同時刻、日が落ちたアーカム博物館の屋根の上に人影があった。

全身黒ずくめであり、尖塔の影に座っているため、顔や表情などは全く窺い知れない。

その”人影”がつぶやいた。

「お前の役目は分かっているな?」

暫くの間の後、さらにつぶやいた。

「安心しろ。お前の魂は、剣が食ってくれる。」

”人影”の周りの空気がゆるりと歪んだ。

そして、”人影”は闇の中に溶けるように薄くなっていき、やがて消えた。

遠くからサイレンが聞こえる。

博物館の異常を知った警察や消防車が近づいているようであった。


「先住民族展示室」

二人の前には両腕、両手を広げた異形が入口を塞ぐように立っていたが、

先ほどまでのように走ってくることは無いことから、

これ以上逃げ場が無いことを理解しており、急いで殺すことも無いと考えたいるように思えた。

ただ、異形の周りにはどう見ても逃げるような隙間は無い。

このままこちらに踏み込まれたらひとたまりも無い。イーサンは思った。

何か手に持てるものは無いか横目で見てみたが、

武器として使えそうなものは、異形が壁を破った際に飛んできた瓦礫以外にはなかった。


イーサンは意を決すると、異形から目を離さず、ゆっくりとしゃがみ、足元の瓦礫を手に取った。

そしてゆっくりと立ち上がりながら、瓦礫をグッと握り締めた。

ランドルフはイーサンの動きを横目で見ながら立っていた。

「今からあいつの頭に石を投げます。もし体制が崩れて、向こうの部屋に行けそう

 な時は、走ってください。」

イーサンはランドルフに話しかけた。

ランドルフは頷いた。

異形に動きは無い。こちらが動くのを待っているように見える。

イーサンは冷たい汗が頬を伝うのを感じた。


「行きます」イーサンがつぶやいた。

イーサンは大きく腕を振りかぶり、異形に向け全力で瓦礫を投げた。

二人はすぐに走り出せるように体制を低くし、次のアクションに備えた。

異形は避けることも無く、瓦礫は異形の顔に直撃したが、しかし全く動くことは無かった。

二人は低く体制をとったまま、次のアクションを取れずにいた。

手詰まりだ。イーサンは思った。

異形は右手を後方に振りかぶり、展示室横の展示ケースに向け振りぬいた。

なぎ払われる展示物ケース。割れたガラスが二人に向かって飛んできた。

イーサンはランドルフに覆いかぶさるように飛び掛り、横に飛んだ。

破壊音とともに、元いた場所に展示品やガラスが飛んできた。


避けられたことに安堵しながら、二人はよろよろと腰を上げた。

異形は追撃はせずに入口に立ったままである。

とは言え、二人には対抗策は何も無く、どれだけ時間稼ぎしようとも、いずれ殺されるであろうことは明白であった。


ランドルフは立ち上がりながら飛んできた瓦礫を見た。

そして、その中にあるものを見つけた。


茶色に錆びた鉄製の剣


ランドルフはよろよろと瓦礫に向かうと、剣を手に取った。

ゆっくりと立ち上がると、両手でぐっと握り、異形に向け構えた。


ずっしりとした重みがある。

切れるのか?、私に振れるのか?

頭に浮かんだ考えを頭を振って振り払い、ランドルフは異形を見据えた。

立ち上がったイーサンは、そんなランドルフを見据えた。


「うああああああっ!」

ランドルフは叫びながら剣を振りかぶり、異形に向けまっすぐに走り始めた。

イーサンは声を発することができず、ただ見つめることしかできなかった。


異形は振り下ろされた一撃を右腕で受けた。

キンッ

金属と金属がぶつかったような高い音が聞こえ、剣を持ったランドルフの腕が上に弾かれた。

そして、無防備になったランドルフに向け、異形の右手の横払いが当たった。

ランドルフは吹き飛ばされ、元いたあたりの壁に背中から衝突した。

持っていた剣は衝撃で手から離れ、イーサンの足元に転がった。


「館長!」

イーサンは飛ばされた館長を見た。

体を起こそうとしている。何とか意識はありそうなランドルフを見て安堵した。


イーサンは足元に転がる茶色に錆びた鉄製の剣を見た。

子供のころから惹かれ続けている剣が、目の前に。そして手が届くところにある。

イーサンはゆっくりとしゃがみ、そして右手で剣を掴んだ。


ようやく会えたな。我が主よ。


イーサンは声が聞こえたような気がした。

剣は羽のように軽い。そして初めて持った気がしない。

何か懐かしい感じまでした。

イーサンは両手で剣を持ち、そして異形に向かって構えた。


異形の口元がわずかに上がった様に見えた。

そして、足を軽く前後に移動し、

ゆっくりと腰を曲げ、右手を腰、左手を前の位置に構えた。

先ほどまでとは異なる明らかな攻撃態勢である。


異形の足にグッと力が入った。

刹那、異形はイーサンに向け飛び出した。

イーサンも反応し前に飛び出した。

異形の右手が空気を裂きながら、イーサンの顔面に向け振り出されてくる。

イーサンは頭を低くし腰を屈めながら右腕の下に潜り込んで、そのまま左足で地面を蹴って、異形の横に着地した。

その間1秒。


この動きにイーサン自身が驚いた。

確かに、異形の動きは目で追えていたが、意識的に行った動きではなく体が勝手に反応したからである。

アメフトでタックルを避ける練習は数えきれないほど経験してきたが、

今の動きは、全く別個な物であった。

半ば諦めのような気持ちがあったのかもしれない。

不思議な感覚ではあったが、勝手に反応する体の動きに任せてみようという気になっていた。


異形とイーサンの間は約2m。

異形が手を伸ばせば届くところにイーサンはいた。

異形はイーサンの方向に足を踏み込み、体を回転させると同時に右手を大きく振ってきた。

5本の爪がイーサンの顔に向け迫って来る。

瞬間、イーサンの体も反応した。

両手で持った剣を後ろに引きながら、迫ってくる異形の手の方向に踏み込んだ。

頭を屈め、掠める爪を避けながら、剣を振り上げる。

剣は弾かれることなく、異形の腕に食い込んだ。

そして、イーサンが頭上まで剣を振り上げると同時に、切断された異形の腕が宙を舞った。

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