第12話 せーの!
雅親は片手に傘をさし、もうひとつの手にも畳んだ傘を持っていた。
吐いた息が白く流れていく。
冷たく、静かな雨が降る中で、雅親はねこの前に立った。
見知らぬ公園には小さな東屋が建っており、ねこはその屋根の下にあるベンチに座っていた。
近くの常夜灯に照らされたねこは、中学校の制服の上に、学校指定のものらしいコートを着ている。
「ねこの制服姿、はじめて見た」
「笑っちゃうでしょ」
ねこは座ったまま、両手のそでを軽くあげて笑ってみせた。
雅親は安堵の息を吐きながら、その隣に腰掛ける。
傘を畳んでいると、「心配した?」とねこが尋ねた。
「した」
「いやあ、コロッケ買いにくまおかの前まで行ったんだけどさ。マサチカくんがいるかもって思ったら、入れなかったんだ」
「え? 俺、嫌われてる?」
ショックを受けたような顔をつくる。
「まさか。顔あわせたら……泣きごと言っちゃいそうだったから。それで、コロッケ求めてさまよってたんだけど、靴ズレおこしたうえに雨降ってきて詰んだよね」
ねこの足を見ると、学校用の革靴を履いていた。
これで長距離を歩くのは、さぞや大変だっただろう。
「さとさんも心配してたぞ」
「うん。スマホの電源切れてた」
ベンチの上にはスマホが置いてあり、コンビニで購入したらしい充電器がささっていた。
「コロッケ代なくなっちゃった」
言いながら、ねこがぶるっと震える。
雅親はダウンコートを脱いでかけてやった。
「ごめん。良太さんのSNS、読んだ」
雅親の言葉に、ねこが、はっとしたような顔になる。
そして「わたし、サイテーだよね」と口にした。
「あれは、仕方ないだろ。まさか最後の言葉になるなんて、そんなのだれも予想できないし」
「リョウタくんだけじゃなくて、マサチカくんのことも」
「俺?」
ねこは、自分の身体をぎゅっと抱きしめた。
「リョウタくんへの後悔とか、ああすればよかったとか、そういうの全部、マサチカくんでやりなおそうとしてた。そのためにゲーム実況やろうって誘って、だんだん……騙してるみたいな気になってきて」
「俺は」
ねこがすべてを言い終わる前に言葉を挟んだ。
「ねこと一緒に実況やってたおかげで趣味アレルギーが治った」
「あれは、女の人にとどめ刺されたからじゃない?」
「いやまあ、そうなんだけど」
ぽりぽりと頭をかく。
「動画の撮影とか編集とか知らなけりゃ、映画も好きにならなかったし、映画を作って生きていきたい、なんて思わなかった」
その言葉に、ねこが顔をあげた。
「そっちに行くって決めたの?」
「決めた」
「そっか」
「ねこのおかげだ」
「……そっか」
涙をぬぐっている様子は、見ないようにした。
すこしだけ、ねこが落ち着くのを待ってから話を続けた。
「なんで、学校に戻ろうって思ったんだ?」
「他の方法でやりなおしたかったんだ。マサチカくんに頼らない方法で」
「俺、そんなに頼りないか?」
「あははっ。頼りがいがありすぎるから困っちゃうんだよ」
気がつけば、東屋の天井を叩いていた雨音が静かになっている。
「雨あがったな」
雅親はベンチから立ち上がると、ねこに手を差し伸べた。
「帰ろう」
ねこは、じっと雅親の手を見てから、微笑み、その手を取った。
「うん」
靴擦れを起こしているねこを背負って、タクシーが拾える道まで歩いていく。
後ろ手にはカサも持っており、すこしかさばる。
「俺は、良太さんじゃないよ」
背中に、ねこの重さを感じながら言った。
「うん」
