魔法とは?

脳からの栄養を再度魔心に接種させるにはどうしたら良いか。

はたまた、栄養が魔心に届かなくなっている事をどうやって隠すか。


これが京子の悩みのタネだ。


時刻は深夜。


(デイルカーンさんが夜の掃除を終わらせて出ていってからだいぶ経ったし、多分深夜になったよね)


京子は天井から伸びる魔道具の吸盤から頭を外して自身の魔心を前に、管の触手で腕組みをした。


(管をただ刺し直すだけじゃ栄養は行かないみたいね)


腕組みしながらも数十本の白い管をブス、ブスと魔心に突き刺してみるが、管を通ってくる栄養の液体が魔心の中に浸透している気配はなかった。

おそらく、刺すだけでは意味がないのだ。血管と同じように、栄養が通る道が魔心の中にあるのだ。


それが京子が腕の代わりにした白い管だったのだ。


幸いしたのは、脳から魔心へ栄養を送る白い管はまだ数十本繋がっている事だった。

そのわずかな本数で栄養は魔心に届けられているため、魔心はまだ鼓動を続けていられた。


(ともかく色々試してみよう。まずは千切ったとこをくっつけられるか)


白い管で魔心の表面を撫でれば、悪臭をはなつ血液がぐちゅっと管に絡む。

魔心の表面からは絶えず粘土の高い血液が流れている。その血液を掻き分けて、肉塊の表面を探れば、京子が引き千切った白い管の残骸がところどころから出ていた。


この絶えず流れ出てくる粘度の高い血液が引き千切られた管の先を隠してくれるお陰で女神や使徒たちに管が切れていることを気付かれずに済んでいる。


(これと繋ぎ合わせられれば栄養が届くと思うんだけど…)


腕のように汲んだ細い管を1本だけ操り、千切れた部分が繋がるように合わせてみるが、


(くっつくわけないよねぇ)


接着剤でも無ければ無理だと言う事に予想はついていた。


(接着剤…。そういえば、あの道具箱って何が入ってるんだろう)


部屋の隅には使徒たちが魔法陣を描くために使っている道具を収めている大きいな道具箱が置かれている。


見てくれば木製の大きな宝箱と言った感じだ。その道具箱がこの部屋に運ばれて来たときには頭の中をあの有名なRPGゲームのテーマソングが流れたものだ。


「ふんふふーふーふーふーふーーふーー♪」と、テーマソングを鼻歌交じりにさえずりながら道具箱に近付き中身を確認させてもらう。


京子がこの部屋の中で動ける範囲は限られているが、長年不自由な身体で過ごしてきた京子にとってはこれだけでも十分幸せな事だった。思わず鼻歌が漏れてしまう程度には自分の意思で動かせる今の人外の身体に浮かれている。


(さて、何が入っているのかな?)


道具箱の大きさは小学生くらいの子供ならすっぽり収まってしまうくらいだ。閉じられた蓋を白い管の触手で難なく開けて中身を確認させてもらう。鍵がかかっていないのは、この部屋を訪れる人間が限られているからだろう。


(えっと、この壺には確かインクが入ってたよね)


道具箱の中で一番大きい物はインクが入った壺だった。京子もこの壺は何度も見ていた。使徒たちがこの壺の中のインクを柄杓ひしゃくのような物ですくって絵具皿のような小さな皿に移していたのだ。

インク壺の横には小さな壺が並び、中に筆が立ててある。その横には絵具皿10枚ほどが重ねられて置かれてある。


(ふむ…。使えそうな物は特にないな…)


他には羊皮紙が数枚入っていたが、そこに書かれている文字も魔法陣のような物も京子にはさっぱり読めなかった。


(現実の異世界転生はこーゆーのを異世界チートで読めるんじゃないんだねぇ。残念)


ちょっぴりそういうチートに期待をしていたので残念ではあるが、今後文字を学べる機会もあるかもしれない。いや、むしろそういう機会を設けられるように励みたいと京子は考えている。


なにしろ、京子は暇なのだ。


その暇を潰すためにも文字を学ぶ機会チャンスを作りたいと、真面目に考えている。

それに文字を覚えればこの世界の本を読めるチャンスも巡ってくるかもしれない。


人外に生まれ変わってしまったが、京子はこの先の自分の未来に希望を抱えて生きているのだ。


(ん~~…。使えそうな物はないかぁ…、ん?)


接着剤になりそうな物は見つけられなかったが、本のような物が羊皮紙の下から出てきた。


(わーーー! これってこの世界の本? あ、でもタイトルも何もない)


無地の革張りのそれを開くと、中は京子が良く知る薄い紙ではなく羊皮紙が挟まれていた。

パラパラとページをめくってみれば、羊皮紙には走り書きのメモのような物があり、本ではなく誰かのメモ帳のようだった。

中のページには文字だけでなく手書きとわかるイラストも描かれていた。


(上手な絵だな~~! これって植物の絵だよね。誰が描いたんだろ?)


絵心が全く無い京子からしてみれば、手書きと分かるそのイラストには関心ばかりが募った。パラパラとページを捲り終えてはまた最初からページを眺め直してを繰り返し、挿し絵のようにページを飾るイラストを何度も何度も眺めた。


こんなステキな絵が描けたら楽しいだろうなと考え、自分もいつか絵を描く機会が巡って来るかもしれないと、また一つ、未来への希望が芽生え始める。


(あ、これって、魔法のことなのかな?)


