第6話 目を騙す

「————いいか、ジョージ。やることは分かったな?」


「分かったけどよぉ……こ、こんなのイかれてるとしか思えねえよ……」


「てめえビビって逃げ出してみろ。蜘蛛が喰らっちまう前にあたしが殺してやる」


「そ、そんなにプレッシャーかけるんじゃねえ……! 分かったよ、やってやる……」


 ジョージは顔をブルドックのように振り、なんとか精神を落ち着かせようとしていた。

 息づかいが荒く、滝のように汗が流れ出ている。


「————よし……行くぞ!!」


 そんな極限の緊張状態の中、ジョージは意を決して立ち上がった。

 皆が見守る中、鉄格子の扉の前に進む。

 もう一度、最後の深呼吸をすると、ジョージは一息で通路に躍り出た。


 そして、通路の中央で停止し、天井に向けてを突き出す。


「うおおおおおおおおおお!!!」


 気合いの咆哮を喉からほとばしらせ、ジョージはのスイッチを押す。

 すると、赤い光がジョージの手元から天井に向けて照射された。


 それによって赤く照らされた天井に————例の大蜘蛛の姿がくっきりと映る。

 黒くてらてらとした体を不気味に動かし、重力に反して逆さまに天井を張り付いていた。


「く、来るなら来てみやがれ! この化け物がああ!」


 ジョージは赤いライトで大蜘蛛を照らし続ける。

 蜘蛛がジョージの存在に気づき、赤い目を動かしてこちらに振り向いた。


 獲物をロックオンしたかのようにジョージを見据えると、八本の足を揃える。

 そして体をギュッと縮めた後、バネのように解放して跳び出した。


「うわあああああ!!」


 恐怖のあまり絶叫するジョージ。

 だがアイスの命令通り、ライトだけは手放さず蜘蛛を照らし続けていた。


 大蜘蛛はとてつもない速さでジョージに迫る。



 そして————


 大蜘蛛は



「今だ!! 撃ちまくれぇ!!」



 通路脇に控えていたアイス達が一斉に顔を出した。

 そして全員、銃の引き金を思いっきり引く。


「きゃあああああああっ!!」


 腹に響くような音圧で銃撃音が響き渡り、誰かの悲鳴が簡単に掻き消された。

 薄暗い空間にストロボのようにアイス達の残像が浮かび上がる。


『シュラアアアアアアアアア!!!』


 奇妙な叫び声をあげて、蜘蛛は悶え苦しんでいた。

 フルオートで弾丸を浴び続ける蜘蛛の体に、無数の穴が空く。


 大蜘蛛はしばらく足や体をジタバタと動かしていたが、やがてそれが鈍くなり————


 ついには完全に停止した。


「Let's f○ck'in go!! ざまあみやがれ、クソ野郎!!」


「やった……! やったぞ!!」


 マックスが勝利の雄叫びをあげ、ジョージが泣きそうになりながら歓喜していた。

 リルも、敵を誰一人欠けることなく倒したことに、胸を撫で下ろす。



「なんでもとっとくもんだな、が持ってた軍用LEDライトなんてよ」



 *



 時は数分前に遡る。



「ハエトリグモ?」



 シーナが聞きなれない生物の言葉に疑問符を浮かべる。

 彼女だけでなく、現実世界側の人間リルやジョージ達もピンときてないようだった。


「あの魔獣が、賢者様の世界にもいらっしゃるのですか?」


「まあ俺達が知ってるのは小指の爪よりも小せえサイズのやつだ。あんな化け物じゃねえが」


 そもそもあんなサイズの生物自体、こっちの世界じゃほぼ見ねえからな。

 アイスは苦い顔をしながら補足する。


「それで、なんであれがハエトリグモだってわかるんだよ」


 リルがもっともな質問をする。

 体の模様も黒一色で、特にこれといった特徴もなかったはずだ。


 アイスは人差し指を立てて説明を始める。


「普通、蜘蛛っていう生物は。奴らの狩りの仕方は、巣を張って獲物が罠にかかるのを待つからな」


 通常、蜘蛛は粘着性の蜘蛛の巣を張って、獲物を待つ。

 一度巣に足を踏み入れたら、絡め取られ離れることはできない。

 身動きを取れないようにして捕食する。


「だが、さっきの蜘蛛は明らかにスピードが速かった。おまけに巣を張っている様子もないからな。現実世界でいうハエトリグモと同種である可能性が高い」


「だからなんだってんだよ。とろいはずの蜘蛛が素早いんだったら余計に勝ち目がねえじゃねえか」


 確かにあの巨体で素早い方が厄介だろう。


 しかし、ハエトリグモだからこそ、アイス達が付け入ることができる決定的な弱点がある。



「————ハエトリグモの視覚は生物の中でもかなり特殊だ。奴らの視覚は



 ハエトリグモは人間に匹敵するくらいの視力を持ち合わせており、とてつもない解像度を持っていると言われている。


 だが、問題なのが奥行き知覚。

 物体の距離を測るもので、狩りには欠かせない能力だ。


 それがハエトリグモは4層の網膜構造により、常時ピントが合ってないボケた像を見ていると言われており、ピンボケの度合いで物体の距離感を測っている。

 物が近いほどボケの度合いが大きくなり、遠いほど焦点が合う。


「そんな複雑な物の見方をしてんなら、狂わせるのも簡単だ。ちょっとばかし、を当ててやればいい。網膜に映るピンボケ量が狂って、奴らの目を騙せる」


 そう言って、アイスはリルから受け取っていた軍用赤色LEDフラッシュライトを散らつかせた。

 赤色灯は暗視装置とともに使われることが多く、暗いところで使っても眩惑されないというメリットがある。


 これで複雑な蜘蛛の目を狂わせる。


「でもリーダー、あの化け物が本当にそのハエトリグモと同じだっていう証拠はないんだろ……?」


「だから、大博打だって言っただろ。あの化け蜘蛛の目を騙せるか騙せないかの勝負だ」


 黙って俺に賭けてみろ。

 アイスはそう言って、黒い目をおもしろそうにぎらつかせた。



 *



「————まさか、こんなただのライトで本当に騙せるなんて……」


 ミルドが腰を抜かした状態で唖然としている。


 赤い光を当てられた蜘蛛は、ジョージよりも数メートル手前に向かって飛んでいた。

 距離感が狂ったのである。



「よし……! このまま進むぞ!!」



 リルが声をあげて皆を先導する。

 アイス達は出口を探すために、この通路を進み続けなければならない。


 しかし、アイスは視界の端にシーナが倒れているのを見つけた。


「————チッ……めんどくせえな」


 アイスは足を止めて身をひるがえす。


 当のシーナは目をぐるぐるとさせて気絶していた。

 大蜘蛛の襲撃、それから凄まじい発砲音によるショックで、意識を失ってしまったのだろうか。


 アイスの行動に気づいたリルが叫んだ。


「おいアイス! 何してんだ!?」


「こんなところで寝てるバカの面倒を見てやる。いいから先にいけ、すぐに合流する」


「————ったく、いつからロリコンになっちまったんだ? 早く追いついて来いよ!」



 リル達はそう言って、アイスを置いて前に進み出した。

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