「だから、近くにいるから、泣きごと言いたかったらいつでも言ってくれればいい。傘ぐらいなら持っていくからさ」
「うん」
ぎゅっと、雅親に回すねこの腕に力が入った。
「マサチカくん」
「ん?」
「ねこちゃん博士ちゃんねる、終わりにしたい」
「……そうだな」
特に驚きはしなかった。
そうすべきだろう、と思えた。
「いままでありがとね」
「こちらこそだ。でも、いきなり終わりってわけにはいかないよな」
ねこがうなずいたのが、背中越しに伝わる。
「そだね。ちゃんと最終回つくろう。楽しかったって、見てくれた人たちにいっぱい伝えたい。だけど、その前にやらなくちゃいけないことがあるよ」
「やること?」
後ろを振り向くと、視界の端でねこがにやっと笑った。
「ラスボス倒さなくちゃ」
中学校の校長室の前。
ねこは心を落ち着けるために、何度か深呼吸をした。
目をつぶる。
先日、名前も知らない公園の東屋で、雅親が差し伸べてくれた手が浮かんできた。
「うん」
ぎゅっと手を握る。
目を開く。
「いってくる」
戦闘準備完了だ。
コンコンと、ドアをノックすると「どうぞ」と小仲の声が聞こえた。
「失礼します!」
元気よく声を出し、ねこは校長室に足を踏み入れた。
その姿を見て、小仲が絶句する。
「は、羽黒さん。その髪の毛はいったい?」
ねこの髪の毛は、鮮やかなピンク色に染まっていた。
里美によると、古来より、気合いを入れる時は髪を染めるものらしい。そういうものかと思って菊乃の知り合いの美容師にお願いし、染めてきたのだ。
たしかに気合が入る。ラスボスを前にしてバフ効果全開だ。
「わたし、アイドルとか好きなんです。推し活してまして」
小仲は、あきれたようにため息をついた。
「まあ、髪のことはあとで話しましょう。どうぞ、かけて」
手でソファを示されるが、ねこは「いえ、立ったままで結構です」と断った。
じろりと小仲に睨まれる。その視線を真っ向から受け止めた。
小仲は、校長の事務デスクに座ったままで話をすることにしたらしい。権威を主張しているようにも感じられた。
「鳴門先生から聞いたんだけど」
「はい。明日から学校に来るのをやめようと思います」
「どういうことかしら?」
「校長先生、先日おっしゃってましたよね。学校に来て、勉強とか運動をして将来に備えるって」
「そうね」
ねこは、にこりと微笑んだ。
「わたしにとって、学校は悪影響だとずっと感じていました。わたしの将来のために、この学校に通うのは今日を最後にします」
小仲は、話にならないとばかりに、ふう、と息を吐いた。
「今度、お母様と一緒にお話ししましょう」
「母は、わたしの人生について全権を委任してくれました。わたしが決めたとおりにしていいそうです」
「……あとでお母様に電話するわ」
「どうぞ。失礼していいでしょうか」
「ええ」
退室しようとすると、後ろから「羽黒さん」と小仲が声をかけた。
振りかえる。
「大人になってから後悔するわよ」
ねこは笑みを浮かべて、こう答えた。
「後悔については、よく知ってるので大丈夫です。失礼します」
東京から特急で二時間。
そこからバスで三十分ほどいったところに、雅親の実家はあった。
雅親はバスを降りると、実家へ続く道を歩きながら菊乃と電話で話していた。
「え? 実家に帰ってんの? なんで?」
「うん。親父とちゃんと話そうと思ってさ」
「話す? なにを?」
菊乃が不思議そうな声で聞いてくる。
「俺、映画の世界に進むって決めたんだ。それを認めてもらいたい」
「ふーん。まあ、いんじゃね?」
なんだろうか、この反応の鈍さは。
