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宙を舞う腕は、2度3度空中を回り、ドン と鈍い音を立てて床に落ちた。
イーサンは剣を異形に向けて構えなおし、一歩後ろに下がって間合いを取った。
異形はイーサンに向き直りながら、ゆっくりと背を起こした。
切断された右腕の傷口からは、ぼたぼたと黒い液体が落ちている。
異形は声も発さずに、イーサンを凝視しながら腕の傷口を長い舌でべろりと舐めた。
腕だけではダメだ。弱点はどこだろうか。
恐らく心臓を突けば倒せると思うが、場所が分からない。
となると、頭しかないが頭は遥か上にあり、とてもじゃないが手が届かない。
何とかして頭を下げさせないと。
ここであいつを倒せなければどっちみち殺されるしかない。
イーサンは腹をくくった。
剣を右下に構え、足を軽く開き腰を落とした。
どっと汗が噴き出す。イーサンは大きく息を吸った。
そして、今度はイーサンが先に飛び出した。
反応した異形は、左手を振り上げ、力一杯に振り下ろした。
イーサンは軽く右側にステップ。異形の左手の爪はイーサンを掠めながら轟音とともに床を叩き割った。
そのままイーサンは左足を軸足に反時計回りに体をひねらせ、
力任せに異形の左足に剣を叩きつけ、そのまま振りぬいた。
先ほど腕を切り落としたときよりは浅いが相当深く切り付けた。
傷口から黒い液体が噴出す。
イーサンは体を翻し、異形の正面に立った。
先ほどの地面に突き刺さった左手で前のめりだった異形の体勢が、
そしてその後の足への攻撃で、さらに大きく前にぐらりと崩れた。
異形は左足の膝をつき、地面に切り落とされた丸太のような右腕をついた。
異形は顔を上げ、赤く光る邪な目でイーサンを見た。
一瞬、にやりと笑ったように見えた。
左手を地面から抜き、イーサンに向けて横払いをしようとした瞬間、
それよりも早く、イーサンの持つ剣が異形の眉間に深々と突き刺さった。
「グアアアアアアアアアッ」
異形がはじめて声を発した。
首を左右に激しく振り、イーサンは後ろに突き飛ばされて尻餅をついた。
この世の物とは思えない、聞いた者の気を狂わせるような不快な声であった。
異形は残った左手で剣を抜こうとしたが抜けない。
左手で頭を掻き毟る。
暴れる異形をイーサンは見つめることしかできなかった。
そして、やがて頭の動きと左手の動きが止まり、目に当てた左手の指の隙間から、赤く光る邪な目がイーサンを見つめた。
何か、心の中をのぞかれているような気がしたが、
イーサンを見つめていた赤く光る邪な目は徐々に光を失い、やがて瞼を閉じた。
そして異形は左手を地面についたが、力を失ったようにぐらりと頭をつき、ズン という鈍い音とともに地面に体が倒れた。
博物館に静寂が戻った。
イーサンは今起こったこと。自身で行ったことが全く理解できず、
呆然と異形の亡骸を見つめていた。
「あ、剣を抜かなくちゃ」ぼそっと呟くと、よろよろと立ち上がり剣に手をかけた。
グッと力を入れると、手ごたえもなく、するっと”銀色に鈍く光る剣”が抜けた。
頭の傷口からは黒い液体が流れ出した。
そしてイーサンは剣を持ったまま膝をついた。
「イーサン、大丈夫か!」
ランドルフがふらふらと歩いて近づいてきた。
「か、勝ったんでしょうか・・・」イーサンが目の前に横たわる巨大な異形を見ながら呆然として言った。
「ああ。君のおかげで助かった。」
ランドルフがイーサンを抱きしめた。
「ありがとう。」
その時、目の前にある異形に変化があった。
空気がゆらりと歪むように見えた後、砂のように異形の体が崩壊し始めた。
見る見る間に砂のようになっていき、そしてその砂も空気中に溶けるように消えていった。
先ほど切り落とした腕や、傷口から流れた黒い液体も溶けるように消えていった。
唖然として二人が見つめる目の前で、異形と呼ばれた物は跡形も無く消え去った。
「消えた・・・。」
ランドルフはイーサンの持つ剣に気がついた。
「イーサン。その剣・・・」
イーサンは剣を見た。
その手には、銀色に輝く、錆一つ無い剣が握られていた。
その時、メインホールのほうからサイレン音が聞こえた。
警察や消防隊が到着したようだ。
ランドルフははっとした。
「イーサン!君はこの場を離れたほうがいい。後のことはうまく処理しておくから。
早くバックヤードから行きなさい!」
ランドルフも説明できない状況にイーサンを巻き込むわけにはいかないとランドルフは思った。
「わかりました。」
イーサンは立ち上がると、剣をランドルフに渡し、よろよろと隣の展示室に向かった。
先ほど異形が破壊したガラスケースが扉を塞いでいるのが見える。
だが、撤去できないほどではない。イーサンは倒れたガラスケースに手をかけ、力任せに横に引っ張った。
人一人であれば何とか通れる隙間ができた。
イーサンは扉を開けると隙間からバックヤードに滑り込んだ。
その直後、展示室に警官隊が走りこんできた。
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