第9話 クランクアップ!

 黒板の前で生徒が怒られている。

「田中くん、また忘れもの? これで何回目かな? きみのせいで、いつも授業が止まって、クラスのみんなに迷惑かけてるんだからね」

 授業を止めてるのはあんたじゃん、と冷えきった心でねこは思った。

「また、あいつ怒られてる」

「バカじゃん」

 いまにも泣き出しそうな田中を見ながら、教室の中ではクスクスとした笑い声が起きていた。

 この空気が大嫌いだ。

 勉強をしないと将来困る。ルールを守れないと社会でやっていけない。和を大切にしろ。一位を目指せ。人に迷惑をかけるな。

 そういったことを押し付けてくる大人たちは、なにも困っておらず、社会でうまくやっていて、和を大切にし、常に一位を目指しつづけており、だれにも迷惑をかけずに生きているのだろうか。

 それができていないのであれば、いま田中を怒っている教師は、どんな権利を持って、ひとりの人間に苦しみを与えているのだろう。

 教師の声は続いている。

 クスクス笑いも続いている。

「うるさいな」

 耐えきれずに、ねこは耳をふさいだ。


 家に帰っても、なにかをする気にはなれなかった。

 電気もつけずに、ベッドの上に座ってタブレットで動画を見ている。特に面白いとも思わないが、他の時間の潰し方を考えるのも面倒だった。

 玄関の鍵を開ける音がして、すぐに「ただいま!」と、良太の声がした。荷物を置いたり、スーツを脱いだりといった、バタバタとした気配。

 しばらくすると、ねこの部屋のドアをノックする音が聞こえた。

 そっとドアが開く。

「ねこさん、ただいま」

「おかえり」

「どうしたの? 部屋、暗くない?」

「なんでもない」

 我ながら感情のこもらない返事になっていると思う。

 それにも関わらず、良太は明るい声を出し続けた。

「そう。今日はハンバーグ作るね。チーズのせる?」

「どっちでもいいよ」

「そっか」

 そこでようやく、気まずい沈黙が訪れた。

「お邪魔します」

 良太はそう言うと、ねこの部屋に入ってきた。

 ベッドの横に膝立ちになり、ねこの顔を真っ直ぐに見る。

「だいじょうぶ?」

 その態度に、ねこはものすごい苛立ちを覚えた。

 ひとりになりたいのだから、放っておいてほしい。全身でそういうアピールをしているのを、どうしてこの父親は理解しないのか。

 ねこは、良太のことを睨みつけた。

「ほっといて」

 良太は、困ったような笑顔を作ると「うん。ごめんね」と言って立ち上がった。

「ハンバーグできたら呼ぶからね」

 罪悪感で胸が痛む。

 良太に八つ当たりしていることは理解しているが、自分でもどうしていいのかわからない。

 しばらく台所で作業をする音が聞こえていたが、やがて、またドアがノックされた。

「ごめん。卵買ってくるの忘れちゃった。ちょっとコンビニ行ってくるね」

「ん」

 タブレットの画面から視線をそらさず、それだけ返す。

「行ってきます」

 部屋のドアが閉まり、良太が玄関から出ていく音が聞こえた。


 ***


 会うなり、ねこに「なにそのひどい顔!」と驚かれた。

 今日も、スーパーくまおかにはねこが買い物に来ていた。

 従業員たちとも顔見知りになり、すっかり、常連客だ。

「また寝てないんでしょ?」

 レジに入っている雅親は、ねこが持ってきた商品をピッピッとスキャンしながら弁解した。

 今夜の献立は、鳥のもも肉と大根を甘辛く煮付けたものらしい。先日のブリ大根のトリバージョンだと言っていた。うまそうだ。

「趣味アレルギーがなくなっただろ」

「うん」

「映画がいくらでも見られるし、ゲームもいくらでもできるから、気付いたら朝になってるんだよな」

「実況の編集もやってるでしょ? ファイルの更新時間が深夜になってたし」

「やってる。あと映画の音声も追加分を収録したぞ」

「前も言ったけど、ちゃんと寝てよね。継続できなきゃ意味ないんだから」

「わかってるって」

 ねこは手を頭にやると、「ほんとかな」と呆れるように息を吐いた。

「で、いま作ってる映画は来月の学祭で流すんだけど、ねこも見に来ないか?」

「え? いいの?」

「無料だし、だれでも入れるから。よかったら丸山さんもどうですか?」

 隣のレジにいる丸山にも声をかける。

「もちろん、行くわ」

「え、その日のシフトはどうするのさ?」と、サッカー台に置いてあるチラシの入れ替えをしていた熊岡が不満げな声を出した。

 近所の保育園の「園児募集」チラシや、子どもサッカークラブのチラシを無料で置いてあげているのだ。

「そろそろ他のバイトも育ててくださいよ。俺たち以外にもいるでしょ」

「みんな、きみたちほど時間の融通が利かないんだもん」

「俺たちだって、いつまでもいるわけじゃないんですからね」

「そんなこと言わないで、うちの店に骨を埋めておくれよ」

 熊岡の、大きな身体で哀れっぽい声を出す姿がすこし面白い。

 ねこが熊岡に向けて手をあげた。

「じゃあ、わたしがバイトしよっかな」

「ほんと? ねこちゃんなら大歓迎」

「中学生ってアルバイトできましたっけ?」と丸山が言うと、熊岡が壁に張り出してある「スタッフ募集」のポスターを見上げた。

 他の三人もそちらに目をやると、「中学校卒業以上」という条件が書いてあった。

「またのお越しをお待ちしております」

 熊岡は、わざとらしく肩を落とした。


 大学最寄り駅近くのファミレスは、すっかり、陣や映美との打ち合わせ場所になっていた。

 雅親は、コーヒーを手にしながら陣に聞き返した。

「おばあちゃん役?」

「うん、そう。最後のシーンでは主人公が歳を取ってるんだけど、さすがに映美さんにメイクしてもらっても難しいからね」

「いやあ、ピチピチすぎてすいません」

 へへへ、と映美が照れてみせる。

「だから、年配の人で芝居ができる、もしくは興味のある知り合いはいないかなって」

「年配の女性……」

 年上の女の人の知り合いは、里美と丸山ぐらいしかいない。

 おばあちゃん役とか言うと、それぞれからぶん殴られそうだ。

「いませんね」

「だよね」

 はあ、と陣がため息をつく。

「ネットで募集してみようかな。あまり、お金かけたくないんだけど」

「でも、こういうシーンがあるって、シナリオ段階でわかってたんですよね? どうするつもりだったんです?」

「最初は、最低限のひとり芝居と、ひとり語りで作ろうと思ってたんだよ」

 言ってから、陣が三杯目のココアを飲む。どうやら甘党らしい。

「でも、卯之くんが手伝ってくれるってことで、彼氏のナレーション中心に変えて、姿もすこし出してってしてたら、欲が出ちゃって」

「ほんと卯野くんには感謝。かなりいい感じになってると思う」

 映美はオレンジジュース一択だった。

 色といい味といい、なんとなく映美に似合っている気がする。

「それはよかった」

 答えつつ、コーヒーをひと口飲むと、演技ができそうな人物を知っていそうな人物に思い当たった。

「あ、知り合いが多そうなやつに心当たりあるんで聞いてみますね」

