第4話 魔女の家
薄暗い空間に不気味な音だけが響いている。
壁掛けの松明に照らされ、ぼうっと写る巨大な影から、粘液質な咀嚼音が聞こえるのだ。
大蜘蛛はグレイスを
そして次の瞬間、一気に飛び上がって視界から消えた。
「あれはなんだってんだ……? ば、バカみてえにデカかったぞ……!」
一人減って五人になった『ラウェルナ』のメンバーは皆、あまりにも
アイスはロングコートの懐から拳銃を取り出し、その場に座り込む給仕服の少女に向ける。
「おい、魔女の家ってのはなんだ……あの化け物は幻か何かか? こいつは一体何の冗談だ……?」
その場の全員が少女に注目する。
少女は拳銃が向けられたことに一切動じず、ただ暗い目をして口を開いた。
「あれは、この家の見張りをしている
立ち入ったが最期、彼のようになってしまいます、と少女は通路の方を指差す。
そこには生々しい血痕が、通路の真ん中を赤く染めていた。
「ここは、伝説の魔女『アストラ』の館。魔女の財宝を狙う山賊や冒険者達は、全員ここで無惨な最期を迎えます。あなた達も————」
「おいおい……こいつの言っていることが何一つとして理解できねえぞ」
「まるでヤクでトンじまってる奴のセリフだぜ……あんまり信用ならねえんじゃねえのか?」
「……つってもな」
ジョージもマックスも、『ラウェルナ』のメンバー全員が疑心暗鬼になっている。
あの化け物を見てしまった時点で、少女の言葉を全て突っぱねることができなくなってしまっていた。
あるいはここにいる全員が薬に侵され、全く同じ幻覚を見てしまっているのか————
そんな非現実なことまで考え始めている。
「それよりも、あなた達はなんなのですか————」
少女が言い切る前に、リルが発砲した。
耳をつんざくような爆発音と共に、銃弾が少女の目の前の床を
少女の息を呑む音が聞こえた。
「いや、てめえが先だ。こいつで頭をピンボールみてえに弾かれたくなかったらさっさと喋りやがれ」
リルはこの意味の分からない状況に明らかにキレていた。
左腕の傷が痛むのも影響しているのだろう。
少女はここで初めて自分の犯されている状況を理解したみたいにわなわなと震え出した。
あたかも拳銃の殺傷能力を今初めて知ったかのように。
「わ、私はこの家で給仕見習いをしているシーナと申します……」
怯えながら、少女シーナは自身の名を名乗った。
リルは銃口の先をシーナの頭に固定し、鋭い目で睨みつける。
「質問その一だ。あの黒い化け物はてめえが用意した殺人ロボットか何かか? 是非ともうんと言ってくれた方がストンと腹に落ちるんだが」
「ろ……ぼっと……? さ、先ほども言いましたようにあれは大蜘蛛です……この館の婦長様の
シーナの口調は変わらない。
出鱈目を言っているわけではないことは確かだった。
リルはイラついたように後頭部を掻いた後、再度シーナを問い詰める。
「……質問その二だ。その魔法って言ってんのが分からねえ。てめえの言っている魔法ってのは何だ?」
「……? 魔法は魔法です。空気中のマナ————精霊の加護を感じ取り、もたらされる恩恵を具現化する。それによって炎や水を操り、魔獣をこの世に呼び出し、傷ついたものを癒す————誰もが知っている常識です」
またもや意味不明な言語が出てくる。
リルはなにもかも投げ出して引き金を引いてしまいそうになっていた。
それをなんとか堪えたように首を振り、質問を続ける。
「傷ついたものを癒す、とか言ったな。まさかとは思うが、てめえはこの傷がちちんぷいぷいだのなんだの言って治るとでも言いてえのか?」
「……精霊の恩恵を享受すれば、それも可能となるでしょう」
ここまで言ってもシーナは自分の発言を訂正しなかった。
もう完全に頭がイカれちまっているのか、あるいは————
リルは拳銃をしっかりと持ち直し、再度シーナに照準を合わせる。
「おもしれえ……おいガキ、今ここでやってみろ。それで何も起こらなかったり、妙な真似をしようもんなら即デッドだ。答えはイェスか……?」
リルは自分が無茶なことを命令していると自覚していた。
だが、これであの化け物の正体も、この少女の正体も、ある程度はっきりする。
次に進むために、はっきりさせておかなければならないことだった。
少女シーナはその命令に抗うことなく、ゆっくりと立ち上がり、リルの元へ向かう。
そして、銃を構えるリルの前で立ち止まり、左腕に向かって両手を広げた。
『慈悲深き大地の精霊よ、迷える民の傷を癒やせ————ヒール』
シーナが何かを唱えた瞬間————彼女の手のひらが緑色に輝き出した。
薄暗い部屋の中で
すると————
「な、なんじゃこりゃあ……!?」
左腕の銃創が、みるみると塞がっていく。
まるで傷の周りだけ別の生き物かのように、繊維が勝手に繋がっていく。
そして、いつの間にか血が止まり、傷が治っていた。
「……私は低級の治癒魔法しか使えないので、せいぜい傷を塞ぎ、痛みを取り除く程度です。より上級の魔法を行使すれば、傷は瞬く間に治るでしょう」
「お、おい、アイスこれ————」
リルは左腕を思いっきり回しているが、痛みを感じている様子はない。
確かに傷跡はまだ残っているものの、出血は完全に止まっている。
傷が治っている。
動揺するリル、生き残ったメンバー————ジョージ、マックス、ミルドも信じられない光景に口をあんぐり開けている。
そして、アイスは思案顔でつぶやいた。
「————どうやら、俺達は
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