信仰を集める場所となっている。
教会の正面に設置された
実際、この国で生まれ育った年配の者たちはこれまでの人生で教会の大門が閉じられている状態を見たことはなかったし、閉じたと言う話を親や祖父母の代からも聞いた事はなかった。
『女神様はいつだって我々に手を差し伸べてくださる』
そしてこの国、いや、この世界では5,000年前の世界崩壊の後からずっと
『女神ツィチー・ミトォこそが
と、言われ続けている。
そんな世界では今、魔法を使えない人々が増えていた。
使えないと言っても全く魔法が使えない訳ではない。小さな火種を起こしたり、コップに水を溜めたり、汚れを落とすためのクリーンの魔法など、『生活魔法』と呼ばれるものは使えている。
使えないのは大量の魔力を消費する魔法だ。
分かりやすい例で言えば、戦いの場で使われる『攻撃魔法』とも呼ばれるものだ。大きな火球を作る『ファイヤ』や、火や水が矢の形を成して飛んでいく『ファイヤー・アロー』『ウォーター・アロー』、水や風を鋭い刃のようにして飛ばす『ウォーター・カッター』『ウィンドウ・カッター』や、石礫を飛ばす『ストーン・バレット』など。
これらの魔法は国を守る兵士や冒険者などをやっている者がよく使う魔法の一部だ。
そしてこれらの魔法はこの世界で生き抜く人々にとって必要不可欠な物なのだ。
この世界には約5,000年前から『魔獣』と呼ばれる種族が跋扈するようになった。
元々、世界には『野獣』と呼ばれる生き物たちが森の中で生きていた。そこに5,000年前のある日、突如として『魔獣』が生まれ始めたのだ。
『魔獣』については見た目だけでは『野獣』と区別がつけにくい物が多いが、『魔獣』と『野獣』はそれぞれ全く異なる生物だ。
見た目だけでは分からないが、腹を
しかし、『魔獣』は魔心を持っておらず、代わりに心臓の中に『魔石』を持っていた。
そして『野獣』と『魔獣』は見た目だけでは違いが分からない事が多いが、『野獣』はこちらが手を出さなければ襲ってくる事はまずない。『野獣』が子供を連れた状態の時は襲われる事もあるが、『野獣』が自ら人などを襲うのはそれくらいしかないのだ。
だが『魔獣』は常に人を襲う。
人だけでなく、『野獣』もその被害に合っている。
『魔獣』は人や野獣を襲い、魔心を好んで喰うのだ。
そんな『魔獣』がこの世界に溢れ、人々の生活を脅かしている。
魔法は人々にとって『魔獣』から身を守るために必要な武器の一つなのだ。
そんな魔法が使えない人々が世界に増え続けている。
そして今夜、閉じられることのない教国の大門の前に、魔獣の大群に村が襲われ、命からがら逃げ延びた村人たちが集まっていた。
「騎士様、助けてくれ…!」
「野獣たちの森に魔獣が住み着いちまったんだ」
「それで俺達の村が魔獣の群れに襲われちまって!」
「もう…、とても住めそうにない…っ」
「おっとぉ…っ、おっかぁ…」
魔獣に襲われた村の生存者たちが嗚咽を漏らしながら、教国まで必死に逃げ延びてきたんだと、大門の前で警備にあたっていた騎士たちに助けを求めた。
「お前たち、よく此処まで逃げ切ったな! おい、誰か使徒様たちに報告を!」
「安心しろ、お前たち、教会はお前たちのように住む場所を失った者たちを見捨てたりしない」
「あぁ、きっとすぐに女神様が直接お会いになってくださるはずだ」
女神様が…! と、騎士たちの言葉に泣きぬれていた村人たちの表情に光がさした。
これは、教国ではよくある光景だった。
守りが堅い国や大きな街とは違い、魔獣対策の塀や壁のない小さな町や村が魔獣に襲われる話はよくあるのだ。そうして、住む場所を失った村人たちが助けを求めて教国にやってくる。
教国はそういった人々を大門から受け入れ、この先どうしたら良いかは、『女神様が直接お言葉をくださる』と案内し、教会の中で一時的に保護する。
「女神さまに会えるの?」
涙で目元を真っ赤にした小さな子供が、白いマントと鎧を身に着けた騎士を見上げて尋ねた。
騎士はその場に片膝をつき、子供と視線を合わせニコリと優しく微笑んだ。
「あぁ、会えるぞ。女神様はいつだって俺達に救いの手を差し伸べてくださる」
その答えに、子どもの瞳は教会を照らす灯りを反射させてキラキラと輝いた。
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