デイルカーンと魔王・4
デイルカーンが倒れた日の夜から2週間が経った。
デイルカーンは倒れる以前と変わらず部屋の外での監視と中での掃除をするべく、京子の居る部屋を毎日訪れている。
扉が開いた瞬間から、不機嫌そうに顔を歪め、京子の頭を決して視界に入れないようにスタスタと歩いて京子の頭の背後に回ってくる。
「……おはよう」
「あぁああー(おはよう)」
デイルカーンの体調が回復し、つつがなく日々の日課をこなせるようになった頃から、デイルカーンと京子は挨拶を交わすようになっていた。
二人が言葉を交わすきっかけは、倒れたデイルカーンを助けたのが魔王である京子なんだとデイルカーン自身がきちんと認めたからだ。
魔王のような存在が人を助けるはずがない。
と、デイルカーンも考えたが、助けられたと言う事実をデイルカーンは受け入れている。だからあの日、倒れたデイルカーンが起き上がった事に驚き、咄嗟に魔心の影に隠れた京子の首に対して
「……助かった…、礼を言う」
と、京子に向けられた素直な謝意に京子は心の底から歓喜した。
そして、やはりこのデイルカーンと言う男は悪い人間ではないんだなと思えた。仕えている上司の女神は倫理観が欠落したサイコパス極まりない存在ではあるが、部下までもそんな上司の影響をモロに受けている事はないんだろうと、この部屋を訪れる4人の使徒たちの事も含め京子は、
『人間の方は割とまとも』
と、思うようになった。
魔王に転生してから不遇と言って差し支えない状況で飼い殺されて居るであろう京子だが、京子にとって自由に動けない身体には慣れているし、それに少しだが、首から垂れる管を腕や手、指先のように動かせるようにもなり、転生以前に比べれば今の身体には自由があると感じられる状態とさえ思えている事が幸いして、京子自身は今の自分の状況を受け入れられてしまっている。
しかし、受け入れてしまうと新しい問題が京子の中に湧いてきた。
(暇だなぁ)
そう。暇なのだ。とてつもなく。
この部屋には毎日4人の使徒と、監視兼掃除役のデイルカーンが訪れる。だが彼らは彼らの職務を全うするだけで、京子自身に絡む事はほぼない。
特に4人の使徒などは京子が声をかけようものなら「ひっ!?」と4人全員が悲鳴を上げて、一旦部屋の外へ退室してしばらく帰って来ないほど京子に怯えている。
デイルカーンがPTSDを患うほどの存在なのだから、彼らの反応はそれで正解なのだろうが、あまりに暇すぎて暇つぶしを探し始めた京子にとって、彼らの反応はただただ悲しいばかりだ。
「…おい、魔王」
「あぁ!(はい!)」
そんな魔王に声をかけてくれるのが元・使徒デイルカーンだ。
「使徒たちに気安く声をかけるな。貴様に怯えながらも、人々のために懸命に魔法陣を完成させようと努めているのだ」
「あぁ…(はい…)」
「私達には女神様のようにお前を御する術を知らない…。絶対恐怖の対象である魔王であるお前に声をかけられるなど死を覚悟するように恐ろしいのだぞ…」
「ぁあんぁああ…(ごめんなさい…)」
恐ろしい見た目の魔王であるが、その吊るされた生首状態の顔が見るかにしおしおとしょぼくれて居る様子に驚きながら、デイルカーンは高速に脈打つ自らの心音を隠すように気丈にそう言い切った。
(魔王にも、感情があるのだな…)
気丈に振る舞い苦言を呈してみたが、自分の言葉に魔王が怒り、最悪殺されるかもしれないと言う恐怖に手足は震えている。
それでもそう言い切ったのは、使徒4人が魔法陣を完成させる事は彼らの急務であり、そして彼が崇拝する女神の願いであるからだ。
「……この世界は今、魔法が消えかかっているそうだ」
「あーあぁ?(そーなの?)」
「かつて、古代と言われる時代では世界には魔力が溢れ、そこに生きるすべての者が自由自在に魔法を使い豊かに暮らして居たらしい」
「あー!(へー!)」
「だが、5000年前に起こった世界崩壊が原因でこの星は大量の魔力を失い、生まれてくる人々からも魔力が徐々に失われていった…。今、この世界で魔法を自在に使えるのはこのミトォ教国の国民たちくらいだろう」
「あー…(へー…)」
京子にとってこの世界を知るための新たな情報だった。
・この世界は5000年前に崩壊した? しかけた?
