魔王
「ヒィィッ!!?」
「な、なんだコレは…っ」
「うっ…、おぇェ…ッ!」
血液と肉の腐った悪臭に加えて目の前に浮かぶ醜い頭。その頭の後ろには巨大な肉塊。
まともな人間ならそういう反応をするよねと、女神の後に続いて入室してきた人間の反応に京子は心底安堵した。
(あぁ、人間だ。良かった。クソ女神以外の人に会えた…)
「汚いですね。此処は神聖な場所ですよ? その汚物をすぐに片付けてください」
とは、女神のセリフだ。
昨日(たぶん昨日だよね?)会った時に見た女神とは話し方も雰囲気も少し違った。
全体的にふんわりと優しい雰囲気をまとい、口調も丁寧で穏やかだ。
「も、申し訳っ、あ、ありあせぇっ」
オエオエッと嘔吐ずきながら、注意された男が「クリーン」と言うと、今しがた吐き散らした吐瀉物がその場からきれいさっぱり消え失せた。
(!!!)
京子は驚きが隠せなかった。
零れ落ちそうな目玉を更にかっぴらき、床にうずくまる男を凝視してしまった。
その男が京子の視線に気付いたのか、頭を上げ、宙吊り生首の京子と目が合った。
「ヒィッ!!?」
男は白目を向いてその場に崩れた。口の端から胃液のようなものが垂れている。
「はぁ…、情けないです…。これが私に使える使徒なんて…」
悩ましげなため息を吐き、昨日の女は目を伏せた。どこか悩ましげなその仕草には、こんな陰惨な光景の中でも妙な色気があった。
そんな女の視界から倒れた男を隠すように、残った男二人が一歩前に出た。
しかし、その足元は震え、顔色も真っ青を通り越して白くなっている。
それでも、目の前の異型がなんなのか。男たちは確かめるしかなかった。
「め、女神様…、この首は一体…」
(え? こいつマジで女神なん?)
「ふふっ。これはかつて『魔王』と呼ばれていたモノです」
「「魔王っ!?」」
(は? なんて?)
京子のギョロ目が薄く笑みを浮かべる女神を見据えた。
「ま、魔王と言いますと、古代に存在したと言う!?」
「まさか…そんな、まさか……」
わなわなと恐怖と驚愕に染まる男たちの表情に京子はさっぱりついて行けず、ただただ困惑しながら3人を見つめるだけだ。
(魔王? 魔王って世界を滅ぼすとか、悪の根源とかの? え? 私が魔王?)
見た目だけのインパクトなら魔王と言われても納得できる作りだろうが、いかんせん、京子に実感は全く無い。
魔王と言えば『悪の根源』『暴力の塊』、ファンタジー物でよくあったのは『勇者しか叶わない強敵』やら『絶対悪』やら『絶対強者』などなど。
それこそラノベやファンタジー作品などで良く見聞きした存在ではあるが、その『魔王らしい力』というモノを京子は全く実感出来ていない。
いや、むしろ、今の京子は『絶対弱者』でさえあると思っている。
手足はもちろん、動かす身体がない。声は出るが会話ができるような発音は出来ない。
あるのは首と魔心と呼ばれた臓器だけだ。
こんな身体で何ができるのか。
「安心してください。この状態の魔王にかつての力はありません。ほら、ご覧になって? あるのは魔心と頭だけですよ?」
「た、たしかに…動かす身体はないようですが……」
「……身体はなくとも、魔王と言えばこの世のあらゆる魔法を自在に操り、人々を恐怖に陥れた続けたと伝説が残っておりますが…それが、…こ…これが…、その……」
男たちがゴクリっと、唾を飲む音が京子にも聞こえた。
足をガクガクと震わせ、口元をわなわなと震わせながら恐怖を顔面に貼り付けて京子の首を見つめている。
(なによ…それ……)
京子も口の中が酷く乾いている気がした。酷い見た目に生まれ変わったとは思っていたが、まさかそんな自分が『人々を恐怖に陥れた続けた魔王』と呼ばれるモノだったとは。
「ふふふ、大丈夫ですよ。この魔王は魔法が使えません」
「「えっ!?」」
(えっ!?)
女は楽しくて楽しくて、嬉しくて嬉しくて仕方ない。それを隠すように長い袖の腕を持ち上げて顔の半分を覆い隠すようにして静かに笑っている。
心底楽しいのだろう。男たちからは見えないが、女の正面に頭があった京子の目にはしっかりとその表情が見えていた。
ふふふっ。とは、まるで大声で笑い出したいのを堪えているかのような笑い声だった。
「今世のこの魔王は、教国への魔力を供給するためだけの存在です。力を振るえる肉体も無ければ、呪文を唱えるための舌もないのです。わたくしの力で完璧な
「「おぉぉ…っ!!」」
「ですから安心してください。これからもわたくしが人々の幸せのために力を尽くしましょう」
なんと素晴らしいことでしょう!!
これで教国の民はまた豊かになる!!
女神様!! ありがとうございます!!
男二人はその場に膝を折り、女神と呼ばれる女にひれ伏した。片方は輝かんばかりの笑顔で女神を称え、片方は両目に涙を溜めて女神に感謝を述べ続けた。
(……なるほどね)
ここまでで理解出来たことは
・魔王は過去(古代?)に存在していた
・自称女神は本当に女神(?)らしい
・私は傀儡
・私は魔王
・私は教国とやらに魔力を供給する存在
(まさか魔王に転生するとはねぇ…)
魔王とは過去には恐れられていた存在ではあるようだが、目の前の女神の手によってただの操り人形になって蘇った事はわかった。
そんな自分は、人間のための魔力供給庫になるらしい。
この恐ろしい姿は魔王が自由に動けないようにするため。完全に女神の支配下におかれて生きて行くだけのようだと、京子は今後の自分の人生(?)をおおよそ理解したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます