第5話 扉からの来訪者
「————どうやら、俺達は
最も、ここは御伽話に出てくるようなワンダーなランドではない。
魔法という未知の恐怖が、まるでロケットランチャーを突きつけられているかの如く、こちらに牙を向いている。
アイスは懐に拳銃をしまい、シーナに問うた。
「質問その三だ。てめえの目的はなんだ?」
シーナは長身のアイスを見上げる。
銃をしまったことで敵意がないことが分かったのか、彼女の震えも止まっていた。
シーナは
さっきまで前の出来事に集中しすぎていて気づかなかったが、アイス達が通ってきたのは巨大で神秘的な石扉だった。
「————私は、この扉の守護者。私の使命は、ここにある『賢者の扉』を守ることなのです」
まるで大聖堂の入り口のような豪勢な造形であり、この息が詰まりそうな暗い牢獄とはあまりにも不釣り合いだ。
唯一残念な部分を挙げれば、アイスが扉を蹴り飛ばしたせいで左側の戸が欠けていることだった。
「この世界に魔法を作り出し、魔王を討伐したと言われている英雄『賢者』によって作られた扉。私はこの扉から賢者様が出てこられるのをずっと待っていました……」
この薄暗い牢獄の中で。
湿気によって蔓延るカビ、隅から際限なく溢れる虫に体を蝕まれながらも。
それでも、希望を捨てずに、待ち続けていたんだと。
「賢者様が、私をお救いくださると信じて、今日まで生きてこられたのです。なのに————あなた達は一体どうしてこの扉から出てきたのですか……!?」
シーナは目元に涙を浮かべて訴えかける。
この世の不条理を嘆くような目だ。
彼女の衣服、そしてこの劣悪な環境から考えても、シーナが不当な扱いを受けていることは容易に想像できる。
拠り所を求めていることも。
「……」
アイスは再び考える。
黒い瞳を、宙に這わせて考えを巡らせていた。
そして、ほんの少し時間が経った後、アイスはシーナに歩み寄る。
「いいか? よく聞けよメスガキ」
「め、めす? あ、はい……」
ポケットから新しい煙草を取り出して咥え、ピンとライターを弾いて火を灯す。
人差し指と中指で固定し、煙を吐くと同時に告げた。
「————俺が、賢者だ」
「「え?」」
その場にいる全員が目を丸くする。
とてつもなく、辺りがしんと静まり返った。
「ア、アイス……お前いったい何言ってんだ?」
メンバーが皆、呆れた顔をしている。
予想外の発言に、誰もついていけなかった。
煙草を片手に、もう片方をポケットに入れた賢さの欠片もない態度の奴が、
ジョークにもなっていない。
そんな中、一人だけ違う反応をしていた。
「そ、そうなのですか!?」
「!」
突然、小さい体を前のめりにして、シーナはアイスに迫る。
普段冷静なアイスが、流石にぎょっとしていた。
「確かに! 500年間開いたことがなかった扉が開き、そこからあなた達が出てきた。つまりはそういうことなんですよね!?」
シーナはエメラルドの瞳をキラキラと輝かせる。
それは、明らかに信頼の目であった。
すなわち、シーナの言葉の端の端を捉え、ほぼ出まかせで言ったアイスの言葉を、この少女は信じたのである。
「おいアイス……いつの間にお得意の催眠術を使ったんだ?」
「————いや、今使おうとしていたところなんだが……」
心を操って情報を探ろうと考えていたことに間違いはない。
ただ、オールバックにサングラスというチンピラみたいな格好の奴が賢者だと口にしただけでそれを信じ、催眠術を使うまでもなかったのである。
つまりこの少女————
「ようやく私を救いにきてくださったのですね!? 私にできることであればなんでもしますので、どうか私をお連れになってください!!」
「あーー……分かった、一旦落ち着いてくれ。クールに行こうぜ嬢ちゃん」
しかも、あまり人の話を聞かないタイプだ。