もうちょっと、がんばれ的なことを期待したのだが。
「菊乃はどこにいるんだ?」
「わたしは東京だよ。ピンクのねこっち見たいじゃん」
「ピンクのねこ? なんだそりゃ?」
「あ、聞いてないんだ。まあ、いいや。がんば」
ぶつっと電話を切られる。
「あいかわらず、よくわからんやつだな」
実家の前までくる。
「よし」
雅親は気合を入れると、実家の玄関を開いた。
五分後。
「あれ?」
雅親は、畳敷きの居間に置かれたテーブルの前に座って、腕組みをし、首をかしげていた。
「言われてみれば、俺、なんで親父に認めてもらいたかったんだっけ?」
ねこの「ラスボス倒さなくちゃ」に「じゃあ、俺も!」と乗っかり、勢いのまま、実家まで来てしまった。
雅親に趣味アレルギーを植え付けた人物なのだから、当然、雅親にとってのラスボスは父親のはずだ。
台所から、母親がお盆に乗せたお茶を持ってきてくれる。
「お父さん、あと一時間ぐらいで帰ってくると思うわ」
「ああ、うん」
入れたてのお茶を啜っていると、母親が「大学はどうするの?」と不安そうな顔で聞いてきた。
「辞める。もう行っても意味ないし」
「そんな。またお父さんに言われるわよ」
焦りが含まれた母親の声とは裏腹に、雅親の心は落ち着いていた。
「まあ、なに言われても、べつに」
どうでもいい。
自然に浮かんできた言葉に、お茶を持つ手が止まる。
つづいて、笑いがこみあげてきた。
「あ、あっはっはっはっ!」
「どうしたの?」
いきなり笑い出した雅親に、母親が驚いている。
「うん。俺、いる場所まちがえた」
「え?」
「帰るよ。かーさん、元気で」
それだけ言うと、雅親は荷物を持って立ち上がった。
「あ。年末は戻ってくるの?」
玄関に向かう雅親に母親が尋ねる。
「戻らない。向こうに、一緒に年越ししたい人たちがいるんだ」
それだけ告げると、雅親は実家をあとにした。
ねこは中学校から出ると、制服姿のままでさくら公園へやってきた。
そこには、雑談で盛り上がっている里美と菊乃の姿があった。たしか、ふたりは初対面のはずだ。菊乃の社交性おそるべし。
菊乃がねこに気づいた。
「おつ。ピンクのねこっち、なかなかイケてんじゃん」
菊乃が両手のひらを差し出し、ねこがそれにタッチする。
「でしょ。美容師さん、紹介してくれてありがとね」
「で、どうだったの?」
そう尋ねる里美に「うん。さとさんに電話いくかも」と答えた。
「そ。適当に話しとくわ」
「よろしく」
スマホの着信音。
見ると、雅親からのメッセージだった。
「マサチカくん、帰りの電車に乗ったって」
「早すぎじゃね? もう話、終わったんかな?」
「俺にラスボスなんていなかったわ、だってさ」
ははっ、と菊乃が笑う。
「気づくのおそいって。ほんとバカだな」という菊乃は、どこか嬉しそうだった。
どういうことだろうと首を傾げていると、ふと、自分の髪のことを思い出した。
「やばっ! 髪の色もどさなくちゃ! 田崎さん、空いてるかな!」
「え、戻すん? 似合ってんのにもったいない」
スマホで田崎の番号を探しながら答える。
「だって、マサチカくんがビックリしちゃうじゃん!」
電話をかけつつ、駅の方に走りだすと、後ろからふたりの話し声が聞こえた。
「愛だな」
「やっぱり、愛よね」
「そういうんじゃないし!」
振り向いて注意をしてから、ねこはまた走りだした。
『Tower unravel』
高くそびえる悪魔の塔。
ブロックをぶつけてつなげて崩しちゃおう。
連鎖で爽快! 新感覚のタワー崩しゲーム!