 スマホを操作して、菊乃宛に「こんな知り合いいないか?」というメッセージを入力する。

 送信ボタンを押してポケットにしまおうとしたら、すぐに返信がきた。

「お」

「どうだった?」

 陣と映美が前のめりになる。

「役者さんは知らないけど、舞台でメイクやってる美容師さん知ってるよ。聞いてみようか? だそうです」

「ぜひお願いしたい!」

 ぜひ頼む、と入力して送信。数秒で「オッケー」という返事がきた。

 菊乃は、常にスマホを見張っているのだろうか。

「うまくすれば、メイクでいけそうですね」

「そっかあ。わたし、最後までやれるんだ」

 映美に、雅親と陣が視線を向ける。

 映美は照れたような表情を浮かべ、「じつはちょっと気にしてたんだよね。途中で他の人に渡すのやだなって」と言った。

「映美さん……」

「クランクアップまでお願いしますね、陣監督」

 なにやらラブラブな空気が流れはじめたところで、雅親は席を立った。

「じゃ、俺は帰ります。メイクの件はまた連絡しますね」

「なにか予定あるの?」と尋ねる陣に「俺も撮影があるんですよ」と答えた。


 羽黒家のマンション。

 夕飯をごちそうになったあと、雅親とねこはリビングでゲーム実況の撮影をしていた。

 里美は、静かに飲みながらそれを見ている。

「よっしゃ! 突撃せよ、助手くん!」

「博士は横にまわって援護してください! 反対! そっち違う!」

「反乱軍! 反乱軍こっちきた! ヘルプ、助手くん!」

「自分で何とかしてください!」

 善政を敷いて反乱軍を瓦解させることを選択せず、弱体化した最後の勢力ぐらいは力でねじ伏せようぜ、というねこ博士の方針のもとに突撃してみたが、意外と手強かった。

 雅親の事前プレイでは、きっちりと善政攻略をしてしまったので、この展開になるとどうしていいかわからない。

 これはこれで「助手くんの下調べ踏みにじり展開」として好きだ、という視聴者さんのコメントをもらったことがあるので、チャンネル的には悪くないようである。

 なんとかクリアすることができて、無事に今回のシリーズも終わりを迎えた。

「よろしければ、高評価、チャンネル登録、SNSでの周知などお願いします」

「まったねー!」

 ねこがキャプチャーソフトをオフにするのを待って、ふう、とふたりで息を吐いた。

「ファイル、クラウドにあげといてくれ。帰ったら編集はじめるから」

 言いながら、マイクやモニターケーブルなどを、すっかり慣れた手つきではずしていく。

 ねこが不満そうな顔になった。

「明日でいいってば。ちゃんと寝て」

「寝てる寝てる」

「さとさん!」

「なによ?」

「マサチカくんにお酒飲ませて。今日は作業できないようにして」

「まかせなさい」

 里美は、さっそくグラスを取りに台所に向かった。

「いや。あの、ちょっと」

 里美を止めようとすると、「いいから久々につきあって。ねこはお皿洗ってくれる?」と言われてしまった。

 機材の片付けや、ファイルのクラウドストレージへのアップなどが完了してから、ねこは台所に行き、雅親は里美の酒につきあうことになった。

 いつぞや飲ませてもらった、安くておいしい白ワインだ。お気に入りなのだろう。

「最近のねこ、どこか変じゃないですか?」

「そう思う?」

「なんていうか……」

 以前、菊乃と沙耶をビジネスホテルまで送っているときに、ねこはなにかを言いかけた。

 あのあたりからだろうか。ふとした瞬間に、ねこの表情に影がさしている気がするときがある。