一度刷り込まれたことは、天地がひっくり返っても覆らないというような、タチの悪い頑固さを感じる。
魔法の世界で、仲間に裏切られた先で。
このクソみたいな暗い牢獄の中で、最初に仲間にしたのは————
馬鹿正直なメイドであった。
「————で、俺達はどうすりゃいいんだ?」
マックスが話を仕切り直す。
少女シーナのおかげで多少空気が和んだものの、アイス達の状況が何一つとして好転していないことに皆気づいた。
アイス達は顔を見合わす。
「もう一度扉を抜ければ、現実に戻れるってのか?」
「そうかもしれねえが、この道を戻ればもれなくサイコキラーのクソ野郎が待ってやがる」
「倉庫でどん詰まりだからな……チャカやらグレネードやらでポップコーンになる未来が見えるぜ」
裏口から外に抜けれないとなれば、アイス達が逃げ込んだ倉庫は完全に行き止まりだ。
相手の方が銃火器が潤沢にある以上、たった一つの入り口からアーロン達を退けて逃げることは不可能に近かった。
現実に戻るという選択肢からは、活路を見出せない。
「……かと言って、この道を進めばあの化け物の餌食ってわけか————シーナ、てめえの魔法であの化け蜘蛛をなんとか……こう、倒せたりはできねえのか?」
「そ、そんな、私には無理です! 対して、攻撃魔法を持っていない私では太刀打ちできません!」
シーナは慌てて否定した。
攻撃魔法がどんなものかは知らないが、確かに彼女は戦うような風貌ではない。
「つまり、俺達は魔法の化け物に対して、魔法なしでなんとかしねえとならねえってことか」
「じょ、冗談じゃねえ!」
ジョージが喚く。
顔面を蒼白にし、丸太のように太い足を震わせていた。
「あのエイリアンみてえのに好き好んで食われろっていうのか!? あんなのシュワルツェネッガーを連れてきたってどうにもなんねえぞ!」
「おい、そのでかい図体といかつい顔は飾りかジョージ、戻るという選択肢がない以上、前に進むしかねえだろ」
あとシュワルツェネッガーだったら、エイリアンじゃなくてプレデターだ、とリルは重ねてツッコミを入れる。
それに反抗するかのように、ジョージは余計に憤慨した。
「だったらてめえがなんとかできんのかよ!? 全員グレイスみてえに肉団子にされて奴の腹ん中に収まっちまうことだろうよ!」
ジョージの言葉に、マックスもミルドも明らかに暗い顔をする。
先ほどの惨状を目の前で見せられれば、誰だって
この場の全員が、魔獣に喰われて死んでしまうと。
最悪な未来がすぐそこに見えていた。
だが、その中でアイスのみがその口角を釣り上げる。
「————いいぞ。ようやく頭が冷えてきたところだ。前に進み続ければ、希望はある」
蜘蛛の化け物だの魔法だので多少動揺したものの、やることはシンプルだ。
目の前の障害を取り除いて前に進む。
その方法は問わず、使えるものはなんでも使い、誰かを
これが、詐欺師の仕事の仕方だ。
ちょっとスピリチュアルな要素が加わったくらいでは、俺達のやることは変わらない。
「リル、何か使えそうなもんはないか?」
「あいよ、リーダー」
リルはパーカーのチャックを開け、ありとあらゆるところに仕込んでいた道具を次々と落とす。
リルは
財布に始まり、携帯電話、仕込みナイフ、銃、薬、愛人にあげるための指輪に至るまで、あらゆるものを敵から掠め取り、ストックする。
ほとんどの人間は、彼女にスられたことに気づかない。
ノミが止まるよりも彼女のスリは分からないと、ロサンゼルスの裏社会で有名だった。
そんなリルの本日の成果物の中で、アイスは一つのものに目をつける。
そして————にやりと、笑みを浮かべた。
「……おい、メガバックスでジャックポッド狙うよりも博打かもしれねえが、俺に賭けてみる気はねえか?」
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