ランドルフは病院でタクシーに乗り込んだ。

何度か、博物館の事件について運転手が話しかけてきたが、話す気分ではなかったため、

道中はずっと窓の外を流れる、見慣れた町並みを見ていた。

運転手の話ではアーカムでは結構なニュースになっているようだった。

ランドルフは博物館裏門でタクシーを降りた。


通用口に向かって歩き、ふと通用口横の無人の守衛室の窓を見ると、夕刊が三日分置いてあった。

イーサンがここに来たことを知り、ランドルフは安堵した。


ランドルフはポケットから鍵束を出すと、その中から一本選び、通用口の鍵穴に差し込み開錠した。

通用口を開けバックヤードに入ると、土埃の匂いがした。

停電のため電灯は点いていないが、窓から光が差していた。

窓から事務室を覗いてみたが、職員は誰も来ていないようだった。

そのまま事務室、館長室を通り過ぎ、通用口を押し開けた。

扉向こうに瓦礫があるため、人一人分ぐらいの隙間しか開かない。

ランドルフは隙間に痛む体を滑り込ませ、展示室に入った。


展示室の状況は四日前のままであった。

タクシーで見えた正面玄関には、警官が立っていたが、

今、通用口から見える範囲には警官はいないようであった。、

ランドルフは瓦礫を避けながら、奥の展示室に進んだ。

周りを見回したが、そこに倒れていたはずの異形の姿は無く、

異形を示すような痕跡も何も残されていないようであった。

部屋最奥の自身が座っていたところに歩いた。そして横にある瓦礫の山を手で除けた。

そこには、銀色に鈍く光を反射する鉄製の剣があった。

「あった。・・・よかった。」

イーサンから受け取った後、警官隊が来る前に瓦礫の中に隠しておいたのであった。

ランドルフは立ち上がると、剣を持って隣の展示室の通用口に向かった。

そして、通用口を開け、隙間からバックヤードへ出た。


メインホールへ繋がる通路からと思われる方向から警官らしき声が聞こえる。

ランドルフは館長室を開け、部屋に入り静かに扉を閉めた。

扉に背をもたれるとフゥと大きく安堵の息をした。

そして、剣を机の上に置くと、クローゼットを開け、何かを探し始めた。


四時間後、守衛室にランドルフの姿があった。

三日分の夕刊を見てみたが、事件についてはガス爆発とされているだけで、

ランドルフが調査官に話した異形についての事は一つも書かれていなかった。

途中、警官二人が見回りに来て、一言二言会話をしたが、警官は異形については何も知らされていないようで、そういった話は出なかった。

陽が夕日に変わるころ、自転車が止まり、守衛室の横に立て掛ける音がした。


イーサンは、ランドルフが守衛室に座っていることに驚いた。

「か、館長、体は、大丈夫ですか?」

ランドルフは笑い、答えた。「ああ。何とか。」

「待ってたよ。中で話そう。開けるからちょっと待ってなさい。」と続けた。

ランドルフは守衛室から出た。そして通用口が開きランドルフが顔を出し、小声で言った。

「イーサン。私の部屋で話そう。」

イーサンがバックヤードに入ると、ランドルフは人差し指を口にあて、”しゃべるな”と伝えた。

そのまま、会話せずに館長室に入って、扉を閉めた。

小さめの声でランドルフが口を開いた。

「ある程度、現場検証は済んだと思うが、警備のために警官が見回りをしている

 から。」

ランドルフはソファーを指差し、二人はソファーに向かい合って座った。

「さて。」ランドルフが口を開いた。

「まず、怪我について話そうか。君は大丈夫だったかい?」

イーサンは軽く頷いた。

「俺は小さな打ち身は何箇所もありましたが、それ以外は大丈夫です。館長は?」

イーサンが答えた。

「私はあばら骨が折れて、三日入院をしたが大丈夫だ。守衛も全身打撲でまだ入院

 しているが、命に別状は無い。意識もあるし大丈夫だ。」

「よかったです。」イーサンは安堵の表情を浮かべた。

「ところで警察からの事情聴取はどうでしたか?」イーサンが続けた。

「大丈夫。君と剣の事は何もしゃべってない。異形については見たことを正直に答

