第20話 シリウスおじいちゃん4、闇の回廊へ
◇
ここからは、
ミルダから聞いた話だ。
ミルダが言うに、
シリウスは、ご機嫌だったそうだ。
そりゃそうだ。
最愛の娘との和解へ、
一歩近づいた、
という、
作品を届けられたんだからな。
それが心底、うれしかったのだ。
俺は、なんとなくわかる。
彼は、捧げてしまったのだ。
そして、
ミルダの母は私室に戻り、
ミルダの父が、
となりで優しく笑っていたとのことだった。
「さすがお義父さんだなあ。」と、
笑って、
彼女に豆茶を持ってきていたそうだ。
ほう。
しかし、俺は知っている。
あのにこにこの鳶色の瞳が、
ときに、ギラリと光ることを。
そして、
今夜は、
キラキラと光っているのが、
容易に想像出来た。
相当、貰ったな。こりゃ。
シリウスは、
俺を探していたそうだ。
ぜひ、夜の部でも呼びたいと。
でも、
ミルダが止めてくれた。
友人兼マネージャーの彼女は、
俺が、
すごく疲れているのを知っていたからだ。
そして、
「かわりに、
ホークのデコイでも、置いといたら?」
と、軽く冗談をいったのだそうだ。
そしたら、
シリウスの目が、
ギラリと光ったあとに、
しゅん、としてしまったらしい。
びっくりした。
俺が、泣きたかった。
だって、
彼は、
俺の代わりに、
涙を流してしまったんだ。
貴重な貴重な、
彼の、
ああ、
わかるよ。
俺が、ゴンゾーじーさんに、
感じた、
あれだろう、と思った。
◆◆◆
俺は、
ドラゴンミントンのあとの、
シリウスの鮮やかな登場を見て、
彼のプロ根性に、
すっかり、
毒気を抜かれた。
自分でも、
そう思った。
でも、
俺の牙は、
再び生えて、
俺に、
血を求めて語りかけたのだ。
そして、
再び、瞳が燃えてしまったのだ。
金と銀と俺自身とのメッキとが、
ぐるぐると混ざって、
たぶん、
かなり、まずいことになっていたと思う。
アトラスが、
ぎょっとして、
俺に、金のコンタクトレンズを貸したからだ。
いつのまにか、
森の皇国神殿でかけた、
メッキの呪いが解けていたのだろう。
そして、
『もう少しの我慢だ』
と、言ったのだ。
そして、
俺は、
ふざけるんじゃねえよ!!
と、
言う気持ちが、
むくむく湧いてしまって、
それなら、
みんなの見ていないところならいいだろうと、
あろうことか、
あの、
クローク、
竜預かり所のシスターさんたちが、
恐ろしい目に遭った、
あの場所へ駆け込んで、
もちろん、
施錠の呪詛はかけたが、
俺は、
俺の服を細工したのだ。
こんな気持ちは、
生まれて初めてだった。心が踊った。
なぜか、降って湧いたのだ。
直感(インスピレーション)。
そして、
あろうことか、
あの、
ミルダのデコイで、
血みどろにしたカフェテーブルのソファでだぜ。
なーんにも考えずに、
俺は再び、
自分の血を、捧げてしまった。
ドラゴンミントンの昂りが、
収まらなかったせいかもしれない。
親指を噛み切り、
舌と牙と血を捧げて、
呪いと、
呪詛の、
古いものと、
新しいものとを、
混ぜて、
分けて、
糸にして、
ほんの少しだぜ。
ほんの少し。
数センチ。
数ミリ。
よくミルダが使う鏡だ。
あれを見ながら、
ほんの少しだ。
俺自身に、細工をしたんだ。
俺が目立つが、
俺が目立ちすぎず、
輝くが、
輝きすぎず、
悪役で、
キザで、
計算高くて、
素行の悪そうな、
まぬけな道化師。
邸宅の窓から、
俺を見ていたミルダの母の服を思い出して、
俺の手持ちのシャツから、
数センチ、数ミリ、
そんなもんだ。
材料はなかったし、
時間もなかった。
なんでこんなに焦燥に駆られるのか、
自分でもわからなかった。
あのシリウス(じじい)に、
一泡吹かせたい、
その一心だったのかもしれない。
そのときの脳裏には、
スローモーションのように、
あの、
ドラゴンミントンのあと、
勝利の余韻に浸っていた俺たち、
そして、
シリウスの登場で、
ぱっと離れた、
ミルダの背中が見えた。
シリウスの胸に飛び込む、
ミルダ。
シリウスとミルダの横顔。
く、
く、
くそじじいーーーー!!!
ぶっころす!!!と、
出来るだけ、
嫌ーなやり方を考えて、
ケタケタ笑いながら、
舌を出しながら、
ほんとに、
酷かったんだ。
ミルダの元パートナーが、
つまらん大根役者になるであろうことに、
期待しながら、
俺にだけ、
細工をしていたんだ。
わかるか?
うーん。
こんな感情が、
俺にあることに驚いたんだよな。
髪の色を変えて、輝かせたり鈍らせたりした。
爪の形まで整えた。
唇の色から、舌の色までだ。
演技だってよく考えた。
素人なりに、
一生懸命。
それでいいと思った。
だって別に俺は、
役者じゃないんだ。
俺らしく、
俺らしく、
…。
俺ってやっぱり、
性格悪いな。
と、
とにかく、
俺の血を捧げたわけだ!!
シリウスは、わかってくれたんだと思う。
だって、
俺の衣装を見たときに、
本当の瞳に、本物の光が輝いたんだ。
彼の欲しているのは、
これなんだよな。
◆◆◆
俺と同じ。
ありゃ、
血に飢えた。
バケモンだ。
◆◆◆
頭が痛い。
くらくらする。
過去一更新かも?
俺たちは一体、
誰に、何を捧げて生きる運命なんだろう?
そして俺は、
再び、
あんなに迷惑をかけたことも、
するりと忘れてしまって、
◆◆◆
闇の回廊に、
ふらふらと、
行ってしまうんだ。
◆◆◆
彼らは、
俺の血を必要としている。
俺は吸い込んだものを、
返さなきゃいけない。
これは、
優しさなのか?
わからない。
わからない。
…、
丘の邸宅には、5つの回廊があって、
その全てに、
血と肉を捧げようという衝動を。
俺は止められなかった。
(続)
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