第2話 裏切り
夜の冷たい空気が肌を撫でる。
遠い虫の声が、路地裏の淀んだ空気を揺らしていた。
しばらく時間が経ち、黒い車から謎の男が降りてくる。
漆黒のロングコートが風に舞い、サングラスが路地裏の微かな光を反射する。
男が歩く先には、ギャングを蹴散らした若い女が待っていた。
彼女は男の顔を見るや否や、肩を竦めてみせる。
「相変わらず、あんたの催眠術は気味が悪いな。アイス」
アイスと呼ばれた男は、コートの横のポケットから煙草を取り出す。
そして、慣れた手つきで火をつけた。
「目と耳と考えられるだけの
「そうかぁ? 普通はそんな簡単に操られたりしねえよ」
グレーのパーカーの彼女、リルは顔を顰める。
一見正反対な見た目の二人だが、どちらも詐欺師。
人を騙して、金を稼ぐ闇の人間だ。
しばらく二人で話していると、続々と仲間が集まってきた。
「リーダー! 今日の成果は!?」
1番最初に駆け寄ってきたのは、金髪の好青年。
黒いスーツ姿に相反し、犬のようにアイスに褒美を
「そんなに慌てなくてもブツは逃げてかねえよ。フレッド」
「いいじゃないすか〜〜! 今回もギャング相手に命張ったっすよ!?」
『ラウェルナ』は裏社会の詐欺集団である。
騙し・トリックのスペシャリストを各地から集め、アイスによって結成された集団だ。
ロスの裏社会に喧嘩を売るということは、すなわち死を意味している。
誰もが知っている常識だ。
その中で、アイス達はギャングやマフィア達を相手取り、金を騙し取ってきた。
危ない綱渡りを重ね、闇組織の中で恐れられる存在となったのだ。
「だから〜〜、今日くらい贅沢してもいいじゃないっすか〜〜!」
「うるせえなぁフレッド、てめえは大したことしてねえだろ」
「そんなこと言わないでくださいよリルの姉貴〜〜!」
「おいてめっ……足に引っ付いてくんじゃねえよぶっ飛ばすぞ!」
リルは足をブンブン振り回し、
軽口を交わし、戯れ合うメンバーは、スキッド・ロウでその日暮らしをしていた子供の時からのつきあいの奴もいた。
アイス、リル、フレッド、グレイス、ジョージ、マックス、ミルド————
この場にいる仲間達は皆、お互いの距離感を一番分かっている。
もちろん、後から入ってきた新顔もいるのだが、お互いの仕事を理解して上手くやっていた。
一部の例外を除いて————
「おいおい、まだ全員集まってねえだろ? 抜けがけすんじゃねえよぉ」
その時————その声を聞いただけで、メンバー全員の空気が変わった。
路地裏の奥の闇の方から、ぺちゃぺちゃというような妙な足音が聞こえてくる。
それは返り血を浴びて真っ赤になった男。
右手に持っているのは刃渡り30cmものナイフ。
そして、左手に持っているのはギャングの構成員の首であった。
「アーロン……てめえ、どういうつもりだ?」
アイスがサングラスから鋭い目つきでその男を睨みつける。
そこにいたのは大男だった。
アイスの二倍近い体格、褐色の肌。
パイナップルのような黄土色の髪に、トカゲのような目が蠢く。
ギャングの構成員の頭をあたかもフットボールを掴むかのように鷲掴みにしていることからも、奴の腕が常人よりも遥かに大きいことを表している。
アーロン、奴はグループ内随一の問題児だ。
殺人で快楽を感じる男で、女子供でも平気で手にかけるようなイカれた野郎だった。
「あ? どういうつもりって、俺は自分の仕事を全うしただけだぜ。まさかとは思うが、殺しはするなとかいう甘ったれたことを言うんじゃねえだろうな?」
「シリアルキラーを雇った覚えはねえ。これ以上勝手なことをするな」
「————勝手なことをするとなんだってんだよリーダーさんよぉ? あんたが俺に指図する理由がどこにあるってんだぁ?」
アーロンは挑発するような目でアイスを見る。
こいつはグループの中でも明らかに異質。
何をするか分からない怖さがあった。
しばらくの間、二人の視線が交差した後、アイスが溜息を吐いて目線を逸らす。
「……別に、てめえの行動がただ理解に苦しむだけだ」
「へへっ、そうかい」
少しピリついた空気が
奴の行動に疑問を持っている者は多い。
だがどうやら、メンバーの全員を敵に回すような行動をするほど、考えなしではないみたいだった。
そうこうしているうちに、『ラウェルナ』のメンバーが全員集まった。
「さあ、早速今日の食い扶持を分かち合おうぜ?」
リルが本物のスタッシュケースを持ってきて、みんなの前で開封する。
ケースに入っていたのは花ではなく、フリーザーバッグで厳重に密閉された白い錠剤であった。