・ここはミトォ教国と言うらしい
・この教国に住む人達は魔法が使えて、この国以外の人たちは使えない
・そして、世界から魔法が消えかかっているらしい
(なるほど。だから魔王の私が魔力を供給するのか)
自分の存在意義の理由を知れば、急いで死ぬことはないかもしれないと京子は思った。
しかし、自分が人々のための魔力供給庫になれば世界から魔法が消えないのかなと思うと同時に、
『魔王の魔力とやらははたして無限なのか?』
と、疑問に思う。
人々を救うためと言うが、魔王の魔力はこの星全体に行き渡るほどあるんだろうか?
魔王一人の魔力だけで足りるとは思えない。
地球と言う星に居た京子には、惑星がどれほど巨大な物か知っている。その巨大な星全体に京子一人で魔力を与えられるとは到底思えない。
(やっぱり、ミトォ教国だけが救いの対象なんだろうか? 教国ってくらいだから女神を信仰してる国だよね…)
まだまだ分からないことばかりで世界の事を知るには情報が少なすぎた。
「ああああーああー、あ、ああ、ぁあああ、ああー!(デイルカーンさんもっとお話してー!)」
「…うるさいぞ。そうやって騒ぐから使徒たちの仕事がすすまーーー」
「あーぁああ?(どーしたの?)」
話の途中で急に静かになってしまったデイルカーン。
彼は京子の首を見つめたまま(いつの間にか目を逸らさなくなってる)、直立している。
「女神様がいらっしゃる!」
「あ? あぁあ、ああああ?(え? なんでわかるの?)」
「此処に近づく者が居れば分かるよう廊下に魔法をほどこしてある!」
「あー! ああーぁ!(へー! すごーい!)」
「おい! 魔王、前にも伝えた通り、あの事は女神様に黙っているようにっ…、頼んだぞ!」
「あぁっ!(はいっ!)」
そう言い置いてデイルカーンは部屋の外へ飛び出した。
デイルカーンが言う『前にも伝えた』と言う話は、デイルカーンがこの部屋の中で倒れた時の話の事だ。それを彼は女神には内緒にしておいてほしいと、魔王に懇願していたのだ。
彼いわく、すでに失態を犯して使徒から脱落し今の役職に就いていると言うのに、職務の最中に倒れただけでなく、魔王に助けられたと知られれば、罰として辺境の教会送りになり、一生教国には戻って来られなくなるかもしれないそうだ。
そして最悪なのが、デイルカーンは元・使徒と言う立場上、教会内、教国内の機密事項に触れていた立場だそうで、魔王の存在はその最であり、教国最大の機密となり得る魔王の存在を知るデイルカーンであれば、最悪の場合『死』を言い渡される可能性もあるそうだ。
使徒の重役から外されても、こうして魔王の監視をさせられているのも、機密を知るデイルカーンを一般の教徒の中に入れられないからだろうと、本人は推測した。
だから、二度目の失態が女神に知られてはまずいのだ。
(大丈夫。私だって話しかけてくれるようになったデイルカーンさんを失いたくないし! いくらだって協力するよ!)
なので京子もデイルカーンのために、引き千切った管の触手が元通り魔心と繋がっているように見えるよう管の先を魔心に突き刺し直し、何食わぬ顔で女神を迎え入れたのだ。
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魔王ルートを回避した転生者は神様に見守られながら今日も前向きに生きていく r_musuka @r_musuka
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