肉塊

京子みやこはギョロリギョロリと、その目を動かしていた。

暗い部屋の広さは10畳ほど。明かりは四方の壁にかけられた燭台のロウソク数本。

部屋に窓はなく、出入り口用の重そうな扉だけがこの部屋と外界を繋いでいた。


(静かだな……病院も静かだと思ったけど、ここと比べたらずっと賑やかな場所だったんだな)


日景 京子は30歳を迎えた年に、原因不明の病に侵され、それから12年間病院のベッドの上で過ごしてきた。病の原因が分からないまま、全身に麻痺が広がり、入院から2年目には歩くことが出来なくなっていた。


家族は居ない。両親は京子が成人する前に事故で亡くなっている。両親が残してくれた保険金を頼りに大学を卒業し、忙しい社会人生活を送る日々を過ごし、孤独を紛らわせて生きて来た。


病のこともあり、結婚はしていない。それまで誰かとお付き合いをしたり恋愛をしたこともなかったのだが。


(誰にも迷惑かけずに死ねたのは運が良かったよね)


自身の医療費は社会人として貯めた貯金と両親が残してくれた保険金の残り、それと国の医療制度のお陰でなんとかなっていた。


これまで受けた医療技術や、死んで残った日景 京子の肉体が、今後の地球の医療の発展の役にたってくれたら嬉しいと思っている。


(それで…、今の私は何の役にたつんだろう…)


ギョロリ、ギョロリと視線を動かすが、『魔心』と呼ばれた臓器はちょうど京子の頭の後ろに鎮座されていて今の京子の頭の位置からは見えない。


(そもそも魔心ってなんだろ?)


ドクン、ドクンと、大きな脈を打つ肉塊。音は聞こえないが、その振動がわずかに空気を揺らして京子の後頭部に鼓動を伝えていた。


衝撃的過ぎる転生の目覚めから体感で約1日が過ぎたと感じたころだ。

このおぞましい身体のせいか、空腹や眠気のようなものも感じず、動かせる身体もないため、京子はただただ思考することに専念していた。


自分を女神と名乗った女は京子に『宇宙世界の人族さん』と言った。そして『異世界』や『転生』と言う言葉。

眼の前の現実と合わせて京子の現状はいわゆる『異世界転生』なのだろうと考え至った。

そして自称女神は『不要な物は全部削いであるの。アナタに足や腕は必要ないから、首から下は魔心のみよ。』と京子にこの身体の意味を説明した。


魔心という臓器(聞いたことない臓器だけど…)がなんなのか京子には分からないが、京子が生きるために必要な身体のパーツは魔心と脳。それとその2つを繋ぐ無数の管だけらしい。


(……魔心を動かすのに脳が必要だって言ってたな。ってことは……)


京子はギョロリと視線が動かし、首もとから垂れている無数の管を睨んだ。


(コレが切れれば死ねる…?)


自殺は良くないかなと、人としての倫理観が頭をもたげるが自称女神の顔が頭を過る。


・自称、元・死霊術師ネクロマンサーの自称女神

・宇宙世界から京子の魂を拐った

・人として必要な身体をあえて削いで作った肉体(?)に京子を転生させた


(自称女神、倫理観ゼロでしょ)


そもそも人としての倫理観を兼ね備えているならこの状態の身体を認識して泣き出した京子に対して『嬉しくて泣いてる』なんて表現はしないだろう。

いや、そもそも異世界の魂を拐うのもアウトだし、こんな肉塊の人外を作るのもアウト。


(てか、こんなことしでかす奴が神なんてアウトだろ! この世界そのものがアウト!)


とんでもない世界に転生してしまったが、自称女神の姿は普通の人間のそれだったはずだ。四肢があり、頭があり口で喋り目で物事を見ていた。

神が人間の姿を模しているなら、この世界には地球に似た人間が居るはずだと思えた。


(つまり、もう一回死んで転生しなおせば今の状況からは脱せる…のかな…?)


死んだ瞬間、自称女神に魂を捕まえられてしまう可能性もあるのでは? そうなった場合はおそらくまた人外の姿にさせられるか、悪ければ魂ごと消されるか。


(……この人外外道スタイルがこの世界の流行りのファッションという可能性は……)


地球の価値観の京子にとっては今の姿のようなおぞましいモノになる方が死ぬより辛いかもしれないと思えた。


入ってくる情報が少なすぎて、憶測と推測でしか物事を測れないが、自由に動ける身体がない京子には他に思いつかない。


(入院してたころは毎日必死に生きよう生きようって頑張ってたけど、まさか死ぬ方法を考える日が来るなんて)


複雑な気持ちを重い溜息にして吐き出し、京子は再びギョロリ、ギョロリと視線をあちらこちらへと移した。とにかく今は少しでも情報が欲しいのだ。

此処は何処で、自分はなんなのか。なんのために魂が攫われ転生させられたのか。

自称女神との少ない会話から、彼女には何か目的があって京子の魂を攫ったはずなのだ。その手がかりになるような情報はないだろうか。

そして、どうやったら再び死ねるか。


今の京子は天井から頭を吊るされた状態だ。

高さは大人の身長と目線が合うくらいの位置。どういう仕組みか、頭頂部のあたりを大きな吸盤のような物にくっつけられて頭が浮いている。


ちなみに髪の毛は一本も生えていない。


京子からは見えないが、縫合の跡が頭部はもちろん、顔面にも幾重にも走っている。

女神が『作った』と言う通り、京子の頭も女神によって作られた物だった。一部は死んだ人間から、一部は生きた人間から削いだり剥いだり、時には抉って取り出したパーツを死霊魔術で繋げて作った人の頭だった。


肉付きはとても悪く、全体的な顔色は灰色。縫合のところどころで鱗が生えた皮膚や、毛皮のような皮膚もある。

目は骨に沿ってしっかり落ちくぼみ、そこに入っている目玉はサイズが合っていないのか、いっそう飛び出しているように見えた。

ちなみに、両の目玉は一人の人間から抉り取ったので左右ともに同じ色とサイズをしている。


「ぁ…、あ、ああぁ…あーーっ」


声は出せた。だが、舌が上手く動かなかった。

京子は口の中で舌の形を確かめるように動かした。


(あれ? この舌…短い?)


歯列に舌を伸ばそうとして全く届かないことに気付いた。

これではまともに話せないかもしれない。

京子も晩年は麻痺で舌が動かせず、会話がほとんど出来なくなっていた。声は喉から出せるが舌が動かないと言葉の発音が上手く出来ない。


(これじゃ会話は無理だな)


あえて舌を短くして話せないようにしたのか、それとも女神の趣味で短くしたのか。

どちらにしても最悪だわと、京子が再び重いため息をこぼした時だった。


目の前の扉がギギギ…と、見た目の通り重たそうな音を立てて開いた。


「ふふふっ。ご機嫌いかがですか?」


うっとり、はたまたうっそりと言えばいいのか。

不快な笑みを浮かべた自称女神が部屋に入ってきた。



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