フレッドがそれを一つずつ取り出して確認する。
「2……4……6————いいっすね……きっかり10万ドル分っすね」
かなりの利益にメンバーから歓声があがる。
袋に入った白い粉は少量だが、とてつもない価値がある。
ブラックマーケットで売り捌けば、数ヶ月は食うに困らないだろう。
フレッドは取り出したブツを丁寧にケースに戻し、左手に持って立ち上がった。
「じゃあ————はじめますか」
そう言って、フレッドは突如————発砲した。
「!?」
それに動物並みの嗅覚で反応したのはリル。
狙われたアイスの前に出て、左腕に弾丸を喰らった。
「く……っ! てめえ!!」
「ありゃあ〜〜、親玉に上手く当たらなかったっすね」
こっちを見据える銃口にその笑顔。
それが過失ではないことは明確であった。
フレッドは、アイスを殺すつもりで発砲したのである。
「フレッド!!」
仲間が一斉にフレッドに向けて銃を突きつける。
だが————そのように反応したのはメンバーの
そして、アーロンがフレッドの前に進み出て、薄ら笑いを浮かべる。
「残念ながら、今日の取り分は全部
「あんたらにかけられた懸賞金もっすね」
ラウェルナの半数のメンバーが、アーロンの方に立つ。
そしてアイスに銃口を向けた。
「全員逃げろ!」
もはや誰が味方かも分からない中、アイスは叫んだ。
それと同時に、耳をつんざくような銃声が路地裏に響き渡る。
既に前に立ってくれていた
「いってえ……クソが!! だからアーロンの野郎は最初から信用ならなかったんだ!」
リルが大声を出して左手の痛みを訴えながら、自身の拳銃で応戦する。
しかし、彼女の利き腕は左だ。
右手では思うように照準が合わず、敵を仕留められない。
「……やられたな。奴ら、反乱を企ててやがったのか」
「で、でもよう! アーロンはともかくフレッドは初期の方のメンバーだろ!? あいつが裏切るなんて————」
「裏切る時はこれまで紡いできた歴史もなにも関係ねえのさ、グレイス。所詮俺らは家族でもねえ、赤の他人のごろつき共だ」
グレイス————長髪で濃い髭の男————が感情的になるのに対し、アイスは吐いて捨てるように、冷たくかつての仲間のことを切った。
やがて、アーロン達はアイスを仕留めるために、隠れている遮蔽の方へ向かってくる。
「リル、走れるか?」
「ああ、血は止まらねえが問題ねえ」
アイスは出血部分を抑えるリルを連れて、遮蔽を離れる。
後ろから迫るアーロン達を銃で牽制しながら路地裏を走った。
「おいおい、もっと真剣に逃げねえと、俺の獲物がてめえらのケツの穴をフ◯ックしちまうぞぉ!」
下品なセリフを並べながら、アーロンはアイス達を追い立てる。
濡れた地面を蹴り、アイス達は細い路地を逃げ回った。
逃げ遅れた仲間は追っ手の凶弾にかかり、次々と殺されていく。
仲間を減らしながらも、アイス達は振り返らずに走り、敵の銃撃をなんとか避けていった。
「グレイス、その倉庫だ」
「了解だ、リーダー!」
アイスは冷静に指示を出し、左手に見える古い倉庫を目指した。
眼帯がトレードマークのマックスが二丁拳銃で敵を牽制している間に、アイス達は中に駆け込む。
重い扉を開け、逃げてきた仲間達が全員中に入ったことを確認して、一気に閉める。
「ジョージ! ミルド! なんでもいいから入り口を固めろ! 裏からでるぞ!」
大柄で強面のジョージ、坊主頭で額に傷のあるミルド————二人は扉の鍵を締め、倉庫にあるありとあらゆるもので入り口を塞いだ。
鉄製の扉の裏側がガンガンと蹴られ、跳弾の火花が隙間から入ってくる。
これでしばらくは入ってこないだろうが、『ラウェルナ』のメンバーの中には
グレネードか何かで無理やりこじ開けられるのも時間の問題だ。
アイス達は反対側にある扉————正面の扉と比べるとどういうわけか少し年季の入った裏口の扉に向かう。
だが、錆びているのか扉が思うように動かない。
「な、なんだこの扉……岩みてえにかてえ」
「どけ、マックス」
アイスが冷たい声でマックスに指示をする。
助走をつけた後、勢いをつけて裏口の扉に走った。
「このクソ野郎が!!」
アイスは一気に扉を蹴破った。
衝撃で向かって右側の扉が、後方に大きく吹っ飛んでいった。
アイス達はその勢いのまま、裏口から外に逃げようとしたのだが————
その先にあったのは、先ほどの路地裏よりも薄暗い牢獄と。
座り込んだ1人の少女だった。
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