メモ帳のような物を何度も眺めている内に、そこに描かれたイラストから、なんとなくだがページに書かれている内容が何を示しているのか分かるような気がしてきた。


京子が眺めていたページには、転生前の病院でも何度か見た事があるイラストが描かれていた。

人の輪郭だけを切り取った絵に、口と鼻から喉を通って、肺や心臓、胃や腸のような内蔵が描かれているイラストだ。頭部には脳も描かれている。

京子にとって馴染み深いそのイラストだが、心臓の横に見慣れない臓器が描かれているのが気になった。


京子の知識の中には存在しない臓器だ。


(これ…魔心?)


魔心と思われる臓器以外の臓器は、すべて京子にも分かる。何処になんの臓器があるかは長い闘病生活のせいもあって完璧に把握済みだ。そんな京子にとって、初めて見る臓器。


(そうだ。きっとこれが魔心なんだ。人の身体の中に描かれてるってことは、この世界の人間はみんな魔心があるって事なのかな…)


ほぉーと、新たな発見に関心しながら次のページを捲れば、その魔心から全身に血管のような物が走っているイラストだ。


(きっとこれが私にもある黄色い管の事だよね)


白い管は栄養を運び、赤と緑の管はたぶん血管。


そして黄色い管は魔力が流れている管。


京子はそう考えていた。


理由は、デイルカーンを助けた日に起きた『クリーン』の魔法だ。

京子は自分の血で汚れてしまったデイルカーンをキレイにしてあげたいと言う気持ちを込めて心のなかで『クリーン』と唱えた。その瞬間、黄色い管が光りデイルカーンの周囲にクリーンの魔法が起こった。


(クリーン!)


京子が背後にある魔心の方を振り向き、心の中でそう唱えれば、魔心を覆っていたドロドロの血液もその下に落ちた床の血液もキレイさっぱり消えている。

そして、京子の視界の中に収まっていた黄色い管も光っている。


(魔法最高ーー!!)


と、白い管の触手でバンザイをしながら京子は大興奮だ。


京子は魔法が使える。

女神は魔王は魔法が使えないと言っていたが、舌がなくても魔法は使えた。心の中で念じれば使えてしまった。


一応この事は女神には内緒にしておいた方がいいと思っている。使える事がバレてしまえば使えないように何かされてしまうかもしれないからだ。


(更に私の人外化が進められても困るし!)


女神や使徒たちにとって魔王は恐怖の対象な訳だから、魔法が使えると知られてしまったら呪文を念じる事が出来ないように、脳みそさえも削られてしまうかもしれない。

京子自身は魔法を使って悪い事をしようなどと微塵も考えていないが、意思疎通が難しい身体では京子の意思が女神に正しく伝わるかは難しいところだろう。


(なるほど、なるほど。この世界の人間の身体ってこうなってるのね。次のページは?)


更にページを捲れば、そこには『火』『水』『風』『土』を表したようなイラストが続く。おそらくこれはこの世界の魔法が『四大元素』を元に成り立っている事を表しているんだろうと思われた。

イラスト横には細々としたメモ書きも書かれているが、こちらは全く読めないので四大元素がどのように魔法に作用するかやどのように使う物なのかはさっぱり分からない。


(でも魔法の種類が4つって事は分かった。…んー? じゃぁ、クリーンって何が作用してるの?)


京子にとって至極最もな疑問だった。

クリーンは見た目の印象から自分が『汚れと認識した汚れ』を『消す』魔法だと思った。

その、『消す』は四大属性の何が作用しているのかが分からない。


(複合的な魔法なのかな? うん、多分そうだよね。意識せずに四元素を同時に出力しているんだな)


魔法ってスゴイ! と、メモ帳から得た情報から京子はそう結論付けて更にページを捲る。


(んん? これは…)


開いたページには先程の人のシルエットの中に魔心が描かれたイラストがあったが、その魔心を中心に身体の中の魔力が全身を巡っている事を表している矢印が描かれ、その矢印が手の先から外に出て行く様子を表していた。


(ふーん、人からはこうやって出ていくのか。私には手がないけど、私の場合はどこから魔力が出て行くんだろ)


魔心? 口から? 目からビームみたいに? 鼻から出るのは嫌だなぁと、鼻から火や水を出す自分を想像して「あっあっあっ!(はははっ!)」と声を出して笑った。

そこでふと、また『クリーン』の魔法を思い出して疑問が湧いた。


(別に何処から出すとか意識しなくてもクリーンが使えたよね?)


これはどういう事だ? と、首をかしげるが、かしげる首が無いので頭の中に疑問符を浮かべる。

デイルカーンがクリーンの魔法を使うのを京子は見ていた。魔法がめずらしくて、嘔吐する機会が多かったデイルカーンを目で追っていた訳だが。

彼もクリーンを発動する時に汚物に対して手をかざしたりはしていなかった。視線だけで汚れを捉えて『クリーン』と言う呪文を口にしていただけだった。


(ふむ。わからん。一旦置いておこう)


このメモ帳は誰かのメモ書き程度の物だろうし、このメモ帳だけで魔法の全てが分かる訳ではないはずだと、京子は考える事を一旦辞めた。


魔法の出力先どうこうよりも、メモ帳の次のページには何が書かれて(描かれて)いるのかの方が気になって仕方なかった京子だった。

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