魔王ルートを回避した転生者は神様に見守られながら今日も前向きに生きていく
r_musuka
転生、1回目
日景 京子《ひかげ みやこ》
この日、宇宙世界にある『地球』という惑星から一人の魂が別世界に攫われた。
(……あれ? ここは…?)
攫われた魂は地球の日本という国で『
京子は閉じていた目を開き、目に映る天井を見つめて考えた。
(わたし、病院で死んだはず…)
そう。京子はたしかに死んだはずだった。
入院していたベッドの上で、世話になった医師や看護師たちに見守られながら。
『日景さん! しっかり!』
『聞こえますか!? 日景さんーーーー』
必死に呼びかける看護師たちの声がだんだんと遠くなり、眼の前が白く霞んでいく中で「あぁ、私このまま死ぬな」と漠然と感じた脱力感。
病に侵された体はとうの昔に動かなくなっていたが、それでも死を迎えた瞬間、麻痺で強張っていた全身から力が抜け、得も言えない安らかな感覚に引かれて眠るように死んだ。
死んだはずだった。
(ここは、どこだろ?)
視界はひどく暗く、見つめる天井には炎が揺れているような明かりがぽつぽつと反射していた。
わずかに視認できる天井の四隅から、広さは10畳ほどの四角い部屋に居るのかな? と、推測できた。
(…っていうか、…臭い!)
意識が覚醒するにつれて、この部屋が酷い悪臭に満ちていることに気付いた。
嗅いだことがあるような無いような、食べ物が腐った匂いによく似てるが、もっと生臭い、嫌な匂いだった。
(あ、これ…血の匂い…?)
血液と肉が腐ったような酷い匂い。思わず嘔吐ずいてしまうほどの悪臭がムワリと京子を包んでいた。
(ヤバイ…、まさか『地獄』に堕ちた…?)
私それほど悪いことした覚えは無いんだけどなぁと、地獄に堕とされる覚えがそれほど無い京子だったが、まずは自分の現状を確認すべく体を起こそうとしたのだが…。
「ふふ…、ふふふっ…!」
(だれっ!?)
小さな含み笑いが部屋に響き、京子に一気に緊張感が募る。
自分以外に誰か居る。
確認しなければ。
けど。
確認したいのに、体が動かない。
病院のベッドの上に居た頃と同じだった。
体が思うように動かない。
手も足も、首を回すことも出来ない。
「やったわ! ついにっ! ついに成功したわ…っ!!」
甲高い女の声が部屋中に反響し、その声は京子の鼓膜を酷く耳障りな音で震わせた。
「わかる!? 此処がどこか!! わたしが誰か!?」
(なに…? だれ? どこって、わかるわけない…っ)
相変わらず天井しか映すことが出来ない京子の目に恐怖が浮かんでいく。
「わたしは女神!!」
(!?)
ガバッ!! と、大きな衣擦れと共に、京子の視界に女の顔が現れた。
光源の少ない部屋の中でも、その髪が金色で、その瞳は青色なんだと言うことが分かるほどの至近距離で、女の顔がにやぁっと、口元を歪ませた。
「はじめまして、宇宙世界の人族さん! あぁ…、やっと…やっと会えたわねぇ…」
美しい顔を持った女が、恍惚とした表情で京子を上から覗き込んでいた。
「長かった…。アナタに会えるまで、何度も失敗してしまったわ。そうね、300年くらいかしら? ふふっ、長かったわ」
(なに…? なんなの…? いったい何が起きて--)
「入れ物に魂を定着させることは簡単なの。私はもともと
(なんの話…? ネクロマンサー…? 世界線……?)
「問題は魂よ。この世界で作られた魂ではダメなのよ。私が必要とする魔力には全然足りない」
(魂…? 魔力…?)
「この違いはなんなのかしらね? 魂の質? 生きた世界の質? 作った創造神の影響? ふふっ、ふふふふふっ!」
とても愉快そうに笑みを浮かべて笑う女の顔を見上げたまま、京子は自身の心臓が激しく鼓動しているのを感じていた。
「まぁっ! 素晴らしいわ! ドラゴンの
女の細い腕が京子の頭上を通り過ぎ、京子の身体がある空中のあたりをさわりさわりと撫でている。
その腕を視線で追い、女の指先が辿り着いた物を見て、京子は叫びそうになった。
(何よこれーーー!!!?)
視線の先にあったのは、ドクン、ドクン、と一定のリズムで脈打つ巨大な肉塊だった。
京子の視界いっぱいを埋めるほど大きな肉塊。動物園に居るカバやサイのようにも見える、ずんぐりとした巨大な肉色の塊は、まるで心臓のように動いていた。
「見える? これが今のあなたの身体よ。ふふっ、ステキでしょう?」
(か、からだ…?)
「あぁ、頭を起こさないと良く見えないわよね。ふふっ」
そう言って女は京子の頭を持ち上げた。
(なに…これ…っ)
「ほら見て。不要な物は全部削いであるの。アナタに足や腕は必要ないから、首から下は魔心のみよ。必要な栄養は脳に直接入れるから他の臓器も要らないわ」
女の言う通り、テーブルの上には魔心と呼ばれた脈打つ肉塊のみだった。そこから数え切れないほどの細い管のような線が京子の首と思われる位置へ伸びてきていた。
「私としては頭も要らなかったんだけど、魔心を動かすために脳が必要だったのよね。だから首から上は仕方なくつけたけど、…ふふふっ、頭があった方が感情の揺らぎに反応して魔心の鼓動が激しくなるわね」
(……なにを言っているの…? この状況は…なんなの…?)
ぶわり…っと、京子の目に涙が浮かんだ。
「あらあらあら…? どうしたの? あ、嬉しくて泣いてるのね! こんなステキな身体に転生できて!」
(転生…? これが転生…?)
京子も転生は聞いた事があった。地球人だったころ、病床のベッドの上でラノベはもちろん、漫画やアニメ、映画などを観て長い時間を過ごしていた。
だがしかし。
今まで見聞きしてきた転生物に、こんな醜悪な物はそうそうなかった。
あったとしても、それは創作された物語の中の話。
今、眼の前に見える物が本当に転生なのか。
夢なのかもしれない。
現実かもしれない。
京子は分からなくなった。
これが夢なのか、現実なのか。
「うっ…、ぁえっ…!」
「あらあら、嘔吐ずいちゃってどうしたの? 胃袋はないから何も出ないわよ?」
脳が反射的に嘔吐ずかせているんだろう。
血と肉の腐った悪臭に、魔心と呼ばれる脈打つ肉塊。そしてその肉塊こそが自身の身体だと言われる地獄のような惨状。
京子はこれでまだ自我を保ってられる自分に驚いてもいた。
長い事不自由な身体で居たせいか、悲しいことに首から下が無い感覚には慣れてしまっていたせいかもしれない。
(…そっか……、わたし人外に転生しちゃったんだ…。それもネクロマンサーに作られた身体に……)
享年、42歳だった日景 京子は、宇宙世界の
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