きみは、十五連鎖の壁をやぶれるか。
いつものカラオケ店。
雅親とねこは、最後の撮影に臨んでいた。
「機材セット完了。準備いいか?」
ねこが自分の頬を叩いて気合を入れてから、「よしこい!」と言った。
マイクのスイッチを入れる。
ねこがキャプチャーソフトをオンにした。
「おはよう、こんにちは、こんばんは! ねこちゃん博士だよ!」
「助手です。このチャンネルでは、博士と一緒にゲーム世界の真実を探求していきます」
「なんと今回で最終回だよ、助手くん。急展開!」
「だから、すぐに終われるパズルゲームで対戦なんですね。うっかり盛り上がりすぎて終わらなかったらどうしましょう」
「大丈夫! そのときは、わたしがわざと負けるから」
「最終回でやらせ宣言はやめましょうよ」
対戦モードを選択してスタートした。
画面には、さまざまな色のブロックで組み上げられた塔が立っており、プレイヤーは塔を挟んで左右に位置している。
落ちてきたブロックをぶつけて、同じ種類のブロックを消しては塔を崩していくゲームだ。
対戦モードは、クリアした時点で、より消したブロックが多い方の勝ち。
もしくは、落ちてきたブロックを処理しきれずに溢れたら負けだ。
「ときに助手くん」
「はい」
「助手くんといえば事前リサーチ量が半端ないことで有名だけど、今回はどんな感じだい?」
「初プレイです」
「よっしゃ! 今回は勝てる!」
「今回もなにも、対戦なんてはじめてじゃないですか」
ブロックをぶつけて、どんどんと塔を崩していく。
「とつぜんの最終回の理由について話しておきます?」
「えー、よくない? わたしが出張いくからとかで」
「雑すぎますって」
「しょうがないなあ。ええと、このチャンネルは、わたしが言い出して始めたわけだよ」
「はい」
「でも始めた動機は、だいぶネジくれてて、相棒の助手くんを利用するみたいになっちゃった」
「はい」
「それに気づいたから、これ以上は続けられないな。終わりにしなくっちゃなって……思ったってわけ!」
「最後は勢いでいった!」
「以上!」
「ぼくも話していいですか?」
「お? 許可しよう」
「このチャンネルは、とある人の動画を参考にしていますよね」
「だね」
「ずっと、博士とふたりで作ってきたつもりだったけど、じつはそうじゃなかった。その人は、ぼくたちを見守ってくれて、アドバイスをくれて、いろいろあったけど、ここまで手を引いてくれた」
「……うん」
「ぼくたちはもう大丈夫だから、先に進めるから、このチャンネルはおしまいにしましょう」
「ぅ……み、みんな! 助手くんがわたしを泣かせるよ! ひどいやつだよ!」
「見てくれてる人にはわけがわからないですよね。すいません」
「あっ! 助手くんに泣かされてるうちに、手持ちブロックが収拾つかなくなってきた! やり方がきたない!」
「人聞きが悪すぎる!」
ねこちゃん博士側に供給されるブロックがあふれて、ついにはゲームオーバーになってしまった。
「はい。ぼくの勝ち」
「え、もう終わり? チャンネル最短の収録時間なんだけど」
「言うこと言ったからいいのでは?」
「そっか。ええと、それじゃ、このチャンネルはさっき言ったように終わるんだけど、はじめて高評価してもらえたとき、登録してもらえたとき、コメントをもらえたときは、ほんっとうに嬉しかった! 一方的に終わりってなっちゃって、ごめんね」
「動画投稿をはじめて、ぼくたちの人生は変わりました。これも、見て、支えてくれたみなさんのおかげです。冒頭でいつも、ゲーム世界の真実を探求してると言ってましたが」
「言ってたね。なんだろうね? 真実って。適当すぎだよね」
「はははっ。でも、ぼくたちなりのものは、ちゃんと見つけられたような気がします」
「いい締めだね、助手くん」
「どうも、博士」
「あっ! あと! いまの登録者さんは八百人だから、もうちょっとで収益化しようと思えばできたし! 嫌になってやめるんじゃないし! そこ勘違いしないように!」
「はいはい。じゃあ、終わりますよ。いつもどおりにいきますか?」
「うむ!」
「よろしければ、高評価、チャンネル登録、SNSでの周知などお願いします」
「まったねー!」
雅親は賽銭箱に五円玉を放り込んでから、パンパンと手を叩いた。
たしか、正式なやり方があったような気もするが忘れてしまった。まあ、思いさえ伝わればいいだろう。
横をちらりと見ると、ねこも同じように手を合わせて、熱心になにかしらを願っていた。
気温は低いが、白くてもこもこのダウンコートや厚手の手袋など、完全装備なので暖かそうだ。
ねこの目が開くのを待ってから声をかける。