 えたけど、新聞報道を見る限り、信じてはもらえていないようだな。」

ランドルフが言った。

「俺も、あの後新聞社で何人か記者に聞いてみましたが、ガス爆発以外のことは知

 らないようでしたので、警察からは何も聞かされていないと思います。」

「そうだね。警察が発表していない以上、私たちもこの話は漏らさないほうがいい

 かもしれないね。」

イーサンは頷いた。「異形が何であれ、俺もそのほうがいいと思います。」

ランドルフも頷いた。


「異形の正体については、私たちで話しても何も分からないと思うから、ここで話

 すつもりは無いけどいいかな?」

イーサンは頷いた。

「では。」ランドルフはテーブルの横から大きな細長いハードケースを取り、テーブルの上に置いた。

「これが今日の本題だ。」


ケースを開けると、中には銀色に鈍く夕日を反射する鉄製の剣があった。


イーサンは指で剣を撫でた。

ランドルフは口を開いた。

「異形と対峙する前はぼろぼろに錆びた剣であったのは覚えているね。」

「はい。」

「私が最初に異形にこの剣で攻撃した際、全くダメージが通らずに、弾かれたのは覚えてる?」

「ええ。金属と金属がぶつかるような音がしたのを覚えてます。」イーサンが答えた。

「その後に、君が攻撃し、軽々と腕を切り落とした。」イーサンは頷いた。

「そして、この、剣の色が変わった。」

ランドルフがイーサンを見つめた。

ランドルフは続けた。

「入院中に、いろいろ理由を考えたよ。当たった場所が悪かったとか、単に私の剣

 の腕が低かったからだけなのかとかね。」

さらにランドルフは続けた。

「でも、答えはこれしかない。」

ランドルフがイーサンをグッと見つめた。

「君だから切ることができた。君はこの剣に選ばれたんだと。」

暫く間をおいてランドルフは続けた。

「若干オカルトじみた話ではあるが、力ある剣は主を選ぶという話がある。

 アーサー王の伝説なんかもそうだ。

 私はオカルト信者じゃないから、研究者としては信じれる話ではないが、

 それしか考えられないと思う。

 君が、子供のころからこの剣に惹かれていたのは、この剣を手に取る運命だった

 んじゃないかと思う。」

「あの時・・・」イーサンが口を開いた。

「あの時・・・、剣を手に持ったとき、声が聞こえたような気がしました。「ようやく会えたな。我が主よ。」と・・・」

ランドルフはイーサンをじっと見つめた。

そして、ゆっくりと口を開いた。

「なら話は決まったな。」

ランドルフはニコッと微笑むと、言った。


「その剣は、君の物だ。」


「え?」イーサンは目を見開きランドルフを見つめた。

「前にも話したと思うが、元々、その剣は私が発掘をして、個人的にこの博物館で

 展示していた物なんだ。

 だから、所有者は私。私がイーサンに譲るというのだから問題はない。」

「それに」ランドルフが続けた。

「私は君とこの剣に命を救われたと思っている。この剣はそのお礼だと思ってくれ

 ればいい。」

イーサンは剣を見つめた。薄暗い館長室の窓から注す落ちかけている夕日に照らされて、剣は鈍い光を放っていた。

暫くの静寂の後、イーサンは言った。

「ありがとうございます。受け取ります。」

イーサンは剣を握ると、顔の前に立て、目を瞑った。

声は聞こえないが、剣は手になじむように軽い。

何度か深呼吸をし、剣をケースに置き蓋を閉めた。


同時刻、アーカム博物館の屋根の上。

日が落ちた尖塔の影に座る人影があった。

口元が緩み、フッと笑ったように見える。

”人影”の周りの空気がゆるりと歪んだ。

そして、”人影”は闇の中に溶けるように薄くなっていき、やがて消えた。

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デモンブレイカー 矢口 みつぐ @yag_zeppelin

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