脳と魔心
「ふふふっ、ご機嫌いかがですか?」
「あーあーあぁ(まーまーだよ)」
「あら? 随分と落ち着いていますね」
(うん? なにが?)
部屋にやってきた女神が言わんとしている事が分からず、京子は首をかしげた。
実際は、かしげる首がないので疑問符を頭の中に浮かべただけだったが。
女神は京子の精神状態が随分と落ち着いていると感じたのだ。
女神がこの世に降臨して約5,000年が経つが、彼女の死霊魔術で作った倫理観ゼロの身体を与えられた魂たちは等しく、みな発狂した。
人は発狂すればだいたいは自ら死に向かう者がほとんどで、死ねないよう手足を与えなければ「殺してくれ」と懇願してきた。
だと言うのに、この魔王に入れた魂は落ち着いている。
いや、落ち着き過ぎている。
(なぜ…? 普通の人間はこんな身体を受け入れられないはず。 こいつだって転生したその日は涙を浮かべて顔を引き攣らせてた。……宇宙神が作る魂はこの身体に堪えられるほどの精神が備わっているってこと……?)
女神は薄い笑みの下で小さく困惑していた。
5,000年よりも以前、女神が女神となるずっと前から、彼女は死霊魔術を使いこなしてきた。そんな長い歴史の中では『天才死霊魔術師』と謳われる時期があるほどの腕前であったが、『異世界の魂』を使った死霊魔術は今回が初めての経験だったのだ。
そのため、魔王のこの精神状態が自分にとって良いモノなのか悪いモノなのか判断が出来ない。
じっと、自分を見つめる女神を京子は見つめ返しながら、相変わらず疑問符を頭の中に浮かべている。
「……魔法陣の方は進みが悪いようですね。貴方が使徒たちの作業の邪魔をしてくると言う話を聞きましたが」
「あー…あぁああ、ああぁあああああー?(あー…、話かけてるだけだよ?)」
「……何を言っているのか分かりませんが、彼らの邪魔はしないでください。魔法陣が完成すれば、教国内の人々はもちろん、その周辺国にも魔力の恩恵を与えることができるのですから」
魔王の言葉は分からないが、女神は魔王が自分に対して悪意のような物を込めて話しかけているのではないと感じられた。
(悪いモノではなさそうね……。このまま安定した精神状態で居てくれれば、事は上手く進むわね。私への悪意も持っていなさそうだし。ふんっ、さすがわ宇宙神の作った魂ってところかしら)
女神がなぜ京子の舌を短くしたのかと言うと、京子の口から自分は異世界から攫われて無理矢理に魔王に転生させられたと周囲に漏らされては困るからだ。
5,000年と言う途方もない長い年月で盤石の物となっている『教国の女神』という存在。人々に崇め称えられ、奇跡の力で人々を幸せにする女神『ツィチー・ミトォ』。
それがこの女神なのだ。
それが
その事実も京子の口から外へ漏れてはいけない事なのだ。
だから魔王が言葉を話せないように舌を短くした。もちろん、魔王が魔法を使えないようにするためでもあるが、女神にとって一番重要なのは、女神の正体、あるいは本性を外部に漏れないようにするためだった。
にこり、と微笑んだ女神の顔の美しさに正面からそれを見た魔王から「あぁ…!(おぉ…!)」と思わず声が出た。
(こいつ、猫かぶってる!)
京子は転生した初日にこの女神の本性をすぐ近くで見ていたのだ。
いやらしく歪んだ笑みを浮かべて、狂気としか思えないセリフを京子に浴びせていた。
「ああぁああーあーぁ! あああぁああぁあああー!(デイルカーンさん! こいつ猫かぶってる!)」
「ふふ、やはり少なからず発狂はしているのかしらね」
急に大声を上げ始めた京子の様子に女神は満足そうに一つ頷くと、奥にある魔心の方へ歩みを進めて行った。
京子も女神が視界から消えたことで声を上げるのを辞め、管の事がバレやしないかとドキドキとその魔心を震わせた。
「こちらも問題なさそうですね。若干、鼓動が弱くなったような気もしますが、栄養が足りていないのかもしれません」
(あ、やっぱりそうなんだ)
もう少し魔王の食事を増やしておきますと言いながら、女神は再び京子の前に現れた。
どうやら、魔心に白い管を突き刺し直した事はバレていない様子だ。
「では、魔王。今後は使徒たちの職務の邪魔はしないように」
「あーぁ(はーい)」
女神は魔王の反応に「ふふふっ」と笑い部屋を後にした。
(やっぱり、脳からのが栄養が魔心にちゃんと届いてないんだね)
その理由は京子が引き千切った白い管たちだった。
この白い管は魔道具で魔王の脳に直接送られてくる栄養を魔心に流すための管だと京子も気付いていた。
時折、千切った管の先から赤茶色の液体がぽたぽたと零れるのに気付き、これが所謂『栄養』と言うやつかと改めて白い管の役割を理解したのだ。
引き千切った日から徐々に魔心の鼓動が弱くなって来ている事に京子が気付き、女神にも気付かれてしまうかと懸念していたが、『管を引き千切った事を隠し通せるか!?』と言う緊張感からか、魔心がドクンドクンと鼓動を高めたため、幸い今回は気付かれずに済んだ訳だが…。
(バレる前になんとかしないと。私のせいでデイルカーンさんの事もバレるかもしれないし…)
最悪の場合『死』だと聞いている京子は、一人ひっそりと存在しない身体に冷や汗を流している気分だった。
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