「いこうか」
「うん」
近所の神社の境内は、朝の五時にもかかわらず、初詣の人でごった返していた。
初詣ついでに、初日の出を拝もうという人が多いのかもしれない。なぜなら、雅親とねこもそうだからだ。
まだ空は真っ暗だが、左右に並ぶ屋台によって参道は明るさと活気に満ち溢れていた。その中を、ふたりでゆっくりと歩いていく。
「あ。わたがし食べたい。買ってきていい?」
「どうぞ」
里美も来ると思っていたのだが、除夜の鐘を聞くなり、「じゃ」と言って、いつの間にか仲良くなっていた丸山の家に移動してしまったそうだ。
「いいお酒がそろってるわよ。雅親くんもどう?」と誘いのメッセージが来たが、恐ろしすぎるので遠慮しておいた。
「おまたせ。はい、ひと口あげよう」
「おう。さんきゅ」
ねこが、ちぎったわたがしを差し出してくれたので、それをパクリと食べる。
甘さと風味を残しながら、すぐに口の中で溶けていった。
「わたがしなんて、十年ぶりぐらいに食べた」
「わたし、去年ぶり。毎年きてるからね」
「そっか」
雅親は途中で甘酒を買い、ふたりはそれぞれのものを堪能しながら、神社の境内を抜けた。
さくら公園に向けて歩き始める。
「新しいバイト、決まったの?」
ねこの質問に「ああ」と答えた。
「映像会社の雑用だけどな。映美さんと一緒に、休み明けから行ってくるよ」
映画の道に進もうと決めたが、大学も辞めてしまったし、なにをとっかかりにしていいかわからない。そう田崎に相談した際に紹介してもらったのだ。
その場にいた映美もすかさず、「わたしも!」と手をあげ、一緒にバイトすることになった。
映美は俳優を目指すのかと思いきや、監督志望だそうだ。
「若社長の妻の座に収まってもいいんだけどね」と言っていたが、陣と映画の世界のつながりを作っておきたいのかもしれない。
「くま店長が寂しがるね」
「コロッケでも買いにいくよ」
「あははっ」
新しいバイト先が決まったので、スーパーくまおかは去年いっぱいで辞めていた。
熊岡に引き止められるかと思いきや、そんなことはなく、門出祝いまでいただいてしまった。本当にいい店長だが、「うちで使ってね」のひと言だけが余計だった。
「アルバイト、楽しいといいね」
「だな。ねこも菊乃の手伝いするんだろ?」
ふ、とねこが遠い目になる。
「会社法とか簿記とか、いっぱい本が送られてきたよね」
「ははっ。中学生が読むようなもんじゃないな」
ねこは菊乃の起業の手伝いをすることになった。
といっても、まずは勉強からはじめて数年後に戦力になってくれればよい、というのが菊乃の目算らしいが、意外と早く活躍するのではないかと雅親は思っている。
「まあ、いつかお菊ちゃんと仕事できたら楽しいだろうし、がんばるよ」
話題がなくなり、ふたりは無言で歩き続けた。
駅前商店街をとおり、照明の消えたスーパーくまおかの前をとおり、駅前広場を経由してさくら公園に到着するころには、空は明るさを増していた。
初日の出を迎えようという人の姿が、パラパラと見える。
「空いてた。ラッキー」
そう言いながら、ねこが、いつも打ち合わせに使っていたベンチに座った。
雅親もその隣に腰掛ける。
並んで座るふたりの息が、白く、ゆるやかな風に乗ってなびいていく。
居心地が悪いのか、ねこがもぞもぞと座り直した。さっきから、なにか話したそうな気配を感じていた。
そして、それは雅親も同じだった。
「ねこ」
意を決して口を開く。
「ん?」
雅親は、ねこの目をまっすぐ見て言った。
「俺と一緒に、動画配信者やらないか?」
ねこは、すこしだけ目を見開くと、慌てたように何度もうなずいた。
「や、やる。やりたい。わたしも、いつ声かけようか迷ってた」
「ふうぅぅ」
雅親は、長々と安堵の息を吐いた。
ズルズルとベンチの上で脱力していく。
「え、なに? どしたの?」
「いや、じつはまだちょっとトラウマだったんだなって思って」
「どゆこと?」
「こっちの話だから、お気になさらず」
また、ちゃんと座り直す。
「へへへ」
ねこは嬉しそうに笑うと、「また今度、企画会議しようね」と続けた。
「企画な。もちろん、もう考えてある」
「お? じつはわたしもあるんだよね。絶対、わたしの方が面白いけど」
「なんだとぉ? じゃあ、勝負するか?」
「しようしよう! 一緒に発表だ!」
ふたりで息をあわせる。
「せーの!」
つづく声は、冷たく澄んだ新年の風に運ばれていった。
東の空からは、ゆっくりと、新しい太陽がのぼりはじめていた。
Fin
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