 それを、里美にどう説明すればいいだろうか。

 言葉に詰まっていると、「ねえ、雅親くん」と里美が口を開いた。

 顔を向ける。

「もし、あの子が負担になるようであれば、いつでも放り出していいからね」

「どういうことですか?」

 里美はグラスに入ったワインを一気に飲み干した。

 ことりと、グラスをテーブルに置く。

「きみが背負うべき荷物じゃないってこと。いまの雅親くんは、自分の人生を生きてる感じがする。わたしも……たぶんあの子も、その邪魔をしたくないの」

「よくわかりませんけど」

 その言葉に、なぜかすこし腹がたった。

 睨みつけるようにして里美に言う。

「俺は、ねこの相棒です」

 視線を受けた里美は、ふふっ、と笑った。次の一杯をボトルからグラスにそそぐ。

「きみならそう言うと思った。じゃあ、甘えたこと言っていいかな」

 無言で頷くと、里美は「もし、あの子が助けを求めてきたら、手を引いてあげて」と言った。

「もちろんです」

「ありがと。そういえば、映画つくってるんだって?」

 ねこの話は終わったようだ。

 雅親も肩の力を抜いて、リラックスした空気が流れた。

「はい。来月、大学で流すんですけど、さとさんもどうです?」

「ねこから聞いたわ。その日は日勤なのよ、ごめんね」

「いえ、大丈夫です」

 雅親はグラスに残ったワインを飲み干す。

 ちょうどボトルが空いたところで、ねこがリビングに顔をだした。

「お皿、洗い終わったよ。お酒はどんな感じ? マサチカくんが作業できないぐらいに飲ませてくれた?」

「どう?」

「十分いただきました。ねこ。あとで視聴者さんのコメントに返事しといてくれ」

 立ち上がり、帰り支度をする。

「いいけど、助手くんから返したら?」

「ねこちゃん博士から返事もらった方が嬉しいだろ」

 里美に軽く頭を下げる。

「ごちそうさまでした」

「うん。よろしくね、雅親くん」

 よろしく、の中には別の意味が含まれているような気がした。

「はい」

 雅親も、思いを込めてそう返した。


 日は傾き、街並みの向こうに沈もうとしている。

 堤防は高い位置にあるので、太陽の動きをしっかりと捉えることができた。

 いつか、ねこと一緒に早朝撮影したときの逆バージョンだ。

 夕方の河原。

 老化メイクを施された映美が、ゆっくりと暗くなっていく川の流れを見つめている。

 そっと目をつむる映美。

 余韻までをしっかりと抑え――。

「はい、オッケー! 撮影すべて終了です!」

「おつかれー!」

 陣の宣言を受けて、いきなり、いつもの映美に戻った。

 顔はおばあちゃんなのに、腕をあげてはしゃぐさまは若者の動きで、えらくチグハグだ。

「田崎さん。ありがとうございました!」

 雅親が、隣に立っている男性にそう言うと、陣と映美も「ありがとうございました!」と続けた。

「いやいや。クランクアップに立ち会わせてもらっちゃって、こちらこそありがとう」

 田崎は、菊乃に紹介された美容師だ。

 年齢は四十歳後半だろうか。まばらに白いものの混じる髪の毛を短くしており、すこしだけ、あごヒゲを生やしている。

 細いが、がっしりとした体型。ブルーの半袖シャツと、チャコールのチノパンで、スマートな見た目だった。

 趣味で演劇を見に行っているうちに主催者と仲良くなり、無償でメイクをおこなうようになったそうだ。特殊メイクというほどではないが、シナリオの内容に合わせて、ある程度の年齢に見えるように工夫することもあるらしい。

