デイルカーンと魔王・2
スポンっ! と言う、小気味良い音の後、べちゃっ! と音を立てて生首が床に落ちた。
現・魔王の頭、京子の頭だ。
(ちょっと痛かった…! やっぱり頭には多少神経があるんだな)
頬を打ち付けるように床に落下した衝撃で『痛み』を少しだけ感じた。視覚と臭覚、聴覚があるのだから首から上には神経が走っているとは思っていたが、然程の痛みを感じない事から痛覚は少ないのだろう。
それでも動かせるようになった管の束で打ち付けた頬のあたりを撫でると、さわさわと管の束が頬に触れる感触がほんの少しだが感じられた。
人外の外観ではあるが、自由に動かせる身体があるのはやはり素晴らしかった。
転生以前、病院のベッドの上でほぼ動けなかった京子にとって、外観などすでにどうでも良いことになっていた。
自分の意思で自由に動かせる身体があるというのは本当に素晴らし事だと心底思えるほど、京子が身体を動かせずに過ごした時間は長いのだ。
(さて! デイルカーンさんは何処だ?)
落ちた首を白い管の束で拾い上げ、京子は今まで見ることが出来なかった背後を初めて振り返った。
そこにあったのは転生して以来ぶりに見た魔心。相変わらず動物園に居るカバかサイのような大きい肉塊はドクン、ドクンと心臓のような鼓動を脈打っていた。
魔心が乗せられたテーブルなのか、机なのか、分からない台座の周囲には魔法陣と思われる物が描かれている。
(これが魔法陣…)
見た感じはファンタジー物に出てきそうな、いかにも魔法陣という雰囲気の円形の模様だ。読めないし、何がどうなっているのか京子にはさっぱりだ。
(って、デイルカーンさん!!)
その魔法陣が描かれた床の上でデイルカーンはぐったりと横になっていた。
「ああああーああー! ああああーああー!!(デイルカーンさん! デイルカーンさん!!)」
管を束状に集め、その上に首を乗せてふよふよと倒れたデイルカーンの元に向かう。
すぐ側まで近づき呼びかけてみるが、デイルカーンは苦しそうな呼吸を繰り返すばかりで目は開きそうになかった。
(っていうか血まみれじゃん! これが私の魔心から出てる血!?)
ドロリとした、水気の薄い血液がデイルカーンの身体にべっとりとまとわりついてしまっている。
自分自身の血液なのだと分かっているが、それで他人が汚れてしまっている事実に大変な申し訳無さが募った。
とにかく早く、デイルカーンを此処から移動させてあげたい一心で、京子は魔心から伸びる白い管を視界に収めると、それらを一気に引き千切った。
途端にブシャーッ!と、魔心から血飛沫が飛び散るが、今はそれどころではない。痛覚がない京子にとって、自分の魔心より倒れたデイルカーンを助ける事が優先事項なのだから。
倒れたデイルカーンの元に集めた管は、まるで触手のようにうねうねと蠢きながらデイルカーンを持ち上げる。
(あ、これ全部が黄色い管だったらあの名作のワンシーンみたいじゃない?)
腐海の森に住む蟲の王の触手が一瞬頭を過ったが、今はそれどころじゃない。
デイルカーンを扉の前付近まで移動させ、京子はそのまま扉を開き、助けを呼ぼうと管の触手を伸ばしたが、
(ダメだ、届かない!)
管の触手はドアまであと1.5メートルと言ったところでうごうご蠢くだけだった。
扉を開けて助けを呼ぶのは難しいかもしれない。
ならせめて、デイルカーンを介抱しなければと、ねっとりとした血で汚れた彼の顔を触手の先で拭い、息はしているだろうかと、生首ごと彼の側に近寄った。
幸い、呼吸はしている様子だが、息苦しそうな呼吸が続いている。
熱はあるのかと触手の先で額に触れてはみるがいかんせん、神経がない管では熱は分からない。生首には多少神経が走っているようだが、人の温度を感じられるような神経は備わっていないと分かっている。
(あとはどうしたら…、キレイにしてあげたいけど…)
そう思いながら振り返った先には、デイルカーンが掃除に使っているブラシの側に水の入っているだろう木製のバケツが置いてあった。
(やった! 水だ!)
と、喜び勇んでバケツを触手で引っ掴み引き寄せたが、その中に入っていたのは真っ赤に染まった液体だった。
おそらく、このバケツの中で汚れたブラシを洗った後なんだろうという事にすぐに思い至った。
(はぁ…。私にも魔法が使えたら…)
デイルカーンが使った『クリーン』と言う魔法。初めてその魔法を見て以来、京子は何度か掃除中のデイルカーンが吐き散らしてしまった吐瀉物や床に広がる魔心の血液を一瞬で消し去るのを目撃していた。
(あの魔法が私にも使えたらキレイにしてあげれるのに)
京子は毛の生えていない眉を八の字に曲げて悔しげに歪な唇を噛んだ。
そして少しでもドロドロの血液の汚れが落ちるようにと言う気持ちでデイルカーンの顔のあたりを触手の先で優しく撫で続けた。
(キレイになーれ、キレイになーれ、……『クリーン』)
京子が心(頭)の中でその魔法の呪文を唱えた瞬間だった。
京子の首の下から魔心に繋がっている黄色の管が一瞬だけ光った。
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