「舞台と違って、さすがに昼間の外だと不自然になっちゃうからね。撮影が夕方しばりになっちゃったけど」

「むしろ、ストーリーと合っていてよかったです。演出として使わせてもらいます」

 陣の言葉に、田崎は「それはよかった」と笑みを返した。

「編集残ってるけど打ち上げいこうよ。田崎さんもよろしければ、いかがです?」

 映美が老化メイクのままで言う。

 雅親は、それに待ったをかけた。

「あ。その打ち上げ、別の日にしてもらえますか?」

「またゲームの撮影?」

 陣の質問に首を横にふる。

「打ち上げ会場は俺が手配してるんで。あとで場所と時間を連絡しますね」

「はあ。そうなの?」

 不思議そうな表情を浮かべる陣と映美。

 雅親と田崎は、顔を見合わせてにやりと笑った。


 数日後の午前十時。

 郊外のバス停で陣と合流した雅親は、陣を導くように、先頭に立って歩いていた。

「どこに向かってるの? しかもカメラ持ってこいってどういうこと? なにか撮影するの?」

 不安そうな声をあげながら、後ろからついてくる陣に説明する。

「すぐそこです。映美さんと田崎さんには、先に行ってもらってます」

「ぼく、時間まちがえてないよね?」

「連絡したとおりでした。むしろ、あまり早く来られたらどうしようと思ってましたよ」

「どういうこと?」

「まあまあ」

 誤魔化しながら、住宅街の中を歩いていく。

 都心から離れているということもあって一軒家が多い。平日なので、あまり人の気配は感じられなかった。

 十分ほど歩いて、目的の場所に到着した。

「ここです」

 雅親が足を止める。

 後ろをついてきた陣も足を止めると、ぽつりとつぶやいた。

「教会?」

 あざやかな緑色をした芝生の先には、白く朝日を反射する教会があった。

「準備できてるみたいだから入りましょ。お先にどうぞ」

 いまだに事情を飲み込めていない陣の背中を押して、教会の扉を開ける。

 教会の中は、高い位置にある窓から光が差し込み、全体が輝いているようだった。

 こげ茶色をした木製の長椅子が並ぶ、その奥。祭壇の前には、純白のウェディングドレスを着た映美が後ろを向いて立っていた。

「あ。陣先輩」

 陣に気づいた映美がこちらを振り向く。

 田崎によってメイクを施された姿は、雅親でさえ、見とれてしまいそうな美しさだった。

「ううううう卯野くん、ここここれは?」

 陣は、頭頂から湯気でも吹き出しそうな様子だ。

 雅親が説明する。

「主人公が結婚するシーンです。指輪をはめる手だけのカットになってましたけど、ちゃんとドレス姿を撮らないとウソでしょ」

「どどどうすれば」

「カメラを出して、電源入れて、撮影してください。予行練習だと思って。映美さん! 振り向くところから!」

「おっけー!」

「よよよこう」

「いいから! カメラスタート!」

 動揺が止まらない陣の背中を押す。

 それがスイッチになったのか、陣はカメラを構えながら映美のもとへ進んでいった。

「ふう」

 なんとかうまくいったようだ。

 安堵の息を吐いていると、「おはよう」と田崎がやってきた。

「おはようございます。田崎さん。朝早くからありがとうございました」

 頭を下げると、「いいのいいの」と返してくれた。

「サプライズって楽しいよね。それに、こういうことできる若者の経済的負担も軽減したいし」

「ははっ。ほんとに助かりました」

 この教会は本当の結婚式もやっているが、撮影だけのフォトウェディングプランも提供していた。

 スタジオ代と衣装代は、それなりの出費になったが、メイク代だけは田崎が友人価格として格安で対応してくれた。

 最初から撮影を頑張ってきたふたりへの、雅親からのお祝いのつもりだ。陣と映美からお金を出すと言われても、絶対に受け取らないと決めていた。

 雅親と田崎は長椅子に腰かけて、撮影しているふたりを見守る。

 田崎が静かに尋ねた。

「卯野くんは、幸せにしたい人はいるの?」

「います」

「即答だね。どんな人?」

「普段は明るく振る舞ってて、家のことも、やりたいこともがんばってるやつです」

「ふうん」

「でも」

 雅親の目は、壇上のふたりに向けられている。

 だが、瞳の奥では別の人物を見ていた。

「どこか、無理してるような気がします。あいつは気付いてないだろうけど、あの日、俺に手を差し伸べてくれたから、いま、ここにこうしていられる。だから次は、俺が、なにかはわからないけど、手助けをしたい」

 雅親の横顔を見ていた田崎が、ふっと微笑んだ。

「愛してるんだね」

「そういうんじゃないですけどね。あ、転んだ」

 陣がバランスを崩して尻餅をついていた。

 映美が笑いながら手を差し伸べ、陣はその手を取って立ち上がる。陣の手を握ったまま、映美は雅親に向けて親指を立てた。撮影は無事に終了したらしい。

「よしっ!」

 雅親は勢いよく立ち上がると、大きな声で宣言した。

「クランクアップ! 飲みに行きましょう! 朝だけど!」

「いえー!」

 教会の中に、四人の声が響き渡った。

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